第127話 総力戦

「神崎さん!」


 声をかけてきたのは探索者集団クランを率いる水無月だ。


「我々と共闘してもらえませんか? 作戦ではB、Cランクの探索者集団クランが共に攻撃を仕掛けてゴブリンやオークを引き付ける予定です。皆さんが一緒なら心強い!」


 真剣な眼差しで見つめてくる水無月。後ろに控えるサクラポート社のメンバーも、切羽詰まった表情をしている。


「おお、いいぜ! 一緒にやろう」


 神崎が気楽な感じで答えると、水無月とメンバーはわっと笑みを零し、安堵の息を漏らす。

 よほど不安だったのだろう。水無月は胸を撫で下ろし、話を続けた。


「ありがとうございます。すぐに天王寺さんの号令で攻撃開始になるでしょう。他の探索者集団クランにも伝えてありますので、我々もそのように」

「ああ、分かった」


 神崎は頷いて前を見る。ゴブリンとオークの群れは目と鼻の先。

 こんな緊迫した状況でも、全員が臆せずにいられるのは‶雷獣の咆哮″を始めとする上位探索者シーカーが先頭に立っているからだろう。

 その場にいた者たちは耳を澄まし、意識を集中する。そして――


「今だ! 打って出ろ!!」


 天王寺の号令が乾いた大地に響き渡る。それを合図にB、Cランクの探索者シーカーが突撃した。

 左右の側面からゴブリンやオークに襲いかかる。

 上位探索者シーカーは動かない。初手ではゴブリンやオークなどを【深層の魔物】から引き離すのが目的。

 そして狙い通り、魔物の群れはヘル・ガルムやオーガから離れ、中小企業の探索者シーカーへと向かっていった。

 大手と準大手の探索者集団クランは、数十頭のヘル・ガルムと睨み合う。

 緊迫する空気の中、天王寺は両の拳を胸の前で合わせ、周りの探索者に聞こえるように声を発した。


「ヘル・ガルムは頼む。‶雷獣の咆哮″は、!」


 天王寺の視線がオーガを射抜く。


 ◇◇◇


「オラァ!!」


 神崎が振り抜いた六角棍が、ゴブリンの頭を捉える。緑の小鬼は首から上を失い、力なくその場に倒れた。

 周りにいる仲間のゴブリンは奇声を発しながら、棍棒や古びた剣を振り上げる。

 神崎は慌てることなく六角棍に‶水の魔力″を流し込み、向かって来る二体のゴブリンを薙ぎ払った。

 強力な一撃を喰らった小鬼どもは、煙を上げて砂へと変わってゆく。

 水無月も青く輝く【瀑水の剣】を振るい、三体のゴブリンを斬りつけた。二体は砂となって消え、一体は苦しそうにのた打ち回る。

 サクラポートの探索者シーカーが止めを刺し、さらに向かって来る魔物たちを押し返す。

 田中も両手に持った【水脈の短剣】で小さなゴブリンを斬りつけ、倒していく。

 悠真は『金属化』せず、魔法の力を試してみることにした。【水脈の棍棒】を両手で握りしめ、魔力を流す。

 棍棒全体が青く発光した。悠真は襲いかかってくるゴブリンを、棍棒の柄で下から打ち払う。

 顎に直撃すると、顎や首筋から煙を上げて苦しみ出した。

 まるで火傷のような傷跡が広がってゆく。


「これが魔法か……」


 悠真は棍棒を振り下ろしゴブリンに止めを刺す。ふう、と息を吐いて振り返ると、目の前に鉄製のハンマーが迫る。


「あ、っぶ!」


 すんでの所でかわし、一歩下がって見ると、そこには百八十センチくらいの背丈がある豚の魔物、オークがいた。

 粗末だが鎧を着こみ、持っている武器も明らかに人工的に作られたものだ。


「気をつけろ悠真! そいつらは知能があるからな。人間が使ってた武器や防具を奪い取って同じように使いやがる。人間と戦うつもりで相手をしろ!」


 神崎の助言に、悠真は「はい!」と力強く答え、オークと睨み合う。

 奇声を上げて先に動いたのはオークだった。ハンマーを持ち上げ、悠真に向かって振り下ろす。

 紙一重でかわし、側面に回り込んだ悠真は発光する【水脈の棍棒】をオークの顔面に叩きつけた。


「ブヒィィィィ!!」


 オークは顔を押さえて踏鞴たたらを踏む。相手が怯んだのを見て取り、間髪入れずに棍棒を敵の喉元へ突き立てた。

 棍は首を貫き、魔物はだらりと力を抜く。

 悠真が棍を引き抜くと、オークの体はぐらりと傾き地面に倒れる。ピクリとも動かなくなり、砂へと帰った。

 ――よし! 『金属化』しなくてもオークに勝てたぞ。やっぱり‶魔法″を使えば俺だって……。

 悠真は辺りを見回す。ゴブリンやオークと戦っているC、B級の探索者シーカーは、それなりに善戦しているようだ。ヘル・ガルムの相手をしている大手の探索者集団クランは苦戦しているようだが、それ以上に問題なのは――


