第359話 再会

 周りを囲んでいた探索者シーカーたちは、目の前の光景が信じられず、絶句したまま立ち尽くす。

 黒のダンジョンから連れてきた【深層の魔物】が、いとも容易く倒されたのだ。

 道路には大穴が空き、コンクリートがドロドロと溶け落ちている。

 ありえない状況に、不安と焦燥が一気に広がった。


「ヤ、ヤバいぞ、こいつ!」

「逃げろ! 逃げろおおおお!!」


 探索者シーカーたちが、我先にと逃げ出して行く。中年の男はマズいと思い、なんとか引き留めようとするものの、もはや手遅れだった。


「くっ……くそったれが!」


 男は歯噛みして正面を見る。魔物を倒した若い男は、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。


「こんなヤツ……どうすれば!?」


 中年の探索者シーカーはあとずさりながら思考を巡らせる。逃げ出さずに残っている仲間は数人程度。この戦力で勝てる訳がない。

 一旦逃げて仲間を連れてくるべきか?

 そんなことを考えていた時、空から声が聞こえてきた。


「なんや、こんなところにおったんか。ずいぶん探したで、まったく」


 空を見上げれば、そこにはなにかに乗った人間がいた。中年の男は口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。


「おお、明人! 良かった。生きてたんだな」


 若い男が嬉しそうに答える。こいつらは仲間なのか!? 空に浮かんでいた人間は徐々に高度を下げてくる。


「当たり前や、ボケ! ワイがそんな簡単にくたばる訳ないやろ! それより悠真、  お前、今までどこにおったんや!?」

「悪い、悪い。色々あって彷徨さまよってたんだ」


 空から地面に降り立ったのは、大きな槍を持った男だ。探索者シーカーだろうか?

 中年の男は、チラリと周りを見る。残った仲間たちは武器を構えたまま、いつでも戦える状態だ。

 ヤツらが油断しているうちに隙を突ければ……。

 仲間たちに目で合図を送り、呼吸を合わせる。若い男と巨大な槍を持った男は、話をしたままこちらに注意を向けていない。今しかない――


「行くぞ! 一斉にかかれ!!」


 探索者シーカーたちが駆け出した瞬間、槍を持った男がこちらを向く。


「なんや、やかましい奴らやな」


 男が槍を上にかかげると、上空に稲光が走り、。黒雷は仲間たちに直撃し、次々と倒れていった。

 魔法障壁が簡単に打ち破られている。


 ――なんなんだ!? こいつは?


 中年の男にも黒雷が降ってきた。なんとかかわすが、短剣を持った右手にかすってしまう。


「ぎゃああああああああああああああああ!!」


 右腕が吹き飛び、傷口が燃えている。男は慌てて火を消し、「うぐぅ……」と唸り声を上げて膝をつく。

 中年の男は顔を歪めながら、二人の男を睨む。両方、異常な強さの探索者シーカー

 恐らくアメリカから来た人間だろう。生き残ったオーストラリア政府の関係者が助けを呼んだのか?

