第352話 理解不能

 ウネウネと床を這って進んで行くと、瓦礫の向こうに出る。

 悠真は丸いスライムの形に戻り、辺りを見回す。すると倒れている人物に目が留まった。


「ウィルソンさん! オリビアさん!!」


 悠真はピョンピョンと跳ね、急いで二人の元に行く。触手を伸ばし、ウィルソンの体をゆさゆさと揺する。


「う、うぅ……」


 反応があった、まだ生きてる。悠真はオリビアの様子も確認するが、こちらも無事だった。大きな怪我もなさそうだ。


「この姿で二人を運べるかな……いや、下手に動かさない方がいいか?」


 金属化してる間は回復魔法が使えない。あと三分ほど待って元の姿に戻ったら治療しよう。

 悠真がそう思った時、遠くから爆発音が聞こえてきた。

 探索者シーカーたちが暴れてるんだ。


「先にあいつらをなんとかしないといけないか」


 悠真はウィルソンとオリビアを残し、通路の先までピョンピョンと進む。柱の陰に隠れて辺りを見ると、二人の探索者シーカーがプリスベンの住人を襲っていた。

 無抵抗の人間に剣を向けている。


「あいつら!」


 悠真はスライムの頭から二本の触手を出し、探索者シーカーたちに向けて伸ばした。

 触手はニョロニョロと地面を這い、探索者シーカーの足に絡みつく。


「あ? なんだ」


 男が足元を見るが、もう遅い。触手をぐんっと引っ張り、二人の探索者シーカーを転倒させる。

 二人は「ああああああっ!?」と悲鳴を上げるが、どうすることもできない。

 悠真は力づくで二人を放り投げ、建物の壁に叩きつける。探索者シーカーたち壁からずるずると落ち、気を失った。

 

 ――こいつらがいる限り、犠牲者は増えていく。取りあえず全員倒すか。


 悠真は探索者シーカーたちを先に片付けようと思い、爆発音がする方向に飛び跳ねて進む。

 フードコートの前にいたのは、男女三人組の探索者シーカーだ。悠真はピョンピョンと跳ねながら三人組に近づいて行く。


「おい、なんかいるぞ」


 ガタイのいい男が悠真の存在に気づいた。大きな斧を肩に担ぎ、鋭い視線を向けてくる。

 後ろにいた女二人も、丸っこい魔物を見た。


「なに? こいつ。スライムなの?」

「ええ、黒いじゃん。気持ちワル!」


 なにを言っているかわ分からなかったが、絶対悪口だろうと悠真は思った。

 男はつかつかと歩いて来る。悠真の前で立ち止まると、持っていた大きな斧を振り上げた。


「こんなところまで魔物が入ってきてたか。俺が処分してやるよ」


 斧から炎が噴き上がり、その斧を全力で振り下ろす。悠真は二本の触手を伸ばし、先端を短剣に変えた。

 相手の斧をクロスした短剣で受け、そのまま弾き返す。


「なっ!?」


 男は驚いて三歩下がった。


「なんだ、こいつ! すげー力だぞ!!」


 驚愕する男に、悠真は飛び跳ねながら突っ込んでいく。男は咄嗟に【炎の障壁】を展開した。

 地面から噴き上がる炎の壁。だが悠真はその炎を突っ切り、男に頭突きをかます。


「がっ!!」


 男は顔を押さえ、悶絶してうずくまった。後ろで見ていた女の探索者シーカーは、蒼白な顔で武器を構える。

 一人は弓に矢を番え、悠真に向けて放ってきた。

 矢は稲妻を宿して飛んでくるが、悠真は触手でペチンッと払う。間髪入れずに走ってきたもう一人の女は、炎を灯したレイピアで悠真の体を突き刺す。

 しかし、鋼鉄のスライムに効くはずもない。レイピアはぐんっとしなり、ポキッと折れて飛んでいった。

 壁に刺さった剣先を見て、二人の女は青ざめる。


「な、なんなのよ! このスライム!!」

「誰か、誰か応援を呼んでこないと!」


 女たちが狼狽えている間に、悠真は触手の先を大きな"手"に変える。

 その手を見た女たちは絶句した。巨大な手を振り上げ、手前にいる女の探索者シーカーを軽くビンタする。

 女は「ぎゃっ」と短い悲鳴を上げ、壁際まで吹っ飛んでいった。

 ゴロンと倒れた女はまったく動かなくなる。


「あ、やりすぎた。手加減するのもムズいよな」


 最後に残った女が、「うわああっ!!」と叫びながら向かってくる。腰から抜いた短剣に炎を灯し、目は血走っていた。

 悠真はちょっと引いてしまう。

 

「あんまり近づきたくないし……これでいくか」


 突進してくる女に対し、悠真は触手の先についた両手をかざす。手は青白く輝き、大量の冷気を放出した。

 スライム型で初めて使う魔法。冷気に当てられた女探索者シーカーは動きを止め、ガチガチと震え出した。最後は白目を剥いて失神する。

 ぶっつけ本番だったが、うまくいったようだ。


「ふぅ~なんとか倒せたな。探索者シーカーが乗ってきた車はSUVとバンが二台。たぶん、いるのは十数人ぐらいだろう」


 悠真は辺りを見回し、マナの揺らぎを感じ取る。スライム状態になると、"マナ"の感知能力が上がるのかもしれない。

 ピョンピョンと飛び跳ねながら、悠真はマナを感じる方へと進んだ。


 ◇◇◇


「ああ、なんだ? さっきから変な音が聞こえないか?」


 モヒカン頭の男が、眉をひそめて後ろを見る。隣にいた長髪の男は、冷静な表情のまま口を開いた。


「魔法を使って軍人と戦ってるんだ。爆発音や衝撃音が鳴るのは当然だろう」

「そりゃ、そうだが……」


 二人が話をしていると、前を歩いていた女の探索者シーカーが振り向く。まだ年若く、金髪で青い瞳の少女。

 つまらなそうにモヒカン男を見た。


「それより、市長のおばさん見つけるの大変なんじゃない? そこまでして魔宝石を見つけなきゃいけないなんて……めんどくさいんだけど」


 少女は唇を尖らせ、不満を漏らす。モヒカン男はガシガシと頭を掻いた。


「仕方ねえだろ。を使うには、大量の魔宝石が必要なんだから。俺たちは上の命令を聞くだけだ」


 モヒカン男は不機嫌そうに吐き捨てた。三人はショッピングモールの北口から出ようと、さらに足を進める。

 すると、出口付近にピョンピョンと飛び跳ねるいた。

 丸くて黒いその物体に、モヒカン男は「あ?」と顔をしかめる。


「なんだ、ありゃ? 魔物が入ってきたのか?」


 男が歩み寄ろうとした瞬間、顔の横を通過した。


「なっ!?」


 振り返ると、仲間の男が遥か後方まで吹っ飛んでいた。なにが起きたか分からず、モヒカン男は慌てて後ろに飛び退く。

 金髪の少女も短剣を構え、腰を落として戦闘態勢に入った。

 視線の先にいたのは黒い生き物。二本の触手を伸ばし、その先端を大きな拳にしている。

 見たことがない魔物だけに、安易に動くことができない。

 しかも黒い魔物は、大声でなにかをわめいている。


「おい、お前ら! 他の仲間は全員倒したぞ!! 大人しく負けを認めろ!」


 まったく理解できない言葉を使う魔物に、モヒカン男と金髪少女はゾッとして後ろに下がった。

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