第348話 混沌の大陸

「と、とにかく。私たちのコミュニティに案内するわ」


 安斎は通路の奥を手で指し示す。悠真は「え?」と声を上げた。


「二人の他にも人がいるんですか?」

「もちろん。この施設だけでも、二百人ぐらいはいるはずよ」

「そんなに!?」


 街の壊滅的な様子を見ていただけに、悠真は驚きを隠せない。

 安斎とルナのあとについていくと、施設の奥にある店舗に大勢の人がいた。女性や子供、男性の姿もある。

 全員が楽し気に笑い合い、怯えている感じはない。

 本当にコミュニティを築いているようだ。


「ウィリアム!」


 安斎は休憩スペースにいた男性に声をかける。白髪交じりの男性はベンチから立ち上がり、安斎となにかを話している。

 話し終えると、安斎はルナを呼び寄せた。どうやらこの男性に預けるようだ。

 ひとしきりやり取りを済ませると、安斎は悠真の元まで歩いて来る。


「じゃあ、一緒に来てくれる。ここの責任者に会わせるから」

「分かりました」


 悠真は安斎に案内され、施設二階にある部屋に足を運ぶ。

 そこには数人の男女と、五十代ぐらいの女性がいた。

 女性は安斎になにか話しかけていたが、英語なので当然分からない。会話を終えた安斎が悠真に視線を向ける。


「こちらはブリスベンの市長、マデリーン・テイラーさんよ。この近辺で生き残った人たちをまとめてくれてるの」


 女性が笑顔で近づいてきた。悠真は少し緊張した面持ちで握手を交わす。


「あなたのこと歓迎するって。生活のことは心配しなくていいわ」

「あ、それは……ありがとうございます。サ、サンキュー」


 マデリーンにお礼を言うと、彼女はコクリと頷き、また取り巻きの人たちと会話を始めた。かなり忙しそうだ。

 悠真と安斎は部屋を出て、ルナがいる場所へと戻った。


 ◇◇◇


 施設の中にはいくつものテントが張られていた。

 本来は災害用に使うものだが、今は集団生活でプライバシーを守るために活用されていた。そんなテントのひとつに悠真の姿があった。

 簡易な椅子に腰かけ、テント内を興味深そうに見渡す。

 隣に座る安斎が、悠真の言葉を持っていたスマホで翻訳してくれる。それを聞いた五十代ぐらいの男性、ウィルソンが口を開く。


「アメリカから潜水艦に乗って来た!? 本当かい?」

「ええ、そうなんです。アメリカの人たちに協力してもらって……」


 目の前にいるウィルソンは、安斎が留学した際、ホームステイを受け入れてくれた家族らしい。ウィルソンは細身で長身、白髪交じりの髪は肩まで伸びている。

 髭にも白髪が混じっているため、見た目はちょっと小汚い。

 そんなウィルソンの隣に座っているのは、ブロンドでとても綺麗な女性。オリビアという名前で奥さんのようだが、全然釣り合ってないと悠真は思った。

 オリビアの膝元には、ルナが笑顔で座っている。

 この二人がルナの両親だ。ルナは小さな熊のぬいぐるみを抱きかかえ、母親に甘えている。

 愛らしい子供の姿に、悠真はほっこりした気持ちになる。


「じゃ、じゃあ、アメリカの人たちが救助に来てくれたってことかな?」


 ウィルソンは希望に満ちた眼差しで悠真を見つめる。しかし、悠真はうつむき、残念そうに首を振った。


「いえ……潜水艦で来たのは、ここの人たちの救助が目的じゃありません。それに乗ってきた潜水艦は沈没したみたいで……」

 

 悠真の話を聞き、ウィルソンやオリビア、そして安斎の顔が一気に暗くなる。

 余計な期待をさせてしまったことを、悠真は申し訳なく思った。


「そうか……それは大変な目にあったね。オーストラリアの近海には『青のダンジョン』があるみたいだから。海路で近づくことができないんだ。空はもっと危険でね。誰も入って来ることができず、出て行くこともできない。それがここの現状。だから君が来たのは奇跡に近いと思うよ」


 ウィルソンが笑顔で語りかけてくる。横で聞いていたオリビアも頷いた。


「怪我はしたみたいだけど、あなたが生きていたことはなによりよ。でも、どうしてこんな危険なところにやってきたの?」


 当然の疑問を口にしたオリビア。悠真はなんと返そうか一瞬悩んだ。

 正直に言っても信じてもらえないだろう。かといって完全な嘘をついて不審がられても困る。

 思い悩んだ悠真は、視線を上げてウィルソンを見た。


「俺は探索者シーカーなんです。オーストラリアにある『黒のダンジョン』に用があったんです。ただ、詳しいことは言えません。お世話になってるのに申し訳ないですが」

「そうか、君は探索者シーカーだったのか。だとしたら言えないこともあるだろう。私もこれ以上聞くのはやめておくよ」

「助かります」


 悠真はホッと胸を撫で下ろす。嘘をつかずに、なんとかやり過ごすことができた。

 今度は悠真がウィルソンに質問する。


「この辺は自治体がきちんと機能してるんですね。オーストラリア全体でも、政府が国民を守ってるってことですか?」


 悠真の問いに、夫妻は困惑した顔をする。


「いや……そういう訳でもないんだ。魔物の出現で多くの被害はあったが、中央政府は迅速に対策を講じてね。死傷者を最小限に抑えていた。ただ……」

「なにかあったんですか?」


 ウィルソンとオリビアは顔を見合わせ、曇った表情になる。隣にいた安斎も、うつむいたまま黙り込む。

 どうしたんだろう? と訝しむ悠真に、安斎が話しかけてきた。


「中央政府は崩壊してるわ。だから、今は機能してないの」

「魔物に襲われたんですか?」


 安斎はフルフルと首を横に振る。


「クーデターがあったの。魔物が溢れ出してから数ヶ月後に」

「クーデター!? どうしてそんなことになったんですか?」


 予想外の話に、悠真はただただ困惑する。だが、安斎が話す内容は、さらに信じられないものだった。


「クーデターを起こしたのは、オーストラリアにいた探索者シーカーたちよ。魔法の力で軍を制圧して、今では自分たちの政府を作ってるの」


 悠真は絶句する。世界がこんな状況になっているのに、クーデターなんか起こしてどうする気なんだ。

 話を詳しく聞けば、ほとんどの地域は探索者シーカーたちによって支配されているという。

 このブリスベンは探索者シーカーではなく、自治体が管理している数少ない地域らしい。


「じゃあ、『黒のダンジョン』がある地域って……」


 悠真が安斎に尋ねる。安斎の表情は、より暗くなった。


「黒のダンジョンはオーストラリアの首都、キャンベラにあるわ。でも、探索者組織の本拠地があるのもキャンベラ。行けば、必ず捕まってしまう」

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