 色々考えるも答えなど出ない。

 槍を持った男はつまらなそうに彼方かなたを見やり、口を開く。


「そういや、さっき逃げてく車がおったな。あれもこいつらの仲間か?」

「ああ、そうだ。この街で好き勝手にしてるテロ組織の探索者シーカーらしい。拘束されてる人も大勢いたからな」

「なんや、オーストラリアの悪い噂は聞いてたけど、ホンマなんやな。ほんなら見逃す訳にもいかんなぁ」


 男は槍を高々とかかげる。すると、いくつもの槍の穂先が飛び出し、上空を駆けていく。

 なにが起きたのか分からない男は穂先を見送るしかなかった。


 ◇◇◇


 稲妻を纏った六つの穂先は、探索者シーカーたちが乗った二台の車を追いかける。

 車は時速100キロ以上を出していたが、穂先の速度はそれを遥かに上回り、バチバチとプラズマを放出しながら車に迫った。

 穂先がバックドアやルーフ、リアフェンダーに突き刺さる。

 車は後部部分が一瞬で破壊され、弾けるように横転した。公道を転がってゆく車。中に乗っていた探索者シーカーたちは、なにが起きたのか理解できない。

 車は爆発炎上し、外に投げ出された者以外、全員死んでしまう。

 助かった者も大怪我はまぬがれず、動くことさえままならない。対象を破壊した六つの穂先は自動追尾をやめ、元来た方向へと帰っていく。


「おお、来た来た。戻ってきたで!」


 明人が槍を高くかかげると、六つの穂先は槍とドッキングして元の形へと戻る。


「取りあえず、逃げた奴らは倒しといた。仲間を呼ばれると厄介やからな。あとは、こいつだけか」


 明人が見据える先に、中年の探索者シーカーがうずくまっていた。立ち居振る舞いから、ここに来た連中のリーダーだろう。

 明人は人差し指を中年の男に向ける。

 稲妻がほとばしり、男に直撃した。男は「ひぎゃ!」と声を上げ、そのまま失神する。


「これでしばらくは起きんやろ」


 満足した明人はゲイ・ボルグを肩に乗せ、視線を移す。


「ところで、あのねーちゃんは誰や? まさかオーストラリアに来て早々、女作っとったんちゃうやろな?」

「はあ!?」


 悠真が振り返ると、安斎が心配そうにこちらを見ていた。とんでもないこと言いやがる、と思った悠真は、明人を睨みつける。


「なに言ってんだ! 途方に暮れてるところをあの人が助けてくれたんだよ。そっちこそ、今までどこにいたんだ?」

「どこにって……。ワイらは沈没しそうになった潜水艦に乗って、なんとか海岸まで辿り着いたんや。数人は死んでもうたが、ほとんどの人間は無事やで」

 

 明人の話に、悠真は思わず声を上げる。


「ちょ、ちょっと待て! 潜水艦が沈没しそうになった? なにがあったんだ!?」

「ああん?」


 明人は眉間にしわを寄せたまま、しかめっ面になる。


「なに言うとんねん! 魔物に襲われて大破しそうになった潜水艦を、悠真! お前が『液体金属』の力を使って守ったんやろ。忘れたんか!?」

「俺が? 俺が潜水艦を守った!?」


 悠真も明人も、見つめ合ったまま固まってしまう。ややあって明人はガシガシと頭を掻き出した。


「なんや、記憶が飛んどるやないか。まったく敵わんで……」

「悪い、ホントに記憶がないんだ。一体なにが起きたのか、どうしてオーストラリアの海岸で目を覚ましたのかも」


 戸惑う悠真を他所よそに、明人は再び安斎に視線を向ける。


「取りあえず、その話はまたあとでするとして……あそこにいるねーちゃんはどうする気なんや」

「あ、ああ……」


 悠真も安斎に目を向ける。不安そうな眼差しのまま、立ち尽くしていた。探索者シーカーの戦いに巻き込んでしまったのだ。恐怖を覚えるのは当然だろう。

 悠真は安斎の元へと歩み寄る。


「安斎さん、あいつは俺の仲間なんだ。ここから先はあいつと行くよ」

「でも……」

「安斎さんはブリスベンに戻ってほしい。ここにいたら危険だからね」


 安斎は戸惑った表情のままだったが、最後には納得したように頷く。


「……分かったわ。悠真くんが無事に目的地に辿り着いたことを、私は戻ってルナやウィルソンさんに伝えるから」

「お願いします」


 安斎は街の入口に停めた車に乗り込み、エンジンをかけた。


「じゃあね、悠真くん。無理しないでね」

「はい、安斎さんも気をつけて」


 徐々に遠ざかっていく車を、悠真はしばらく見つめていた。


「ほんなら行こうか、悠真。『黒のダンジョン』ではルイも待っとる」

「ああ、分かった」


 悠真はゲイ・ボルグの後ろに乗せてもらう。二人を乗せた巨大な槍はぶありと浮き上がり、南の空に向かって飛び立った。

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