第350話 テロリスト

「おい……なんだ、あの車?」


 ショッピングモールにいたブリスベンの人々がざわめき出す。見慣れない三台の車が生活エリアに入ってきたからだ。

 男たちは女子供を避難させ、車を囲むように歩み出る。

 車から降りてきたのは、統一された制服を着た男女。それがオーストラリアにいる探索者シーカーだということは、誰の目にも明らかだった。


「おいおい、こんなところに集まって暮らしてんのか? 俺たちが助けに来てやったんだ。もう安心だぞ」


 先頭に立つ金髪モヒカンの男が、横柄な態度で話す。

 それを聞き、ショッピングモールで暮らす人たちは顔を強張らせた。その内の一人が前に出る。


「あんたたち、『ワラガンダ』の探索者シーカーだろう? こんなところになにしに来たんだ?」


 四十代ほどの男性が、探索者シーカーたちを睨みつける。モヒカンの男は肩をすくめ、「ずいぶん喧嘩腰だな」と薄笑いを浮かべる。


「俺たちはお前らを心配してやってるんだ。魔物がいつ襲って来るか分からない状況で、魔法も使えないんじゃ心細いだろ? 俺らの傘下にはいりゃ、ビクビク怯えずに暮らしていけるぜ」


 その物言いに、大勢の人たちが激怒する。


「ふざけんな! お前たちが国を壊したせいで被害が広がったんだろうが!!」

「そうだ! 政府がなくなったことで支援もなくなったんだぞ。このテロリストどもが!!」

「とっとと帰りやがれ! ここにも軍はいるんだ、お前らなんか必要ない!!」


 人々の怒りの声が降り注ぐ。それを聞いたモヒカンの男は、「やれやれ」と言って苦笑いする。


「だから助けに来てやったんじゃねえか。四の五の言ってねえで、ここの責任者を呼んでこい!」


 探索者シーカーたちと、ブリスベンの住人の間に緊張感が走る。

 その時、人ごみの後ろから誰かがやってきた。住民たちが左右に分かれ、その間を年配の女性が歩いて来る。

 探索者シーカーたちの前に立つと、堂々とした態度で向かい合った。


「私がこのブリスベンの責任者、市長のマデリーンです。どんな用件でここに来られたのか、私がうかがいます」


 マデリーンは凛とした表情で探索者シーカーたちを見つめる。

 モヒカン頭の男は、クツクツと笑いながらマデリーンに視線を向けた。


「やっと話ができそうなヤツが来たな。俺たち『ワラガンダ』は、各所で支配地域を増やしてるんだ。政府以上に国民思いってことだよ。なぁ、そうだろ?」


 モヒカン男は振り返って仲間たちを見る。若い男が六人、女が三人いたが、全員ニヤニヤと笑っていた。


「目的はなんです? あなたたちがタダで人助けをするはずがないわ。なにか理由があってここまで来たんでしょう?」

「話が早くて助かるよ、市長さん。ここが安泰なのは、近くにブリンバの海軍基地があるからだ。つまり、大量の魔宝石があるってことだよな?」

「やはり、それが目的ですか」


 マデリーンの視線がわずかに動く。それを見逃さなかったモヒカン頭の男は、フフッと笑い、周囲を見回す。


「そこにいるんだろ? いいぜ、出てこいよ」


 男の声をきっかけに、建物の陰から多くの軍人が出てきた。小銃を構え、小走りで探索者シーカーたちを囲む。

 全員が若い兵士で、銃口を相手に向け、照準を合わせる。


「ここは私たちが自衛する場所です。あなたたちの力は必要ありません。早々にお帰り下さい」


 マデリーンは冷たく言い放った。しかし、探索者シーカーたちが引く様子はない。


「やれやれ、せっかく穏便に済ませてやろうと思ったのによぉ」


 モヒカンの男が手を上げると、後ろにいた探索者シーカーたちは車から【魔法付与武装】を取り出し、それぞれ戦闘態勢に入った。


「後悔するんじゃねえぞ、ババア!!」


 ◇◇◇


 悠真たちが街に戻ってくると、ショッピングモールの方から煙が上がっていた。

 安斎はアクセルを踏み込み、さらにスピードを上げる。燃えている建物が見えてきたところで急ブレーキをかけ、安斎は車を止めた。

 シートベルトを外し、慌てて車外に出る。


「悠真くん、君はここで待ってて! 私が様子を見てくるから」

「え、ちょっと待って下さい。俺も――」


 悠真が止めようとするが、安斎は走り去ってしまった。悠真もシートベルトを外し、ゆっくりと車を降りる。

 思うように動かない体にいらつきながら、杖をついてショッピングモールに向かう。

 ――じっとなんてしてられない。俺も助けに行かないと。

 悠真は出来る限り速く歩き、安斎のあとを追う。しばらく歩くと銃撃音や爆発音が聞こえてきた。

 戦いになってる。ルナや安斎、ウィルソンさんたちの顔が脳裏を過る。

 探索者シーカーたちが犯罪集団になってると聞いてショックだったが、本当に一般市民相手に魔法を使っているようだ。

 

「くそ、もっと早く歩ければ……」


 このままではみんな死んでしまう。悠真は立ち止まり、体に力を入れた。

 全身が黒く染まり、鋼鉄の鎧に覆われる。『金属化』を発動して走ろうとするものの、やはり体は思うように動かない。


「ダメか! 『金属化』すればなんとかなるかと思ったのに」 


 悠真はギリッと奥歯を噛む。毎日回復魔法をかけ、【自己再生】の能力も機能してるはずなのに、傷の治りは異常なほど遅い。

 こんな状態では駆けつけたとしてもなんの役にも立たない。

 どうすればいいんだ、と思い悩んでいた時、「あっ!」とあることを思いつく。


「そうだ、これなら」


 悠真は体の力を抜き、全身をドロリと溶かす。丸いスライムに変身すると、目玉をグルッと回して前を見た。

 ピョンピョン飛び跳ねてみたり、触手を何本か出してうねらせる。


「おお! 思い通りに動くぞ!! この姿なら怪我は関係ないんだ」


 液体金属を動かすのは魔法の一種。しかも使い慣れた"黒の魔法"であるため、扱うのに支障はなかった。

 悠真は「よっしゃっ!」と雄叫びを上げ、ピョンピョンと飛び跳ねる。

 走るより速い速度で、ショッピングモールに向かった。


 ◇◇◇


 爆発が起き、炎が舞い散る。銃弾が飛び交い、辺りには怒号が響く。

 ショッピングモール周辺は戦場と化していた。探索者シーカーたちが魔法を使い人々を蹂躙していく。

 それに応戦するため、軍人たちは魔法が付与された弾丸を放つ。

 最初は一進一退の攻防を見せたが、徐々に探索者シーカーたちが押していく。軍人は数で上回っていたものの、純粋な魔法には敵わなかった。


「くそっ! 住民を避難させろ!! 奴らを止められるのは我々だけだ」


 軍人たちは探索者シーカーを牽制しつつ、ゆっくりと後退する。


「おいおい、その程度で俺たちを止めるつもりか? 冗談も大概にしてくれよ!」


 モヒカン男は大剣をかかげ、炎の魔力を集める。剣身に爆炎が渦巻き、メラメラと膨れ上がっていく。


「吹き飛べ! クソども!!」


 振り下ろした大剣は地面をえぐり、大爆発を引き起こした。

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