第353話 怖すぎるスライム

「なんなんだ……こいつは!?」


 大剣を構えたモヒカン男が、目の前の魔物を睨みながらつぶやく。金髪の少女も顔をしかめ、剣の切っ先を魔物に向けた。


「全然分からないけど、なんかヤバいよ! 油断しないで」


 視線の先にいるのは黒くて丸い魔物。プルプルと震えているところを見ると、スライムのように思える。

 だが、黒い色や、触手を伸ばしているなど、通常のスライムではあり得ない特徴があった。金髪の少女は剣を逆手に持ち、一気に駆け出す。

 足に稲妻を宿し、さらに速度を上げた。

 あっと言う間にスライムに近づくと、雷の魔力を帯びた剣を振るう。斬撃が当たった瞬間、剣はキンッと音を立て弾かれてしまった。


「え!? 硬い!」


 少女が体勢を崩す中、モヒカン男も突っ込んでくる。いくつもの"魔宝石"が付いた大剣を炎で包み、上から斬り下ろす。


 ――とった!! 


 そう思った刹那、スライムは触手の先端にある"手"で剣をはさみ込む。


「なに!?」


 攻撃を防がれたうえ、剣が動かなくなってしまった。黒いスライムは「どうだ! 真剣白刃取りだぞ!」と息巻いていたが、やはりなにを言っているのか分からない。

 どうすればいいんだ? と思っているうちに、スライムの手が青く輝き出した。

 つかまれていた剣の炎が消え、剣身がピキピキと凍ってゆく。

 周囲の温度が下がり、モヒカン男は青ざめた。次の瞬間――剣はパキンッと折れてしまう。

 モヒカン男は訳が分からず、そのまま後ろに倒れ、尻もちをつく。


「なんだ……なんなんだ! この魔物は!?」


 心が折れそうになる男に対し、金髪の少女は発破をかける。


「なに座ってるのよ! こんな魔物程度倒せなくてどうするの!? 私たちはこの国最強クラスの探索者シーカー。負けることなんて許されな……」


 そこまで言って少女はハッとする。眼前にいるスライムの体が、眩いまでに青白く光り輝いていた。

 辺りには冷気が渦巻き、竜巻のように回転している。

 少女は顔をガードしながら後ろに下がった。信じられないほどの"氷の魔力"が、肌に突き刺さってくる。


 ――水の第二階層魔法を使ううえ、この莫大な魔力量。こいつ、【迷宮の守護者】クラスの魔物なんじゃ……。


 少女が顔をひきつらせていると、スライムはさらに大量の冷気を放出する。冷気は激しいブリザードとなって襲いかかってきた。


「きゃああああああああ!!」


 必死に【雷の障壁】を展開するが、ブリザードは障壁を突き破り、体の芯まで凍らせていく。

 少女とモヒカン男はすべなく意識を失い、その場に倒れた。


 ◇◇◇


「ウィルソンさん! オリビアさん! ルナ! どこにいるの!?」


 ショッピングモールを走り回っていた安斎は、大声で叫び続けた。建物は所々が壊れ、炎上してる場所もある。

 倒れている軍人もいて、安斎の不安はピークに達した。

 みんなは無事に避難しただろうか? 不安な気持ちのまま安斎は先を急ぐ。

 すると不思議なことに気づいた。探索者シーカーと思われる人たちも倒れていたのだ。


「なに? 軍人と相打ちになった……とか?」


 ブリスベンにいる軍隊ってそんなに強かったっけ? と疑問に思いながら、安斎はさらに足を早める。

 すると通路の向こうから声をかけられた。


「おーい、安斎さん! こっちこっち」


 手を振ってくる人物。安斎は、それが悠真だとすぐに気づいた。


「え!? ちょっと、悠真くん。なんでここに?」


 安斎は驚き、悠真の元へ駆け寄る。


「車にいたはずなのに……どうやってここまで来たの?」


 悠真は足に怪我を負っているため、速くは走れないはずだ。安斎は怪訝な顔で悠真を見た。


「ああ、なんとか足を引きずりながら走って来たんだ。それより、こっちにウィルソンさんとオリビアさんが倒れてて……」

「ええ!?」


 安斎は慌てて通路を回り込む。そこは天井や壁が崩れている場所で、ウィルソンとオリビアが倒れていた。

 安斎はすぐに駆け寄り、怪我がないかを確認する。

 二人とも心拍、呼吸に問題はなかった。怪我をしているようにも見えない。どうやら気を失っているだけのようだ。

 

「良かった……二人とも無事で」


 その時、安斎はハッとして顔を上げる。


「ルナ! ルナはどこにいったの!?」

「ああ、大丈夫だよ。ルナはモールの外に避難したから、今頃は誰かに保護されてるんじゃないかな」


 安斎は安堵し、「そう……良かった」とつぶやく。

 その後、悠真と安斎は避難していた人たちと合流。ウィルソンやオリビアも意識を取り戻し、ルナの無事も確認された。

 ルナは両親に再会すると、泣きながらオリビアに抱きつく。


「本当に無事で良かったわ。心配したのよ」


 オリビアが目に涙を溜め、娘を抱きかかえる。そんなオリビアに対し、ルナは満面の笑みで応えた。


「うん、怖かったけど、悠真が助けてくれたの! 凄かったんだよ。悠真がスライムに変身して、探索者シーカーをやっつけたんだから!」

「え? どういうこと?」


 オリビアやウィルソン、安斎が困惑した顔をする。悠真は「まずい!」と思い、ルナの元まで駆け寄り、しゃがんでルナと視線を合わせた。


「ル、ルナ、変なこと言っちゃダメだぞ。俺は心配してここまで来ただけなんだから。ルナが逃げられるように手伝っただけだよな。な、な!」


 悠真の必死の圧に負け、ルナは「う、うん。そうだった」と話を訂正する。


「まあ、そうだったの。ありがとう悠真くん」

「君は娘の命の恩人だな。心から感謝するよ」


 オリビアとウィルソンにお礼を言われ、悠真は「当然のことをしただけですよ」と脂汗を流しながら答えた。

 安斎からは「怪我してるのに、あんまり無理しちゃダメだよ」とたしなめられるも、「でも、ルナを助けてくれてありがと」とお礼を言われる。

 なんとか誤魔化せたようだ。

 さすがにスライムに変身できるなんて知られたら、余計なトラブルになるのは間違いないだろう。

 ただでさえオーストラリアではトラブル続きだ。これ以上は勘弁してほしい。

 ウィルソンたちと一通り話し終えたルナは、悠真の元にトコトコと歩いてくる。


「ねえ、悠真が悪い探索者シーカーを倒してくれたんでしょ? どうして内緒にするの?」


 純粋な瞳で見つめられた悠真は返答に困る。


「あれは、その……秘密の必殺技みたいなもんなんだ。だからルナも秘密にしてくれるかな」

「え? でも、探索者シーカーって魔物に変身できるんじゃないの?」


 ルナはキョトンとした顔で尋ねてくる。とっさのこととはいえ、とんでもない嘘をついてしまった。

 訂正しないとマズいな。と思った悠真はあれこれ言い訳を考える。


「それは、ほら、あれだ。一流の探索者シーカーの……その中でも特に優秀な人しか使えないんだよ」

「えー! 悠真ってそんなに優秀な探索者シーカーなの? 凄い人なの?」

「ま、まあ、そうだな。だからいざという時、必殺技みたいな感じで変身するんだ。その方がかっこいいだろ?」

「うん、かっこいい!」

「だから人には言っちゃダメだぞ」

「うん、分かった!」


 ルナが子供で助かった、と悠真は心の底から思った。

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