第351話 丸っこいもの

 次々と施設の各所で爆音が響く。

 ウィルソンとオリビア、そしてルナの親子は、ショッピングモールの北出入口に向かって走っていた。

 このモール周辺は、全て住民の避難区画となっている。

 モールを出ても避難できる場所はいくらでもある。ウィルソンはそう考え、先を急いだ。


「ルナ、大丈夫?」


 オリビアは手を繋いだルナを気遣う。ルナは「うん、大丈夫だよ」と笑顔で返し、両親と一緒に通路を走った。

 その時、また爆発音が鳴り響く。

 建物全体が揺れ、ウィルソンたちは足を止める。


「今のは近かったな……探索者シーカーたちが迫ってるのかもしれない。急ごう!」


 ウィルソンがオリビアの顔を見て言うと、後ろの通路から誰かが来た。大きな槍と剣を持った二人組。すぐに『ワラガンダ』の探索者シーカーだと分かった。


「に、逃げろ! 逃げるんだ!!」


 三人は一斉に走り出す。だが、ルナの手を引いているオリビアが遅れたため、ウィルソンは足を緩め、ルナを抱きかかえようとする。

 その瞬間――探索者シーカーたちが放った魔法が目の前でぜた。

 天井が落ち、壁が崩れる。大量の粉塵が舞い、なにも見えなくなった。

 探索者シーカーたちは通路が完全に塞がったのを目にすると、来た道を引き返し、別の場所へと去っていった。


 ◇◇◇


「うぅ……」


 砂ぼこりと煙が舞う中、ルナは意識を取り戻し、まぶたを開けた。

 どうやら気を失っていたようだ。ルナは自分の体に怪我がないことを確認すると、すぐに周囲を見回す。

 父や母の姿を探すが、どこにもいない。

 見えるのは瓦礫の山。落ちてきた天井と、崩れた壁が通路を塞いでいた。


「パパ、ママ! どこ、どこにいるの!?」


 誰も返事をしてくれない。ルナは心細さで泣きそうになった。

 それでも大声を上げながら、瓦礫をよけ、なんとか歩ける場所を探す。すると壁が崩れているところがあった。

 しゃがんで覗き込むと、外の通路に繋がる穴が空いている。

 父や母は瓦礫の向こうにいる。この穴は反対方向になるが、助けを呼ぶことができるかもしれない。ルナはそう考え、身を低くして穴をくぐった。


「待ってて、ママ! パパ!!」


 ルナは身を起こすと一直線に走り出した。大声で助けを呼び、モールの出口へ駆けていく。

 この施設の近くには、多くの人たちが住んでいることをルナは知っていた。

 きっと助けてくれる人はいる。そう確信して出口に近づくと、ルナの目に飛び込んできたのは、剣を持った若い男性だった。

 当然、この地域で暮らす住人ではない。

 街の人たちを襲った、悪い探索者シーカーだ。ルナは走るのをやめ、足を止める。

 目の前にいる男はルナに気づき、下卑げびた視線を向けてきた。


「なんだ、ガキか。大人なら市長が逃げた場所を聞けるんだが……」


 背の高い男はがっかりした様子で溜息をつく。しかし「まあ、いい」と言ってルナに近づいてくる。


「人質として交渉の材料ぐらいにはなるだろう。おいガキ! こっちに来い」


 ゆっくりと歩いて来る男が、ルナには悪魔のように見えた。震える足に力を込め、来た通路を引き返す。


「あ! 待て」


 男は慌てて追いかける。ルナも必死に逃げるが、子供の足で逃げ切れる訳もなく、

男の手はすぐ後ろに迫った。

 その瞬間――側面のガラス戸が粉々になり、なにかが飛び出してくる。

 丸いものが男に激突し、一緒に壁際まで転がっていった。


「え!?」


 ルナは驚いて振り向く。すると砂ぼこりの中から、丸っこいものがピョンピョンと飛び跳ねて出てきた。

 ルナにはそれがなにか分からなかった。


「お! 誰か襲われてると思ったら、ルナだったのか」

「え? ええ!?」


