第356話 救出

 朝――部屋の窓から明かりが差し込む。

 悠真はまぶたを開け、体を起こした。フロアマットの上とはいえ、床で寝ていたため体が痛くて仕方がない。

 コキコキと首を鳴らし、静かに立ち上がる。

 部屋には男たちが雑魚寝しており、全員がまだ眠っていた。このままここにいれば、探索者シーカーが来て連れていかれるだろう。


「さっさと行かないと」


 悠真は扉の前に立ち、ドアノブを回す。カチャカチャ音が鳴るだけで、開くことはない。しっかりと施錠されている。


「まあ、俺には関係ないけどな」


 悠真は『金属化』し、体をドロリと溶かす。水溜まりのような状態になり、そのまま移動を開始する。

 扉の下にある隙間から外に出た。

 水溜まりが盛り上がると、丸い金属スライムが姿を現す。


「よし! この状態ならスムーズに動けるぞ」


 悠真はピョンピョンと飛び跳ね、辺りを警戒しなが廊下を進む。通路の角で立ち止まり、そっと顔を出して探索者シーカーが来ないか確認する。

 誰もいなければ、そのまま飛び跳ねて移動した。

 安斎が入れられた部屋がどこにあるかは分かっている。このまま通路を進めばいいはずだ。そう考えていた時、通路の先から声が聞こえてきた。

 誰か来たようだ。悠真は体を溶かし、床の上で正方形の鉄板になる。素通りしてくれることを期待したが……。


「ん? なんだ、これ。誰がこんなところに鉄板を置いたんだ?」


 一人の男が明らかに不審ふしんがってる。悠真はマズイと思ったが、もう一人の男がなにかを言ってきた。


「床が破損したんじゃないのか? それで鉄板を敷いてるとか」

「まあ、そうか」


 二人は何事もなかったかのように、そのまま歩き去った。


「ふぅ~、良かった」


 鉄板はモゾモゾと波打ち、丸いスライムに戻る。悠真は飛び跳ねながら、安斎がいる部屋を目指した。


 ◇◇◇


「あそこだな……」


 安斎の部屋の近くまで来た悠真だったが、扉の前には女性の探索者シーカーと思われる人間が三人いた。悠真は廊下の角に身を隠し、女性たちを観察する。

 なにかを話し合っているようだ。

 さっさと行きたいのに邪魔だな、と思っていると、二人が去っていく。 

 残った一人は見張りらしい。女の探索者シーカーは扉に背を向け、辺りを見回していた。


 ――嫌なところで見張ってるな。戦ってもいいけど、騒ぎになって仲間を呼ばれるのもめんどいし……。ここは穏便にいくか。


 悠真は金属スライムの頭からニョロニョロと触手を伸ばし、先端を尖った刃物に変える。

 その触手を一気に伸ばし、天井に突き刺した。

 小さな音が鳴ったが、女性は気づいてないようだ。悠真は触手を縮め、天井に移動する。

 雲梯うんていを進むように、触手を交互に天井に突き刺す。

 女性の真上までくると、触手を伸ばし、ゆっくりと床に下りた。女性の背後に着地したため気づかれてはいない。

 悠真は体を溶かし、ドロドロ状態で扉の下の隙間から部屋に入った。

 中には十人以上の女性たちがいて、すでに起きている者もいる。だが、大半は布団の中だ。

 金属スライムに戻り、目立たないように辺りを見回すと、布団で寝ている安斎を見つけた。悠真はドロドロ状態になって室内を進む。

 安斎の近くまで行くと、丸いスライムの形に戻り、周りの女性に気づかれないよう慎重に行動する。

 枕元で触手を伸ばし、安斎の顔をツンツンとっつく。


「う……うぅ……ん」


 安斎が目をこすり始める。どうやら起きたようだ。

 この姿を見たらびっくりするだろうからな、大声を出さないように忠告しないと。悠真は触手の先を手の形にし、人差し指を顔の前に当て「シーッ」のポーズを作る。

 目を覚ました安斎と目が合った。

 こちらの意図を理解してくれ、と期待したが――


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ダメだった。

 室内にいた女性たちは飛び起き、蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。

 外からは女性の探索者シーカーが「どうしたっ!?」と言って部屋に入ってきた。悠真の姿を見つけると「ま、魔物!?」と慌てて銃口を向けてくる。

 穏便にいこうと思ったのに、これ以上ないぐらいの大失敗だ。

 悠真は周りに被害が出ないよう、部屋の隅に移動する。女性探索シーカー者は銃を構え、トリガーを引いた。

 何十発もの弾丸が、金属スライムに襲いかかる。


 キン、キンキン、キン、キン、キン、キン、キン、キン、キン、キン、キン――


 全ての弾丸を弾き返す。魔法付与武装のライフルではなく、通常のライフル弾のようだ。弾丸が尽き、女性探索者シーカーはマガジンを交換しようとした。

 悠真はその隙に安斎の手を取り、飛び跳ねて窓際まで移動する。


「え、ちょ、ちょっと!?」


 安斎は戸惑うものの、腕を触手に掴まれ、あらがうことができない。悠真は触手の先をスパイクのついた鉄球に変え、その鉄球で部屋の窓を叩き壊す。

 勢いのまま安斎と共に窓から飛び降りた。


「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!」


 安斎を二本の触手で抱きかかえ、そのまま地面に着地。衝撃は金属スライムが全て受け、触手をクッションにして安斎を守る。

 怪我はないみたいだが、気を失ったようだ。

 上からはガラスの破片が雨のように落ちてくる。

 ちょっと地面に埋まってしまった悠真は、体を揺すって脱出。ピョンピョンと飛び跳ねその場から離れた。


「ま、待てっ!!」


 上では女性の探索者シーカーが大声を上げている。


「待つ訳ないだろ!」


 悠真は安斎を持ち上げたまま、飛び跳ねてビルを離れ、建物の陰へと姿を消した。


 ◇◇◇


「安斎さん、安斎さん! 起きてくれ」


 人気のないビルの裏手に来た悠真は、安斎を壁際に寝かせていた。さっきの騒動で完全に気を失っている。

 悠真は触手の先を手の平に変え、安斎のほほを軽く叩く。


「起きてくれ~頼むから……」


 願いが通じたのか、安斎は「う……うん?」とつぶやきながら目を覚ました。

 またこの姿を見てビックリするかもしれないが、時間が経たないと元の人間に戻れないし、これ以外の姿にも変身できない。

 ゴリ押しで説得するしかない。

 覚悟を決めた悠真はキリっとした顔で安斎を見つめる。ハッキリと意識を取り戻した安斎と目が合った。

 しばし見つめ合った二人。

 さすがにこの姿にも慣れたかな、と思った悠真だったが。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 全然慣れていなかった。

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