第218話 本物の実力者

 ルイは呼吸を整えた。刀を正眼に構え、切っ先を見つめる。

 周りにいるインドの探索者シーカーたちは、懐疑的な視線を向けてくる。庭の端にいるダーシャもカイラも、自分たちの力を信じていないようだ。

 ここに集まったのは世界最大、14億人の中から選ばれた生え抜きの探索者シーカーたち。インドはダンジョンも多いため、一人一人がかなりの実力者と考えるべきだろう。

 そんな人たちを納得させるというのなら、半端なものではダメだ。

 ルイはそう考え、覚悟を決めて刀を振り上げる。

 全魔力を刀に集め、魔力を練り込む。上段に構えた刀身からは、メラメラと炎が噴き上がった。


「はあっ!!」


 斬り下ろした"灼熱刀・零式"は地面にぶつかってぜる。大地は溶解し、間欠泉のように土砂と炎が巻き上がった。

 煙が晴れると大きくえぐれた地面が無残な姿を晒す。

 周りにいた探索者シーカーたちは絶句し、あんぐりと口を開けた。目の前で起こったのは間違いなく爆発魔法。

 "炎帝・アルベルト"しか使えない魔法だということは、誰もが知っていた。

 それを日本から来た若い探索者シーカーが使ったことに、ダーシャやカイラも信じられず、目を疑う。


「はっはっは、次はワイやな。どけどけ、ルイ」

「うん」


 ルイは刀を鞘に納め、明人とハイタッチして交代した。大きな穴の前に立った明人は、フフンと鼻を鳴らす。

 周りにいる探索者シーカーたちの、どよめきと興奮はまだ収まらない。

 明人は肩に乗せていたゲイ・ボルグを右手一本で高々と天にかかげる。パチパチと稲妻がほとばしり、周囲の空気がピリつき始めた。

 空に漂う雲が渦巻き始め、ゴロゴロと低い音が鳴る。


「轟け! 【黒雷華】!!」


 何十本もの"黒い落雷"が降り注ぐ。中庭の地面が爆発したように吹っ飛び、えぐれていく。

 近くに雷が落ちたインドの探索者シーカーから悲鳴が上がる。

 ダーシャとカイラですら稲妻を恐れて後ろに下がった。明人の魔法が収まり、辺りに残ったのは滅茶苦茶になった地面だけ。

 今、目の前で起こったことに探索者シーカーたちは呆然とする。


「はっはっはーーー、どや! ワイの魔法は、なかなかの威力やろ」


 明人は自慢げに雷槍を肩に乗せ、ドヤ顔で周囲を見渡す。最初はあなどるように薄ら笑いを浮かべていた者たちも、今は全員真顔になっていた。

 気分よく引き上げる明人の元へ、ダーシャとカイラがやってくる。


「君たち! 凄いな、まさかここまでの魔法を使うとは。あれは炎と雷の【第二階層魔法】か?」


 ダーシャが顔を綻ばせ、明人に尋ねる。


「ああ、そうや。ワイとルイは【第二階層魔法】まで使える。二人ともエンシェントドラゴンを倒した経験があるで」

「エンシェント・ドラゴン!?」


 カイラが前のめりになって目を見開く。赤のダンジョンにいるエンシェント・ドラゴンの強さは探索者シーカーであれば誰もが知っている。

 竜種においては【黄金竜】に次ぐ強さと言われ、並の探索者シーカーでは相手にならない。

 そんな魔物を倒したのなら、二人の実力に疑いを挟む余地はない。


「信じられない……君たちのような探索者シーカーが援軍として来てくれるなんて」


 カイラは興奮した表情でルイと明人を見た。そしてハッとして手を口に当てる。


「まさか、日本が【赤の王】を撃退したという噂は本当なのか? 有り得ないと思って一顧だにしなかったが……」

「ああ、ホンマやで。あんなヤツ、ボコボコにしたったわ。(悠真が)」


 集まり出したインドの探索者シーカーたちからも「おお~」と歓声が上がる。


「君らのように強い人と戦えるのは光栄だ」

「是非、次の遠征に同行してくれ!」

