第354話 キャンベラ

 「みなさん、無事でなによりです」


 ショッピングモールの広場に戻ってきた市長のマデリーンは、集まった二百人ばかりの人々に声をかけた。

 探索者シーカーと戦った軍人に死者は出たものの、一般人に犠牲者はいなかった。

 

「ブリンバの海軍基地の方々が、テロリストを倒してくれたようです。市民に被害が出なかったのも、彼らのおかげでしょう。心から感謝したいと思います」


 生き残った軍人たちは傷だらけで、憔悴しょうすいしているように見えた。

 マデリーンと市民たちは、犠牲になった軍人に祈りを捧げるため、一分間の黙祷を行う。

 悠真も瞼を閉じ、うつむいて黙祷する。

 金属スライムになって探索者シーカーと戦ったあと、悠真は人間の姿に戻り、ウィルソンやオリビア、その他の怪我人に回復魔法をかけて回った。

 大怪我をしている人もいたが、今は完全に治っている。

 ただし、治す対象にしたのは意識を失っている人だけだ。回復魔法が使える救世主メサイアだと知られれば、次々に治療を頼まれるかもしれない。


 ――悪いけど、俺も先を急ぐからな。

 

 マデリーンは今後のことについて話をする。ブリスベンはこのまま独立を維持し、探索者シーカーたちとは距離を置くこと。

 再度の襲撃に備え、生活拠点を移すことなどが語られた。

 あとはをどうするかだ。

 悠真の視線の先、モールの一角にいたのは、縛られて鉄柱にくくりつけられた探索者シーカーたち。

 今はグロッキー状態でのびているものの、いつ意識を取り戻すか分からない。

 また魔法を使われてたら厄介だな、と思った悠真は、安斎に尋ねてみる。


「安斎さん、あいつらはどうするんですか。拘束するのも大変だと思うけど……」


 問われた安斎は「ああ」と言って笑顔を見せる。


「大丈夫だよ。探索者シーカーの魔法を使えなくする『魔導装置』があるって聞いたことがあるから。たぶん、それを使うんじゃないかな」

「そんなのがあるんですか!? 初めて聞いた」


 悠真は驚いて聞き返す。魔導装置を使っている国は今までもあった。だけど、魔法を使えなくする装置なんて聞いたことがない。


「まあ、私も詳しくは知らないんだけどね」

「オーストラリアって、魔導装置の開発が進んでるんですか?」

「そうみたいだよ。アメリカに並ぶか、それ以上に技術があるって聞いたことあるけど、どれぐらい進んでるかは分からないわ」

「そうなんだ」


 悠真はオーストラリアの意外な一面に感心する。

 マデリーンを中心に、多くの人々が破壊されたショッピングモールから別の施設に移動し始めた。

 本来なら手伝うべきだろうが、悠真の心は別の場所に向かっていた。

 ルイや明人、アメリカの軍人も、生きていれば行くであろう『黒のダンジョン』。生存を信じていた悠真は、早く再会したいという気持ちに駆られる。

 そんな悠真の心情に気づいたのか、安斎が声をかけてきた。


「悠真くん、ごめんね。キャンベラに行くはずだったのに、勝手に戻ってきちゃって」

「いや、いいですよ。ここの人たちを心配するのは当然ですから」

「ここはもう大丈夫みたいだし、今からでも出発しようか」

「え? いいんですか?」


 安斎は「もちろん」と笑顔で答え、ウィルソンやオリビアに話をしにいく。二人はこころよく承知してくれた。

 改めて悠真たちを送り出す。


「悠真、ありがとう。戻って来てくれて、本当に助かったよ」


 ウィルソンの言葉に、オリビアもウンウンと頷く。


「悠真、あなたがいなかったら、ルナがどうなっていたか……。キャンベラは多くの探索者シーカーがいるみたいだし、気をつけてね」

「ええ、分かりました」


 安斎と悠真はショッピングモールの前に停めた車に乗り込み、再び『黒のダンジョン』があるキャンベラを目指した。


 ◇◇◇


 ブリスベンから南下すること十三時間。キャンベラ近郊に着いた頃には、すでに日が沈み、深夜になっていた。

 安斎は街に入る前の路上で車を止める。

 二人はシートベルトを外し、車外に降りた。夜であるにも関わらず、街には煌々と光が灯っている。

 今のオーストラリアの状況を考えれば、魔物を刺激しないように夜は光を落とすのが普通だ。それをやってないということは――


探索者シーカーが集まってるから、魔物が怖くないってことか」


 噂では街全体が探索者シーカーの巣窟になっているらしい。上位探索者シーカーが大勢いるなら、大抵の魔物は倒せるだろう。

 やはり最大の障害は魔物じゃなく、探索者シーカーになるようだ。

 悠真は車をキーレスキーで施錠する安斎に視線を向けた。


「安斎さん、ここからは俺一人で行きます。トラブルに巻き込まれる前に、ブリスベンに戻って下さい」

「え?」


 一緒に行こうとしていた安斎は、悠真の言葉に目を見開く。


「そんな……まだちゃんと歩くこともできないのに。一人でなんて危険すぎるわ」

「大丈夫ですよ。ちょっとづつ怪我も良くなってきてますから。ほら、今も杖を使わずに歩いてるでしょ?」


 悠真はゆっくりとだが、杖を使わずに歩いて見せる。安斎は小さく嘆息した。


「それじゃあ、走ることもできないじゃない。探索者シーカーに見つかったらどうするつもりなの?」

「なんとかしますよ。俺も探索者シーカーですから」

 

 そんな話を二人でしていた時、道の先からヘッドライトを灯した車がやって来る。

ハイライトが眩しかった悠真と安斎は、手で光をさえぎる。

 目の前で止まったのは大型の車。

 暗くて色までは分からないが、どうやら4WDのようだ。

 中から三人が車外に降り、安斎と悠真の近くまで歩み寄る。


「なんだ、お前ら。どっから来た?」


 男の一人が話しかけてきた。全員が小銃を持っているが、腰には長い剣も装備している。間違いなく探索者シーカーだ。

 悠真は心の中で舌打ちする。


 ――こいつらに見つかる前に、安斎さんを帰したかったけど……。嫌なタイミングで来やがったな。


 自分だけならなんとでもなったのに、と悠真は下唇を噛む。


「わ、私たちはニューカッスルから避難して来たんです。キャンベラは探索者シーカーが守ってるって聞いてたから」


 安斎が英語で説明している。なんと言っているか分からないが、この場を切り抜けるような弁明をしてるんだろう。

 ここで戦うと安斎を巻き込むかもしれない。

 そう考えた悠真は黙って見守ることにした。安斎が一通り話し終えると、探索者シーカーの男は頷き、悠真の顔を見る。


「分かった。この街の施設に案内しよう」

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