第355話 予想外の魔道具

 悠真たちは探索者シーカーの車に乗せられ、街の中心部に連れて来られる。

 ビルが立ち並ぶ一角で車を降り、煌々と光が灯ったオフィスビルに足を向けた。

 周囲にはライフルを持った人間がチラホラといる。一見すれば軍人のようにも見えるが、恐らく探索者シーカーなのだろう。


「こっちだ」


 探索者シーカーの男があごをしゃくる。男は四十代ほどで、短髪の黒髪。横柄な態度を取るところを見ると、けっこう偉い立場の人間なのかもしれない。

 悠真は大人しく指示に従う。今のところ危害を加える気はないようだ。

 ビルの中に入り、エレベーターに乗って七階で降りる。案内されたのは、フロアの一室。扉を開けると、そこには大勢の女性がいた。

 殺風景な部屋で、布団などが敷かれている。

 女性たちは全員が不安気にうつむき、疲れきった顔をしていた。


「お前はここに入ってろ。明日、正式に処遇を決めるからな」


 安斎が背中を押され、無理矢理部屋に入れられる。すぐに扉を閉められ、悠真は別の場所に案内される。


「お前はこっちだ」


 背中をバンッと押され、大部屋の中に放り込まれた。中には二十人ばかりの男性がおり、伏し目がちにこちらを見てくる。

 こちらも憔悴しょうすいした目をしていた。雑な扱いでもされてるのだろうか?


「明日、身元の確認をする。それまで大人しくしてろよ」


 男はそう言って扉を閉めると、カチャッと施錠してどこかに行ってしまった。悠真は辺りを見回し、適当な場所に腰を下ろす。

 同室の男たちはなにも言わず、悠真に話しかけようともしない。

 悠真も無理に話しかけようとはせず、黙ったまま窓の外に目をやった。深夜であるため、外は真っ暗だ。

 今すぐ安斎を助けに行くべきか? 暗がりにまぎれるなら夜の方がいいだろう。

 そう考えた悠真だが、いや、と言って首を振る。


 ――金属スライムの姿にしかなれない以上、逃げ切るのは難しいだろう。どうせ戦うなら明るい方がいいか。


 悠真はフロアマットの上で横になる。今夜はここで眠り、明日の朝、安斎を助けに行こう。

 安斎を助け出し、ブリスベンに帰して……。

 あれやこれや頭の中で考えていると、ふいに声がかけられる。


「あ、あの、ひょっとして日本人ですか?」


 悠真は驚いて顔を上げ、上半身を起こす。近くまで来ていたのは、黒髪ボブの青年だった。

 不安そうに尋ねる青年に対し、悠真は笑顔を向ける。


「ええ、そうですよ。あなたも日本人なんですか?」


 青年はホッと息を吐き、「そうなんですよ」と笑顔で返す。


「隣、いいですか?」

「もちろん」


 青年は悠真の隣に腰を下ろし、屈託のない笑顔を向けてきた。


「僕は葉山と言います。オーストラリアには出稼ぎに来たんですが、いや、とんでもない世界になりましたよね」

「そうですね。あ、俺は三鷹って言います」


 名乗ったところで、葉山は顔を近づけ、小声で話しかけてくる。


「三鷹さん、あなたも無理矢理連れ戻されたんですか?」

「え? 無理矢理って?」


 悠真は怪訝な顔で聞き返す。すると葉山は「違うんですか?」と目を見開き、驚いた表情を見せる。


「てっきりキャンベラから逃げて捕まったのかと……」

「葉山さんはどうしてここに?」

「僕はまさに逃げ出して連れ戻された口ですよ。ここは魔法が使えない人間に取っては地獄ですからね」


 葉山からキャンベラの現状について教えてもらう。

 探索者シーカーたちが街を支配するようになってから、一般市民は事実上の強制労働を強いられるようになった。

 工場で兵器や魔道具に使う部品の生産。

 農業・畜産業に従事し、食料の確保。

 街を維持するための公益活動。

 それらの仕事を一日十時間以上、休みなしで働いても、対価として配給されるのはわずかばかりの食料のみ。

 従わなければ酷い罰を受け、逃げ出そうすれば強制的に連れ戻される。あまりにも反抗的なら、最悪、殺されることもあるらしい。


「ほとんど奴隷ですよ。確かに探索者シーカーが大勢いるから魔物に襲われる心配はないんですけど、代わりに恐ろしい人間たちに従わないといけない。どうしてこんな世界になったのか……」


 葉山は深い溜息をつく。


「僕は元々キャンベラに住んでたんですけど、テロリストが政権を打倒する前に、さっさと出て行くべきでしたよ」

「そうなんですか……」


 探索者シーカーが支配していると聞いて、それなりにちゃんとした生活ができているのかと思ってたけど、どうやらやりたい放題にやっているようだ。

 テロリストと呼ばれるのも当然だろう。悠真は他にも気になることを葉山に尋ねてみる。


「でも、魔物には襲われることはないんですよね? ここの防衛体制って、そんなに強固なんですか?」


 葉山は「ええ、そうなんです」と頷く。


「なにせあいつら、

「え!?」


 悠真は驚いて思わず口を開けた。


「魔物を操る魔道具!? そんなのがあるんですか?」

「ええ、けっこう強い魔物も操れるって聞きますよ。僕は探索者シーカーじゃないんで詳しくは知りませんけど」


 葉山の言葉に、悠真は深刻な表情でうつむいた。魔物を操る魔道具なんて聞いたことがない。

 探索者シーカーがクーデターを起こしたのも、魔物を制御できる自信があったからか?

 色々な疑問が頭に浮かぶ。悠真はその中でも、もっとも聞きたかったことを葉山に尋ねた。


「ところで葉山さん。キャンベラには『黒のダンジョン』があるって聞いてたんですけど、どこにあるか知ってますか?」

「黒のダンジョン? ああ、南にあるやつですか。もちろん知ってますよ」

「今はどうなってます? 魔物が溢れ出してるとか」


 悠真の話を聞いて、葉山は「いやいや」と首を振って否定する。


「さすがに、あんな大きいダンジョンから魔物が溢れてきてたら、探索者シーカーがいてもここは住めなくなってますよ。不思議なことに黒のダンジョンから魔物は出てきてません。なぜかは分かりませんけどね」

「そう……なんですか」


 確かに不思議な話だが、魔物が出て来ないならそれに越したことはない。

 悠真は葉山にお礼を言い、休むため部屋の隅で横になった。なんにせよ、キャンベラにずっといるのは危険なようだ。

 今日のところはここで寝て、日が昇ったら安斎を助けに行こう。

 安斎を車に乗せ、安全な場所まで行ってもらえれば、あとは『黒のダンジョン』に向かうだけだ。

 問題は街中にいる探索者シーカーをどうするか――

 そして、探索者シーカーをどうするか、だ。

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