第349話 対向車

 ショッピングモールのフードコート。避難している大勢の人たちに、食事が振る舞われていた。

 悠真もテーブルにつき、出された料理に舌鼓を打つ。

 ベーグルとポーク&ビーンズ、クラムチャウダーにフライドチキン。避難所で出されるとは思えないほど充実しており、悠真は腹いっぱいになるまで食べた。


「あ~食った、食った」


 悠真は腹をさすり、ゲップを吐く。隣に座っていた安斎が苦笑した。


「三鷹くん、ホントによく食べるわね。その調子なら、怪我もすぐに治りそう」

「確かにそうですね。それにしても、こんなに豪勢な食事が出てくるなんて思ってませんでした」


 安斎は「そうだよね」と、感慨深そうに頷く。


「ここは恵まれてる方だよ。農業や畜産業が生きてるから食料には困ってないし、魔物の被害も比較的少ないの。他の地域はもっと酷いらしくて……」


 表情を曇らせてうつむく安斎に、悠真はなんと声をかけていいか分からなかった。

 そんな時、フードコートの入口からルナが走ってくる。なんだろう? と思い悠真が顔を向けると、ルナは満面の笑みで近づいてきた。

 安斎から借りたスマホを取り出し、翻訳アプリをタップする。


「悠真、見て見て! これ、もらってきたんだよ」

「え?」


 よく見れば、ルナの右手には杖が握られていた。老人が歩行する際に使う、T字杖というやつだ。


「これを俺のために?」

「うん、お父さんに頼んで、探してもらってたんだ」

「そうか……」


 悠真は「うんしょ」と立ち上がり、ルナからT字杖を受け取って体を支えてみる。回復魔法を使っても傷が癒える速度は遅い。 

 足も自由に動かないため、これは丁度いいかもしれない。

 ちょっと年寄りみたいで嫌な感じもするが……。


「ありがとな、ルナ。すごい助かるよ」


 悠真はルナの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でた。

 ルナは屈託なく笑い、杖で歩行練習をする悠真のあとをついていく。その様子を安斎は微笑ましく眺めていた。


 ◇◇◇


 悠真と安斎とルナは、施設内のベンチに腰かける。

 ここにはドリンクバーもあり、悠真はコーラ、安斎はジンジャエール、ルナはオレンジジュースを持ってきていた。

 ドリンクを飲みながら、悠真は今後のことを安斎と話し合う。


「やっぱり『黒のダンジョン』に行こうと思うんだ。仲間とははぐれちゃったけど、目的地は同じだから、行けば合流できるかもしれないし」

「でも……」


 安斎は暗い表情になる。隣にいたルナも不安そうだ。


「もちろん、移動が危険なのは分かってる。魔物に遭遇するかもしれないし、探索者シーカーたちに出会うかもしれない。それでも行かなきゃいけない」

「気持ちは分かるんだけど……」

「安斎さん、車を用意できないかな? キャンベラまで行ってみるよ」

「悠真くん、車の運転できるの?」

「いや、免許は持ってないんだけど……まあ、なんとかなるかなって思って」

「ええっ?」


 安斎は呆れた顔になる。


「無理だよ。そもそもオーストラリアの地理なんて分からないでしょう? 今はカーナビだって使えないんだよ。どうする気なの?」

「う、それは……」


 言葉に詰まる悠真を見て、安斎は「まったく」と言って溜息をつく。そして持っていたジンジャエールに視線を落とし、なにかを考え込む。

 しばらくすると顔を上げ、悠真に視線を向けた。


「分かった。車はウィルソンさんに相談してなんとか用意してみる。ただし! 運転は私がするわ」

「え!? いや、でも」

「体もうまく動かない。運転もできない。キャンベラに行く道も分からない。そんな人を一人で行かせる訳にはいかないでしょ」

「危険だよ、安斎さん。魔物がでるかもしれないし、テロリストになった探索者だって襲って来るかもしれない。下手したら死ぬかもしれないんだよ」


