第357話 全力の逃走

「え? あなた、悠真くんなの!?」


 安斎はしゃがんだままスライムを見つめ、目をしばたかせる。


「いや~そうなんですよ。体がうまく動かないから、変身して助けに来ました」

「でも、探索者シーカーって魔法は使うけど、変身なんてしないよね? それとも日本ではそれが普通なの?」


 変な誤解を与えているようなので、悠真は「いやいや」と否定する。


「俺はちょっと特殊で……こんな風に変身する探索者シーカーなんて、ほとんどいないと思いますよ」

「そうなんだ」


 安斎は目をこらし、マジマジと悠真を見つめる。やはり信じられないのだろう。


「あと一分ほどで人間の姿に戻りますから、ちょっと待ってて下さい」


 辺りは敵だらけなので移動しながら金属化が解けるのを待つ。約一分経った頃、スライムの表面が波打ち、液体金属がモコリと溢れ出す。

 縦に伸びた金属は人の形となり、悠真は元の姿へと戻った。


「うわ~本当に悠真くんだ! あんな魔物になれるなんて……すごいんだね。探索者シーカーの中でも優秀な方なんじゃない?」

「いや、まあ、どうでしょうか。それより、とっととここから逃げましょう。追っ手も来そうですから」


 悠真と安斎は二人でビルの合間を抜け、なんとか街から脱出しようとする。だが、街に乗り捨てられている車はなく、大通りには探索者シーカーたちが大勢いる。

 安斎を逃がすためには、街の入口に止めた車に行くしかなさそうだ。


「安斎さん、こっちです」


 悠真は安斎の手を取り、路地からビルの裏手に回る。まだ体が本調子ではないため、速く走ることができない。


「大丈夫? 怪我が酷いんでしょ?」

「まあ、大丈夫ですよ。前よりだいぶ良くなりましたから。もう少ししたら普通に走れるようになると思いますけど……」


 実際【自己再生能力】と、定期的にかけている回復魔法のおかげで、徐々に怪我は治ってきてる。

 あと数日で完全に回復するだろう。それでも、今の段階では体を自由に動かすことはできない。この状態で逃げ切れるだろうか?

 悠真が不安に感じている時、遠くから声が聞こえてきた。

 追ってきた探索者シーカーだ。


「くそっ! 見つかった」


 悠真は安斎と一緒に走るが、この速度ではすぐに追いつかれてしまう。


「仕方ない!」


 悠真はもう一度『金属化』を発動し、金属スライムの姿になる。二本の触手を伸ばし、安斎を抱き上げる。


「わっ!?」

「ごめん、安斎さん! ちょっと我慢して。このまま逃げ切るから!!」


 高速で飛び跳ね、敵が撃ってくる銃弾をかわす。自分に当たってもいいが、安斎に当たったら大変だ。

 悠真はさらに頭から触手を伸ばし、その触手を遙か先にあるビルの壁に突き刺す。

 触手を縮めれば体が引っ張られ、あっという間に移動できる。走って追ってくる探索者シーカーを置き去りにし、悠真は全力で逃げる。


 ――なんとか、振り払えそうだ。


 悠真がそう考えていると、道の先から二台のジープが猛スピードで走ってきた。

 乗っているのは探索者シーカーたちだ。


「マズい!」


 安斎を抱えたままピョンピョンと飛び跳ねるも、このままでは絶対に追いつかれる。

 悠真は触手をビルの高層階まで一気に伸ばし、壁に突き刺した。触手を縮めると、金属スライムの体は宙に浮き、空を進んで高層階の壁に着地する。

 そこからもう一度触手を矢のように放ち、別のビルに突き刺す。

 またしても触手を縮めて空を移動する。


「どうだ! これなら追ってこれないだろ!!」


 車に乗った探索者シーカーたちは、上を見上げながら悔しそうに睨んでいる。悠真はビルに次々と触手を突き刺し、ビルの合間を空中移動していく。

 もの凄い速さで空を飛んでいくため、安斎は悲鳴を上げ続けた。

 ビルがなくなる街の端で地上に下り、ゆっくりと安斎を下ろす。

 

「う、うう……吐きそう……」

「大丈夫ですか?」


 安斎はフラフラになり、倒れそうになっていたので悠真が触手で支える。すると悠真の体に異変が起きた。

 金属スライムの形が崩れ、液体金属が盛り上がっていく。

 黒い金属が引き、悠真は人の姿に戻った。


「あ~『金属化』の時間が切れたのか……けっこう逃げ回ってたからな」


 悠真は手を握ったり開いたりして体の感覚を確かめる。その様子を見ていた安斎は不安気に声を漏らした。


「もう、魔物に変身できないの?」

「え? ええ、でもここまで来れば大丈夫ですよ。探索者シーカーたちは完全にいたと思いますから」


 悠真たちが街の入口に向かおうとした時、後方でかすかな音が鳴る。悠真が振り返ると、公道から数台の車が道を曲がって来た。


「あ、やばい! 走りましょう、安斎さん!」

「う、うん」


 安斎と供に走り出すものの、やはり速く走ることができない。なんとか乗ってきた車まで行きたかったが、とても間に合いそうになかった。


「くそっ!」


 五台の車が悠真たちを囲み、急停止する。悠真は安斎をかばいながら周囲を睨んだ。

 車からは軍服のようなものを着た男女が降りてくる。ライフルを持つ者もいれば、剣や槍を持つ者もいる。

 全員が探索者シーカーだろう。

 さらに後方から数台の車と、走ってやって来た探索者シーカーたちが合流する。

 全部で三十人はいるだろうか。車から降りた中年の男が話しかけてくる。


「おいおい、なんで逃げたんだ、お二人さん。うちは脱走には厳しいんだぜ。知らないのか?」


 悠真はなんと言っているか分からず、安斎に「なんて言ってるんですか?」と尋ねる。


「この人たち、なんで逃げたのかって怒ってるみたい……どうしよう、悠真くん」


 悠真は考えを巡らせる。もう『金属化』はできない。体もうまく動かないため、これ以上逃げるのは絶望的だ。

 自分の右手に目を落とす。握ったり、開いたりして感触を確かめた。


 ――たとえ体が動かなくても、使


 悠真は改めて探索者シーカーたちを見回した。先頭にいる中年の男は、少し苛立った様子で悠真を指さす。


「なに黙ってるんだ? 場合によっては殺すことも許されてるんだぞ、こちらの指示に従え。そしてお前!」


 今度は安斎を指さす。


「さっき魔物といたな。あれはなんだ? どこに行った!?」


 探索者シーカーがなにを言っているか分からないが、切羽詰まった雰囲気は伝わってくる。もう戦いはけられない。


「……うまくいくか分からないけど……魔法を使うしかないか」


 悠真は右手を胸の前でかざし、意識を集中した。

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