第317話 氷上の決着

「おいおいおいおい! なんや、今の速さ!!」


 空から槍に乗った人間が近づいて来た。確か三鷹と天沢の仲間、三人目の日本人、天王寺だ。

 シャーロットは空を飛ぶ天王寺に眉を寄せる。彼とは顔を合わせ、話もしているが、魔法を使うところを見るのは初めてだ。

 まさか空を飛んで戦うなんて。

 シャーロットが驚いていると、天王寺はなぜか怒りながら槍から飛び降り、天沢の横に立つ。


「いつから、あんなに速く動けるようになったんや! 聞いてへんで!?」

「言ってなかったっけ? 動きが速くなる"魔鉱石"を飲み込んだんだ。そのおかげで速度は大幅に上がったよ」

「魔鉱石? いや、速くなるどころやないで!」


 やはり、仲間から見ても天沢の動きは異常なのか。あんな速さは魔物でも見たことがない。

 シャーロットが二人を見つめていると、天王寺がなにかに気づき、空を見上げる。


「なんや、まだおったんか! 結構な数を倒したんやけどな」


 シャーロットも釣られて空を見上げれば、そこには三匹の青の飛竜ブルードラゴンがいた。

 金切声を上げながらこちらに向かって来る。

 いくら天沢でも、空を飛ぶ竜の相手は分が悪いだろう。シャーロットは刀を構え、飛竜を迎え撃とうとする。

 だが、動いたのは天沢ではなく、天王寺だった。


鬱陶うっとうしいヤツらやで! 少しは休ませろや!」


 天王寺が大きな槍の穂先を上空に向けると、七つある穂先のうち、六つが飛び出し空を走った。見たことのない攻撃方法。

 シャーロットは驚き、飛んでいく穂先の行方ゆくえを目で追った。

 一つ一つが稲妻を纏い、やがて形を成す。それは"黄金の龍"。まばゆい輝きを放ち、三匹の青の飛竜ブルードラゴンに襲いかかった。

 水竜が"雷竜"に勝てるはずもない。六体の"黄金龍"は三匹の青の飛竜ブルードラゴンに喰らいつき、上空でからみ合う。

 稲妻で体を焼かれた飛竜は、力なく落下し砂へと還った。

 空を泳ぐ稲妻の龍はパチパチと弾けながら消えていく。

 シャーロットはあまりのことに、空を見つめながら言葉を失う。

 上空を見上げていた天王寺は、何事もなかったかのように槍を軽く振り、こちらに振り向いた。

 シャーロットは目を白黒させる。天王寺の槍を見れば、空を飛んでいた穂先がすでに戻っていた。天王寺は槍のつかを肩に乗せ、天沢を睨む。


「まったく! そんなパワーアップしとるんなら先に言わんかい!! ビックリするやないか」

「そう言われても……話す機会もなかったし」


 天沢と天王寺の二人は、特に気にすることなく話を続けた。一人は数百体の魔物を瞬殺し、一人は最強の竜種三匹をいとも容易たやすほうむる。

 途轍もない戦闘力。――どんな地獄を潜り抜ければ、あんな力が手に入るの?

 三鷹だけじゃない。この二人も想像を絶する怪物なんだ。

 シャーロットの背中に、冷たい汗がつたった。


 ◇◇◇



血塗られたブラッディー・鉱石オア!!』


 黒い巨人の体表に、赤く光る血脈が流れた。

 一歩踏み込んだ瞬間、足元の氷が爆散する。目にも止まらぬ速さで駆け抜けた巨人は、クジラに突っ込んだ。

 両腕を巨大化し、クジラの頭を抱えるように掴む。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 潜行しようとしていた【青の王】の体が止まり、逆に巨体が持ち上げられる。その怪力に驚いた【青の王】は、氷の海を解除し、巨人の足場を奪おうとした。

 だが今度は悠真が"水魔法"を使い、足元を氷に変える。

 クジラはすべがなくなり、体を巨人に預けるしかない。


『うらああっ!!』


 悠真は全力で【青の王】を投げ飛ばす。五十メートル以上の高さまで舞い上がったクジラは、そのまま落下してきた。

 悠真は氷の地面を蹴り、巨大化した拳を構える。

 ヤツが氷に接触すると、また潜られてしまうかもしれない。これで決める!