「わあああああああああああああ!!」


 大声に悠真が振り返ると、炎の壁が目の前にそびえ立つ。


「なんだ!?」


 炎の壁はしばらくすると消えて無くなり、後には火に巻かれた探索者シーカーとゴブリンが倒れていた。


「大変だ! すぐに‶水魔法″で火を消せ!!」

「こっちは重症だ! すぐに運び出さないと」


 無事だった探索者シーカーたちが、倒れた者を助けようとしている。現場は大混乱に陥った。

 悠真も一瞬、なにが起きたのか分からなかったが、視線を走らせると信じられない光景が広がっている。

 上位の探索者シーカーが何人も倒れていた。地に突っ伏した者は体中が黒くすすけ、所々がチリチリと燃えている。

 最強と言われる‶雷獣の咆哮″のメンバーさえ例外ではない。

 戸惑いながら辺りを見回すと、赤い魔物が視界に入った。魔物は右拳を突き出した状態で立っていた。

 悠真はハタと気づく。突き出した拳の直線上、焼け焦げたわだちが走る。

 その轍に沿うように、探索者シーカーとゴブリンが倒れていた。先ほど見た炎の壁は、この魔物による攻撃。

 そう考えた時、悠真の背中に悪寒が走る。

 ――こいつ……仲間ごと一撃で焼き払ったってことか!?

 魔物の前には、臆せず立ちはだかる数人の探索者シーカーがいた。‶雷獣の咆哮″のリーダー天王寺とそのメンバー……そしてルイだ。


 ◇◇◇


 左の拳に稲妻が走る。天王寺の魔法付与武装【武神鉄拳具】に雷の魔力が流され、その能力を限界まで引き出す。

 足の裏に帯電した電気が、地面を噛んだ瞬間一気に放出された。

 爆発的な速さとなってオーガに迫る。それは人間の動きではない。鬼の放つ剛腕を避け、稲妻を帯びた拳が顎を打ち抜く。

 一歩後ろに下がったオーガを、天王寺は間断なく追撃した。脇腹を、腕を、肩を、顔面を。手甲で守られた拳が魔物にぶつかる度、バチッと電気が弾ける音がする。

 オーガの動きでは天王寺を捉えることができない。魔物は太い腕を盾にして、防御態勢を取る。

 刹那、真横から大斧が振り下ろされた。


「うおおおおおおお!!」


 石川が振り切った【水脈の戦斧】が、魔物の肩に直撃する。衝撃と共に水が弾け、辺りに飛び散った。石川は確かな手ごたえを感じるが、斧は肩口で止まっている。

 オーガの体が頑丈過ぎた。斧を払い除けられると、石川は大きく体勢を崩す。

 間髪入れずに飛び込んだのは、灼熱の魔剣使い美咲・ブルーウェルと【炎熱刀】を振り上げたルイだった。

 二人の剣は流れるようにオーガの体を斬りつけ、相手の反撃が来る前にすぐに飛び退いた。

 炎を纏った斬撃、効いている様子はない。やはり炎の攻撃は効果が薄いようだ。


「どけっ! お前ら!!」


 後ろで力を溜めていた‶電磁砲″泰前彰が、右腕に装備した大型の砲筒をオーガに向けた。

 プラズマが周囲に走る。示し合わせたように射線上から仲間たちが飛び退く。

 カッと光が瞬き、大気が悲鳴を上げた瞬間、オーガは爆発に巻き込まれた。火を噴いた泰前の砲筒は、煙を上げながらパチパチと放電している。

 オーガがいた場所の地面は吹き飛び、黒煙が上がっていた。


「やったか……?」


 天王寺は期待を込めて煙を見ていたが、次第に見えてきた魔物の姿に息を飲む。

 オーガが太い両腕でガードを固め、砲撃を完全に防いでいた。

 ――効いてない!?

 泰前の‶電磁砲″は、並の魔物であれば跡形も無く吹き飛ばす威力を持っている。それを喰らって無傷。

 天王寺は信じられないとばかりに顔をしかめる。

 ゆっくりと腕のガードを下ろしたオーガは、かすかに笑っているように見えた。

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