第358話 最強のウィザード

「おい、二人を車に乗せろ」


 中年の男が、後ろにいる探索者シーカーたちに指示を出す。

 二人の男が悠真たちに歩み寄ってきた。しかし、その足がピタリと止まる。悠真の右手に、莫大な魔力が集まっていたからだ。


「な、なんだ? こいつ……」


 中年の男が目を見開き、ライフルを構える。その瞬間、途轍もない爆風が探索者シーカーたちを襲った。それは荒れ狂う嵐そのもの。

 全員が咄嗟とっさに魔法障壁を張るものの、暴風に耐えることができない。

 すべなく吹き飛ばされ、大型のジープですら転がっていった。中年の男は後方に飛び退き、身を屈めて大声を出す。


「こいつは探索者シーカーだ! 外国からの回し者かもしれんぞ! 囲んで必ず殺せ、絶対に逃がすな!!」


 男の号令に、他の探索者シーカーたちが反応する。

 荒れ狂う風を掻い潜り、何人もの探索者シーカーが悠真の周りを囲んでいく。その中から二人が飛び出し、悠真に斬りかかった。

 一人は男、もう一人は女の探索者シーカーだ。剣に炎を灯し、風を切り裂いていく。

 火魔法の使い手に風魔法で対抗するのは悪手だろう。悠真は左手を男女の探索者シーカーに向けた。

 放たれたのは凍えるようなブリザード。

 冷気が相手の炎を掻き消し、そのまま吹き飛ばしてしまう。


「お、おい! あいつ、水魔法を使ったぞ!」

「風魔法の使い手じゃなかったのか!?」


 周りにいた探索者シーカーたちがザワつき出す。複数の魔法を使う探索者シーカーが、極めて珍しいからだろう。

 探索者シーカーたちは警戒し、悠真に近づくのをやめた。


「距離を取れ! ライフルで攻撃しろ!!」


 ライフル型の魔法付与武装を持っていた探索者シーカーたちは、銃口を悠真に向け、トリガーを引く。

 悠真はすぐさま魔法を切り替え、"炎の障壁"を展開した。

 弾丸は雷属性のものと火属性があるはずだ。だとしたら"風"と"水"の障壁では防ぎ切ることはできない。

 悠真の機転により、全ての弾丸を焼き尽くした。


 ◇◇◇


 中年の男は、信じられないとばかりに目を見開く。


「炎の障壁だと!? 火魔法も使えるってのか?」


 探索者シーカーの常識で言えば、三種類の魔法を使うなど有り得ない。効率が極めて悪く、それぞれの魔法が弱くなってしまうからだ。

 だが、目の前の男が使う魔法はどれも強力。

 何十人もの探索者シーカーが容易に近づけず、攻撃も通らない。中年の男はチッと舌打ちし、辺りを見回す。

 他の探索者シーカーたちは明らかに動揺していた。


「くそっ! ふざけやがって」


 男は足に"雷の魔力"を込め、一気に駆け出す。

 確かに複数の魔法を使う探索者シーカーのようだが、魔力は無限ではない。障壁もずっと維持はできないはずだ。

 そう考えて突っ込む男の思惑どおり、相手は魔法障壁を解除した。

 男は腰から短剣を抜き、走り抜けると同時に斬りつける。


 ――どうだ! 手応えはあったぞ。


 中年の男が振り返ると、相手は左腕から血を流していた。かなり深い傷だ。

 男はニヤリと笑い、仲間の探索者シーカーたちに視線を向ける。


「見ろ! 隙を突けば攻撃は通る。全員で一斉にかかるんだ!!」


 仲間は「お、おお」「確かにな!」と冷静さを取り戻した。中年の男はホッと胸を撫で下ろす。

 相手が予想外の魔法を使ったため動揺したが、こちらは多勢。

 普通に戦えば負けるはずがない。男はそう思い、相手の男を見る。その時、違和感が胸を突いた。

 若い男は深手を負ったにも関わらず、慌てることなく右手で左腕を押さえた。

 次の瞬間、中年の男は信じられない光景を見る。


「なっ!?」


 若い男の腕が光に包まれたのだ。柔らかく、温かな光。中年の男はこの光には見覚えがあった。


「バカな! あれは回復魔法!! そんなことできるはずがない」


 柔らかな光が収まると、若い男は左腕を上げ、動くかどうかを確かめている。

 問題ないことが分かると、男はこちらに視線を向けた。中年の男は思わず一歩二歩とあとずさる。

 あれほど深い傷を一瞬で治すなど、それこそ上位の救世主メサイアにしかできない。


「攻撃魔法を使う救世主メサイア……」


 男はゾッとし、踏鞴たたらを踏んで尻もちをつく。複数の攻撃魔法を使う救世主メサイアは、理論上でしか語られない存在。

 実際にいる訳がない。それなのに――と男は歯噛みする。

 その時、道路の向こうから大型の魔物が歩いて来るのが見えた。サソリのような姿をし、黒い甲殻を持つ魔物。

 体はトラックよりも大きく、コンクリートを脚で割りながら近づいてくる。

 先導するのは魔法付与武装【支配の杖】を持った探索者シーカー

 助かった。男は安堵の息を吐く。まともに戦って、に勝てる探索者シーカーはいない。男はゆっくりと立ち上がり、相手を睨みつける。


「終わりだ! どこぞの国から俺たちを調べに来たんだろうが、情報不足だったな。この魔物は『黒のダンジョン』から連れてきた【深層の魔物】だ。ほとんどの魔法は効かんぞ! さあ、どうする!?」


 先の尖った脚を地面に突き刺しながら、黒いサソリのような魔物はのっそのっそと相手に近づいていく。

 異形の魔物が眼前にいても、若い男が慌てる様子はない。


「ふんっ! 強がっても無駄だ。やれ! その男は殺してもかまわん!!」


 中年の男の声を聞き、杖を持った探索者シーカーが前に出た。先端に魔宝石が付いた杖をかかげると、サソリのような魔物が反応する。

 鋭く尖った前脚を振り上げ、若い男に襲いかかった。


 ◇◇◇


「でかい魔物だな……倒すのがめんどくさそうだけど」


 悠真が呑気なことを言っていると、大サソリは前脚を振り下ろしてきた。


「おっと!」


 悠真はすんでのところでかわし、一歩後ろに下がる。目の前にあるのは、地面に突き立てられた魔物の脚。

 恐らく、こいつは『黒のダンジョン』にいる魔物だろう。

 風や水の魔法は効きにくいかもしれない。そう考えた悠真はおもむろに歩み出て、魔物の脚に触れた。

 手に【火の魔力】を集めていく。

 魔物の脚はじわりと発熱し、赤い光を帯びる。


 ――俺にはルイやアルベルトさんのように、火魔法を自在にコントロールできるような器用さはない。だけど――


 悠真が触れている魔物の脚が、赤く煌々こうこうと輝き出す。魔物は恐怖を感じたのか、後ろに下がろうとした。

 だが熱を帯びた脚は動かず、さらに輝きを増してボロボロと崩れていく。


「火力だけなら……誰にも負けない!!」


 魔物は炎に包まれ、足元のコンクリートはマグマのように溶け出す。炎は巨大な火柱となり、全てのものを焼き尽くした。

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