 なんとか説得しようとする悠真だったが、安斎の考えが変わることはなかった。


「とにかく! その条件が飲めないのなら、車は用意できません。キャンベラに行くのも諦めて下さい」


 安斎はぷいっとソッポを向き、ジンジャエールに口をつける。

 悠真はこれ以上ごねてもダメかと思い、渋々安斎の提案を飲むことにした。


「……分かった。じゃあキャンベラの近くまでお願いするよ。そこからは俺一人で行くから」

「うん、それなら協力するわ。車の手配は任せて」


 安斎はニコッと笑い、晴れやかな表情になる。悠真に取っては予想外の展開だったが、八方ふさがりの状況にわずかな光が見えてきた。

 ルイと明人に合流できれば、きっと現状は打破できる。

 悠真はホッと息をつき、持っていたコーラを喉奥に流し込む。

 その後、安斎はすぐこのことをウィルソンとオリビアに話した。二人は悠真がキャンベラに行くことに難色を示したが、最後は安斎の説得に根負けする。

 安斎と悠真の二人は、翌日、車で出発することになった。


 ◇◇◇


「じゃあ、行ってくるね」


 白いワンボックスカーに乗った安斎は運転席の窓を開け、見送りにきたウィルソンたちに笑顔を向ける。

 ウィルソンはまだ不安気な表情をしているが「気を付けるんだよ」と、明るく声をかけてくれた。

 隣にいたオリビアも「危ないと思ったらすぐ引き返してね」と気遣う。

 安斎はコクリと頷き「じゃあ」と言ってウインドウを閉めようとすると、オリビアの足にしがみついていたルナがトコトコと近づいて来る。


「ヒナ! 絶対戻って来てね。悠真も!」


 安斎と助手席に座っていた悠真は、ドアに張り付くルナを見た。


「もちろん、心配しないで」

「ああ、俺もちゃんと戻ってくるよ」


 二人の言葉を聞いてルナはドアから手を放し、二歩下がった。安斎はキーを回してエンジンをかけ、チェンジレバーをドライブに入れる。

 アクセルを踏むと、車はゆっくりと走り出した。

 手を振るルナをバックミラーで確認しながら、安斎と悠真は『黒のダンジョン』があるキャンベラを目指す。


「本当に助かります。安斎さんたちに出会わなかったら、どうすることもできず街を彷徨ってましたよ」

「だとしたら、ルナに感謝だよね。あの子があなたを見つけたんだから」

「そうですね。ところで安斎さん、ヒナって名前なんですか?」


 安斎は照れ臭そうに「ああ」と微笑む。


「似合わないよね。子供の頃は良かったんだけど……三鷹くんの名前は"悠真"だったよね。ルナがいつも呼んでたから覚えたよ」

「そうです。三鷹悠真、たいがい悠真って呼ばれてますよ」

「じゃあ、私も悠真くんって呼んでいいかな? そっちの方が呼びやすいし」

「ええ、全然いいですよ」


 そんな話をしながら広い道路を進んでいると、対向車線に三台の車が見えてきた。

 一台は黒のSUVで、その後ろを走る二台は黒のバンだ。すれ違う瞬間、向こうの運転手がチラリとこちらを見たが、構わず行ってしまった。

 悠真は三台の車を見送り、安斎に視線を向ける。


「今の車って……」


 悠真が話し終わる前に、安斎は急ハンドルを切った。車体はドリフトし、煙を上げながら真反対を向く。

 

「ど、どうしたんですか!?」


 驚いた悠真は、運転席に目をやる。すると安斎は眉間にしわを寄せ、深刻な表情で前を見る。明らかに様子がおかしい。


「あの車……」

「知ってる人ですか?」


 悠真が尋ねると、安斎はギリッと唇を噛む。


「キャンベラの方向から来た車……今のオーストラリアで自由に移動するのは、あの人たちしかいない!」

「まさか」

探索者シーカーのテロ組織『ワラガンダ』よ! ブリスベンに向かってる!!」


 安斎はアクセルを踏み込み、車を急発進させた。悠真は訳が分からず「ええ!?」と困惑するばかりだ。

 車は速度を上げ、探索者シーカーの車を追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る