 巨人は残像を残しながら高速で移動し、クジラの落下地点に入る。左の拳を握りしめ、右足を踏み込む。

 目の前に落ちてきた【青の王】に、全力の左ストレートを放った。


『だあっ!!』


 鋭いスパイクの付いた拳が、クジラの頭に深々とめり込む。さらに拳を捻るとクジラの体表が裂け、血が噴き出す。

 クジラはそのまま氷の大地に激突するが、巨人は構わず剛拳を打ち続けた。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 右ストレート、左フック、そして左右のラッシュが【青の王】に炸裂する。

 肉がえぐれ、骨が砕け、血飛沫が舞い散った。再生能力の弱い【青の王】に取っては致命的なダメージ。

 それでも巨人はラッシュをやめない。

 巨大なこぶしで猛撃を続ける。【青の王】は巨大な体を氷の中に沈めようとした。

 また逃げる気なのか!


『させるかよ!!』


 巨人は右足を後ろに引き、豪快にクジラを蹴り上げた。

 轟音と共に【青の王】は宙を舞い、巨体が一回転する。巨人は氷の地面を蹴って、走り出す。

 右手の甲から長剣を伸ばし、落ちてくるクジラの腹に突き刺した。

 その状態で巨人は走り抜ける。クジラの腹はどんどん裂けていき、内臓と血が溢れ出してきた。

 巨人は手を緩めない。足を止め、裂かれた腹に向かって飛び込む。

 【青の王】の体内に入ったのだ。地面に落ちたクジラは悶え苦しみ、氷上を転がっていく。

 巨人はクジラの体内で力を込め、一気に解放する。

 鋼鉄の体から数百、数千の"トゲ"が四方八方に伸び、内部からクジラを貫いた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」


 断末魔の叫び声。巨人はトゲを引っ込め、今度は両手の甲から長剣を伸ばす。


 ――終わりだ! 【青の王】!!


 両剣をさらに伸ばし、体を横に回転させてクジラの体内を移動する。まるでミキサーのように内臓や骨を斬り裂いてく。

 荒れ狂う斬撃に【青の王】は絶叫した。

 もはや移動することも魔法を使うこともできない。ただ自分の体がズタズタにされていくのを感じ取るだけ。

 一分も経たないうちにクジラは絶命し、体は全て砂に変わった。

 残されたのはたたずむ黒い巨人だけ。巨人は両手の剣を元に戻し、空を見上げる。そこには抜けるような青空があった。


『…………終わった……やっと、勝ったんだ……』


 どっと疲れが押し寄せ、悠真は"巨人化"の能力を解く。徐々に小さくなり、人間のサイズに戻った。

 もうしばらくすれば『金属化』の能力も解けるだろう。その前に――

 悠真は氷の大地を歩き、ある場所で立ち止まる。しゃがんでよく見れば、そこに落ちていたのは青く光り輝く宝石だった。

 悠真は宝石を拾い上げ、立ち上がって彼方かなたを見る。

 ここは海の上だ。陸地まで戻らないと。そう思ったが、まだやることがある。

 手を地面に向け、意識を集中する。"水の魔法"を使い、凍った海を元に戻さなきゃいけない。

 足元が氷から水に変わっていく。

 イギリス全土の氷が溶け、水面が下がれば国を再興することはできるはずだ。

 悠真は左手を一瞥いちべつし、キマイラの宝玉を解放した。体が赤く染まり、大きな羽が生えてくる。

 長く伸びた尻尾をなびかせ、氷から水に戻った海を見やる。

 エンシェントドラゴンに変身した悠真は、ルイや明人のいる街を目指し、その場を飛び立った。

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