第219話 ダンジョン近くの町

 インドの探索者シーカーたちの前で魔法を披露した翌日、悠真たち三人は再び裁判所に来ていた。


「おい! どういうことだよ? お前ら二人だけホテルの個室に泊まってた!?」


 裁判所の入口で悠真が怒鳴っていた。ルイはポリポリと頬を掻き、明人は「ふわぁ~」と大きな欠伸あくびをする。


「ごめん、悠真。インドの職員が、悠真を違う宿泊施設に連れて行ったって聞いてたから、別のホテルに泊まってるとばっかり思ってて……」

「俺は倉庫みたいな建物に放り込まれてたんだぞ! しかも、むさ苦しいおっさんたちと一緒に!! その間にお前らだけ高そうなホテルにいたなんて」


 むぐぐぐと唸る悠真に対し、明人は「ええやないか」と返す。


「連中はお前の力に気づいとらんけど、それはそれで好都合や。また余計なトラブルに巻き込まれんで済むからな」

「でも、そのせいで俺の扱いが雑になってんだぞ!」

「我慢、我慢。ちーとばかし我慢せえ悠真。目的さえ果たせば、インドとは早々におさらばや。なにしに来たか忘れんなや」

「まあ……それはそうだけど」


 悠真は不満を抱きつつも溜飲を下げる。確かに、なるべく早く楓を助けるために来てるんだ。

 これぐらいの我慢は仕方ないか……と思ったが。


「いや~君たち、昨日は凄かったな」

「こっちに来いよ。今から会議があるからさ」

「あなたたち日本から来たんでしょ? 色々話を聞かせて」


 裁判所の廊下を歩いていたルイと明人だけインドの探索者シーカーたちに囲まれ、笑顔で話しかけられている。

 誰も悠真の方を見ようとしない。

 まんざらでもなさそうな顔をしているルイと明人に、やっぱり腹が立ってきた。


「ここの連中、魔法が使えないヤツに厳し過ぎないか?」


 ぶつぶつ文句を言う悠真に、明人は「まあまあ」と言って肩に手を回してくる。


「しゃーないやないか。それだけ魔物との戦いで地獄を見とるんや。強い援軍に喜ぶのは当然やろ」

「う~ん、でもな……」


 いまいち納得できないまま、悠真たち三人は裁判所の大会議室に入る。

 すでに多くの探索者シーカーが集まっており、席に腰を下ろしていた。前方の壇上にはダーシャとカイラの姿も見える。

 悠真たちは会議室の一番後ろの席に座った。

 しばらくしてダーシャが立ち上がり、演台の前に立ってマイクを取る。


「それでは定例の会議を始める」


 全員の視線がダーシャに集まった。演台の側の席にはカイラしか座っていない。

 やはりこの二人が百人以上の探索者シーカーを束ねるリーダーなのだろう。他の指導者もいるかと思ったが、どうやら二人だけのようだ。

 ダーシャはコホンと咳払いしてから話しを始めた。


「ここにいる者たちは知っていると思うが、インドの各行政府が魔物の襲撃を受け、その機能を弱めている。加えてインド各地で奮闘する探索者シーカーたちも、徐々にその数を減らし、なによりインドの人々が死んでいる」


 会議室は静まり返る。インドの過酷な状況は、全員が理解していた。


「つまる所、我々には時間がない。時間が経てば経つほど、魔物は力を増し、私たちは戦力を弱めていく。これ以上は待てない。そこでねてより計画していた『ドヴァーラパーラ』の攻略に着手する!」


 会場から「おお~」と歓声が上がった。『ドヴァーラパーラ』は世界最大の緑のダンジョン。その攻略は、悠真たちの目的の一つだった。


「ドヴァーラパーラからは、毎日大量の魔物が出てきている。その魔物たちが緑の王の手足となって街々を襲っている。この供給を止めない限り、いくら魔物を倒しても無意味。当然【緑の王】の討伐も不可能だ。まずはこのダンジョンを攻略し、そのあと、魔物の王を倒す!」


 ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。悠真が辺りを見回すと、インドの探索者シーカーたちは誰もが強張った表情になる。

 現実的に達成できるミッションとは思えない。

 それはここにいる全員が分かっているのだろう。ピリついた空気を打ち破るように、ダーシャは話を続ける。


「一週間後にはダンジョンに入る。まずは前線基地となる『サッダーサンプール』に行き、そこで各地から集まってくる探索者集団クランを待つ」


 周囲からは「いよいよか」や「腕が鳴る」など、恐怖を振り払うように探索者シーカーたちが声を上げる。

 ザワザワとした喧騒けんそうが収まるのを待ち、ダーシャは口を開いた。


「無論、厳しい戦いになるのは間違いないが、明るい話題もある。みんなも知っていると思うが、遥々はるばる日本から駆けつけてくれた戦士たちがいる。改めて紹介しよう。天沢ルイと天王寺明人だ」


 万雷の拍手が起こり、多くの探索者シーカーたちが笑顔を向けてきた。

 ルイと明人は戸惑いながら、立ち上がって歓声に応える。ルイは照れ臭そうにハニカミ、明人は頬を緩めボリボリと頭を掻く。

 隣に座る悠真だけは、渋い顔になっていた。

 会議はつつがなく終わり、裁判所にいた探索者シーカーたちは拠点を移動する準備を始める。悠真たちも荷物を持ち、ダーシャが用意したワゴン車に乗り込む。


「慌ただしいで~もうちょっとホテルに居たかったけどな~」


 後部座席に座った明人がボヤく。


「いやいや、あんな不公平はもういい! さっさとダンジョンを攻略して【緑の王】も倒して日本に帰るぞ!」


 明人の隣に座った悠真は、腕を組んで憮然とする。

 ルイと明人は顔を見交わし、フフと笑ってシートベルトを閉めた。悠真たちを乗せた車は、ダンジョン近くの町『サッダーサンプール』へと向かった。


 ◇◇◇


「ここが前線基地になるのか」


 目的地に到着した頃には、すでに日は傾き始めていた。

 悠真たち三人は車を降り、インドの探索者シーカーに案内されて、『サッダーサンプール』の町を歩く。

 そこはインドの国有林の中にある場所で、町というより集落に近い。わずかに残った家や建物は無残に破壊されていた。

 恐らく魔物の襲撃を受けたのだろう。

 そのサッダーサンプールの一角に、大きなテントがいくつも設置されている。数百人は入れそうだ。


「あちらにどうぞ」


 インドの探索者シーカーに促され、悠真たちは一際大きなテントに入る。


「ああ、よく来てくれた」


 中にはバトルスーツを着こんだままの、ダーシャとカイラがいた。

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