第220話 急報

 広いテントの中にはウッドテーブルと質素な椅子が置かれていた。荷物や武器のたぐいも最小限のものしかないようだ。


「まあ、座ってくれ」


 三人はテーブルの椅子につき、物珍しそうに辺りを見回す。

 ダーシャは「すまないが、茶の一つも出せない。ここに余計な物は持ってきてないんでね」と軽く笑う。

 ルイは「いえ、お構いなく」と言ったあと、


「こんな簡易なテントで大丈夫なんですか? 魔物の襲撃を受けたらひとたまりもないんじゃ……」


 ダーシャは「フフ」と微笑む。


「その通りだよ。魔物の襲撃など日常茶飯事にちじょうさはんじ。しかも、世界最大の緑のダンジョンは、ここから数十キロ先の山間にある。いつ魔物が襲って来てもおかしくない」

「つまり、襲われてもいいように、あえて簡易なテントを使っていると?」


 ルイの質問に、ダーシャは静かに首肯する。


「魔物のスタンピードがあれば逃げるしかない。テントなら移動するのも簡単だし、壊されても費用は安いからね」


 対面の席にダーシャが座り、カイラは立ったまま後ろに控えた。

 こちらを見る目が怖いような気もするが……気のせいだろうか? カイラのキツイ眼光を避け、悠真はダーシャに視線を向ける。


「さて、ここに来てもらったのは他でもない。今後の予定を話しておこうと思ってね。先ほども言ったが、ここから西に行った場所に、世界最大の緑のダンジョン『ドヴァーラパーラ』がある」

「はい」


 ルイが頷いて背筋を伸ばす。


「君たちの実力は、恐らくここにいる探索者シーカーの中でも最強クラスだろう。そこでダンジョンに潜る際には、最前線に立ってもらいたい。かまわないだろうか?」


 ダーシャは探るような口調で言う。さすがに部外者を最前線に送るのは気が引けるのかもしれない。


「なんやかまへんで。元々そのつもりやったしな」


 相変わらず明人は軽い調子で答えた。

 ――まあ、俺も含めてこの二人だったら【深層の魔物】でも倒せるだろうし……特に問題はないか。


「心強いな。よろしく頼むよ、ああ、それと――君」


 ダーシャに指をさされ、悠真は「え、俺?」と驚いた表情をする。


「そう君だ。ええと、名前は……」

「三鷹悠真です」

「ああ、三鷹くんか。君に関してはダンジョンに行くことは推奨しない。『ドヴァーラパーラ』は本当に危険な場所なんだ。我々は命の補償ができないからね、安全な所にいてほしい」

「え? いや、でも……」


 悠真が困惑して隣を見ると、ルイは眉尻を下げ、明人は「ヒヒヒヒ」と楽しそうに笑っていた。

 この状況を面白がっているように見える。自分でなんとかしないと。


「いや、俺も行きますよ。全然、戦えますから」


 悠真が前のめりになって言うと、後ろにいたカイラが「チッ」と舌打ちする。


「これだから素人は……ここは半端な戦場じゃない。何人もの仲間が虫けらのように殺されていくのを見てきた。だからこそ、力無き者には去ってもらっている」


 いらつくように言うカイラに、悠真は及び腰になる。

 隣に座っていたルイに「どうすんだよ、これ?」と小声で聞くと、ルイも困り顔で声をひそめた。


「あとで僕たちが説得するよ。なんとかするから待ってて」

「そうだ! 回復魔法が使えるってアピールすればなんとかなるんじゃないか?」


 悠真が思いついたように言うが、ルイは小さく首を振る。


「回復魔法が使えるって知れたら、間違いなく後方支援に回されるよ。救世主メサイアは最も安全な場所に置くのが鉄則だからね」


 悠真は「ぐぬぬぬ」と歯噛みする。自分ではどうにもならないようだ。

 二人に任せるしかないか、と思っていると、テントの外から大声で叫ぶ人の声が聞こえてきた。それも一人や二人じゃない。

 大勢がなにかを騒いでいる。


「うん? なにかあったのか」


 ダーシャが立ち上がり、カイラも緊張した面持ちになる。天幕の向こうから足音が聞こえ、一人の男性が飛び込んできた。


「た、大変です!!」


 インドの探索者シーカーだ。バトルスーツを着こみ、右手にはやや大きい斧を持っている。


「どうした?」


 ダーシャが眉をひそめて尋ねると、男は青い顔をして答えた。


「ま、魔物の群れです! 北西から大量に来ているようで、すでに周辺を囲まれています!!」

「なに……数は?」

「はっきりとは分かりませんが、数千匹はいるかと……」


 険しい顔をしたダーシャは、すぐにテントを出ていく。カイラや悠真たちもあとに続いた。

 外はすっかり日が落ち、薄暗くなっている。生ぬるい風が頬を撫で、不気味なざわめきだけが聞こえてくる。


「まずいな……ここまで大規模な襲撃は滅多にないんだが、探索者シーカーが集まったことで刺激したのか?」


 ダーシャは少し考え込むも、「まあ、いい」とカイラに指示を出す。


「撤退する。カイラ、全員に逃げるよう伝えてきてくれ」

「分かった」


 カイラと報告しにきた男は共に走り出し、仲間たちに命令を伝えにいく。


「すまない。来て早々大変なことになって」

「いえ、そんな……」


 ルイは遠慮がちに返す。ダーシャは腰に差していた長剣を抜き、水平に構える。

 見事な刃文が浮かぶ、湾曲したインドの剣。これがこの人の【魔法付与武装】かと悠真は見とれてしまう。

 それほど美しい剣だった。


「魔物は我々の退路にも押し寄せているようだ。私はこのまま先頭に立って進路を切り開く。君たちも手伝ってくれるか?」


 ダーシャに問われ、明人は「当然」と答えた。そしてルイも真剣な表情で頷く。


「もちろんです。南東にいる敵を倒せばいいってことですね」

「そうだ。こういう場合に備えてアサガッドという町に避難所を用意している。だが北西の山からも魔物が来ているはずだ。その魔物に追いつかれる前に、撤退を完了しなくてはならない」

「分かりました」


 ルイが力強く答える。もちろん悠真も戦う気満々だったが、三人とも乗ってきた車に武器を置いたままだった。


「武器を取ってくるさかい、ちょっと待っとき」

「すぐに戻ってきます!」


 明人とルイが走り出し、悠真もあとをついていく。走りながら振り返ると、インドの探索者シーカーたちがダーシャの元へ集まっている。

 誰もが深刻な顔をしていた。本当に緊迫した状況なんだ。

 悠真たち三人が乗ってきた車へ戻ると、トランクを開け、中に入っていたバッグを取り出す。

 運んできた【魔法付与武装】だ。


「悠真、ワイとルイはダーシャと一緒に退路を確保して全員を逃がす。お前は後ろからくる魔物を倒してくれ。前後で襲われたら挟み撃ちにされるからな」

「ああ、分かった!」


 悠真が山間に向かって走り出そうとした時、ルイが声をかけてくる。


「悠真、無理はしないでね」

「お前こそ無理すんなよ」


 悠真と二人はそれぞれ別れ、逆方向へと走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る