 丸いものは言葉を話し、飛び跳ねて向かってくる。ルナは怖くなり、一目散に逃げようとした。


「待て、待て、ルナ! 俺だ、俺!」


 ルナはハッとして振り返る。その声に聞き覚えがあったからだ。ルナはポケットからスマホを取り出し、翻訳機能を使って会話を試みる。


「……もしかして、悠真?」

「そうそう、俺、悠真だ。こんな姿だけどな」


 丸いものはルナの足元にぴょこんとやってきた。グレーの体表に、まるっこい体。テレビで見たことのある魔物『スライム』に似ている。

 どう見ても人間ではないが、確かに悠真の雰囲気があった。

 

「本当に悠真なんだ……でも、どうして丸くなっちゃったの?」


 ルナはしゃがんで、スライムの頭を撫でる。プルプルと揺れていたが、触ってみると硬くて冷たい。


「それは俺が一流の探索者シーカーだからだ!」

「え!? 探索者シーカーってこんなこともできるの?」

「まあな」

「すごーい!」


 えっへん、と誇らしげに見える丸いスライムに、ルナは尊敬の眼差しを向ける。

 そんな会話をしていると、壁際で倒れていた男が頭を押さえ、首を振ってからゆっくりと起き上がる。


「なんだ一体!? なにが起こった?」


 探索者シーカーの男は辺りを見回し、ちょこんとたたずむスライムを見つける。


「スライム……?  こいつが攻撃してきたのか!?」


 男は剣を構え、近づいてくる。

 黒いスライムはウネウネと体を動かし、男の前に躍り出た。


 ◇◇◇


「おい、お前! このまま立ち去れば見逃してやる。もし、向かってきたらボコボコにしてやるからな!!」


 悠真が脅しをかけると、探索者シーカーの男は「こいつ……なにか言ってやがる!」と恐怖に顔を歪めた。

 よくよく考えれば、日本語が通じる訳もない。


「くそっ! よく分からねえが、とにかくぶっ殺してやる!!」


 男は剣を振り上げ、剣身に炎を灯した。全力で斬りつけてくるが、金属スライムの硬度に弾かれてしまう。


「なっ!?」


 よろめく男に、悠真はピョンッと飛び上がり、突っ込んでいく。丸い頭から二本の触手をニョロニョロと出し、先端を手の形にした。


「喰らえ!!」


 両手を広げ、相手の両頬を思いっきりビンタする。

 男はあまりの衝撃に白目となり、そのまま仰向けに倒れた。悠真は慎重に男に近づき、顔を覗き込む。完全に気絶しているようだ。


「よし、いっちょ上がり!」


 悠真は触手の手をパンパンと叩く。そんな悠真を、ルナは驚いた表情のまま見つめていた。少々刺激が強かったかもしれない。


「とにかくすぐに逃げよう、ルナ! 俺のあとについて来てくれ!」


 悠真はピョンピョンと飛び跳ねて行こうとした。するとルナは「待って!」と翻訳機を使って呼び止めてくる。

 悠真は振り返り、「どうした?」と尋ねた。


「パパとママが瓦礫の向こうにいるの! 助けないと……」

「どこだ?」


 ルナは崩れた通路を指差す。それを見た悠真はキッと鋭い目をした。


「分かった。ウィルソンさんたちは俺が助け出す。ルナは建物から出るんだ」

「でも……」


 二の足を踏むルナに、悠真はピョンピョンと跳ねて近づく。足元まで来ると触手を伸ばし、ルナの頭をポンポンと撫でる。


「大丈夫だ。俺を信用しろ」

「……本当にパパやママを助けてくれる?」

「ああ、必ず助ける!」


 その言葉に安心したルナはコクリと頷き、きびすを返して走って行く。それを見送った悠真はピョンピョンと飛び跳ね、崩れた通路に向かう。

 壁に空いた穴に入ると、天井が崩落した場所に出た。


「ここか」


 悠真は体をドロリと溶かし、瓦礫の下へと潜り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る