「我々のグループに入ってくれないか?」

「ちょっと待て! 俺たちのグループは戦力が足りてないんだから、入るならこっちが先だろう!」


 インドの探索者シーカー同士で言い争いが始まる。それを見ていたダーシャはコホンと咳をし、周囲を黙らせる。


「彼らをどうするかはこちらで決める。それにまだ実力を見ていない。なにができるか、きちんと見極めてから議論すべきだ」


 ダーシャがチラリと悠真を見る。悠真は「俺の番か」と緊張しつつも、ピッケルを握りしめ、前に出る。

 ルイが心配して、「悠真、大丈夫?」と声をかけてきたので「あ、ああ、大丈夫」と見栄を切った。

 悠真は両手にぺっぺと唾を吐き、ピッケルを握り直す。

 生身で火魔法をうまく使ったことはない。だけどインドネシアで何回も使ったんだから、前よりは上達したはずだ。

 悠真は雷撃で空いた穴を避け、庭の中央まで歩く。

 大穴の前で立ち止まると、フゥーと息を吐いた。


「俺だけ魔法が使えなかったら……格好つかないよな」


 悠真はピッケルをかかげ、意識を集中する。

 白のダンジョンで使ったような"爆発魔法"が使えれば充分だ。小さな爆発でも実力は証明できるだろう。

 "火の魔力"を手からピッケルへと流す。

 全身が熱くなり、血が沸騰するようだ。腕に力を入れ、息を止める。


「おおおおおお!!」


 一気に腹の空気を吐き出し、ピッケルの平らな面を地面に叩きつけた。

 周りにいる探索者シーカーたちは息を飲み、ダーシャやカイラも真剣な眼差しを悠真に向ける。

 ルイと明人は不安そうな表情をした。辺りを沈黙が支配する。

 なにも起こらない。不発か? と悠真が思った瞬間、ピッケルが炎に包まれる。

 ヘッドの部分だけでなく、柄の部分も含め、全てが燃えていた。


「あちちちちちちちち!?」


 悠真は慌ててピッケルを離し、黒焦げになった両手をフーフーと息を吐いて冷まそうとする。

 見ていた全員が、一気にシラケた顔になる。


「なんだ、あいつはただの荷物もちか」


 カイラががっかりしたように言う。


「まあ、いいじゃないか。三人中二人が規格外の実力を持ってるんだ。戦力としては充分だよ」


 ダーシャが微笑んで答えた。集まったインドの探索者シーカーは解散となり、それぞれ戻っていくが、何人かはルイと明人の元に集まってくる。


「すげーよ、あんたたち。これからよろしくな!」

「その魔法は日本で覚えたのか? もっと強い探索者シーカーは日本にいるのか?」

「私たちのグループに入ってくれない? いいヤツばっかりなんだ。きっと気に入ると思うよ」


 などなど、色々な人たちにモテモテになっている。悠真だけがポツンと中庭に残された。口を開けて立っていると、カイラが一人でこちらに来る。

 なんだろう? と思っていると「ほら」と言って鍵を差し出してきた。


「なんだ? これ」

「貴重品などを入れる倉庫の鍵だ。彼らの荷物と武器を運んでおけ」

「え!? 俺が?」


 さも当然のように言うカイラに、悠真は眉間にしわを寄せる。


「当たり前だ。ここでは役に立たん人間はいらん。残りたければしっかり働け」


 カイラは鍵を放り投げる。「わわ」と慌てながらも、なんとかキャッチした。カイラはこちらを一瞥し、


「ちゃんと運んでおけよ。うんこ野郎」

「え?」


 今なんて言った? うんこ野郎? 魔法がうまく使えなかっただけでそんなこと言われるのか?

 悠真は「いやいや、そんな訳ない」と首を振る。


「翻訳機、壊れたのかな?」


 耳から機械を取り外し、最新機器に疑いの目を向けた。

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