第318話 イギリス政府の答え

「水が……引いていく」


 レイラは役所の屋上から街を見下ろす。周囲に広がっていた氷原が海に戻り、水嵩みずかさも下がってきている。

 なにが起きているのか分からず、レイラは呆然とした。


「どうして急に……なにがあったの!?」


 震える肩を抱きながらつぶやくレイラに、後ろに控えていたルイが答える。


「たぶん、悠真が【青の王】を倒したんですよ」


 レイラは振り向き、信じられないといった表情でルイを見つめる。黙ったままのレイラに代わり、シャーロットが口を開いた。


「本当に、三鷹が【青の王】を倒したって言うの!?」

「ええ、氷が溶けて水位も下がっているなら、【青の王】の魔法が効力を失ったんだと思います。さっきらか起こっている爆発を考えても、悠真が敵を倒したのは間違いありません」


 シャーロットやレイラ、そして後ろにいた軍人たちも、それが本当がどうか飲み込めずにいた。

 そんな周囲の様子を見て、明人だけがカラカラと笑う。


「まあ、ワイらがその他大勢の魔物を引き受けたったんや。それぐらいしてもらわんと困るで!」


 明人は両手を頭の後ろで組み、笑ったまま南東の空を見上げる。


「ほら、噂をすればなんとやらや。帰ってきたみたいやで」


 ルイを始め、レイラたちも南東の空を見る。そこには小さな点があった。

 徐々に近づいてくると、それがなにか分かってくる。羽を広げた赤い竜だ。バサリバサリと羽ばたきながら、こちらに向かって来た。

 シャーロットやレイラは顔を強張こわばらせるものの、ルイと明人は特に気負うことなく空を眺めている。

 上空まで来たのは間違いなくエンシェントドラゴン。

 だが、その竜は形を変え、レイラたちがいる屋上に降りてきた。人型の黒い魔物、初めて見るレイラはヒッと小さな悲鳴を上げる。


「大丈夫です、首相。あれが日本の探索者シーカー、三鷹悠真です」

「あ、あれが……」


 レイラは目を見開き、驚きの声を漏らす。悠真は構わず、ルイと明人の元へと向かった。


「どやった? 【青の王】は倒せたか?」


 明人の問いに、悠真は「ああ」と答える。


「かなり苦戦したけど、なんとか倒せたよ。水も引いてるから、しばらくすれば、街も元に戻るんじゃないかな」


 その話にシャーロットが反応する。


「本当に!? 本当に【青の王】を倒したの?」


 悠真の前に駆け寄り、詰め寄るように尋ねてきた。あまりの剣幕に、悠真はたじろいで後ろにる。


「あ、ああ……間違いなく倒したよ。ほら、これも持ってきたし」


 悠真は手に持った宝石を、シャーロットの前に出した。それは深みのあるブルーの宝石だ。


「これって、もしかして……」

「【青の王】の魔宝石だよ」


 シャーロットは驚いて目を見開く。隣にいた明人とルイも宝石を覗き込んだ。


「シッシッシ、やったやないか。これで"水魔法"も大幅にパワーアップできるな!」

「ブルーダイヤモンド……いや、もっと綺麗な宝石だね。ダイヤモンドより上の魔宝石なのかな?」


 明人は楽しそうに笑い、ルイは片眉を上げて魔宝石を眺める。

 その様子を、レイラは震える肩を押さえながら見つめていた。あの日本人は【青の王】を倒したと言う。本来は喜ぶべきことだろう。

 だが、レイラにそんな気分になれなかった。

 【青の王】を倒したと言うなら、あの日本人はそれ以上の化物ということ。

 レイラは言いようのない恐怖心を抱き、懸命に思考を巡らせる。

 

 ――


 ◇◇◇


 丸一日かかったが、イギリスを覆い尽くしていた海水は全て引いた。

 国の損害は計り知れず、死者に至っては途轍もない数にのぼると推測される。それでも【青の王】が死に、魔物の数は激減したのだ。

 国家を再建することは充分可能だろう。悠真はそんなことを考えながら、古い建物を見下ろしていた。隣にはルイと明人もいる。


「はてさて、今度は大丈夫やろな。また渋られたら敵わんで」


 明人は片膝を立て、保存食のプロテインバーをかじりながら悪態をつく。それを見てルイは苦笑した。


「確かに……僕たちの目的は"魔宝石"だからね。なんとかハンスさんとシャーロットさんにがんばってもらわないと」


 二人の会話を聞き、悠真は溜息をつく。今いるのはオックスフォード大学にあるラドクリフカメラ。年季を感じさせる円形図書館だ。

 そのルーフバルコニーに悠真たち三人は勝手に上がり込み、中庭を挟んで向こうにあるボドリアン図書館を見つめていた。

 生き残ったイギリスの政治家が集まり、今後のことを話し合っている場所だ。


 ――俺たちに政治は関係ないけど、"魔宝石"だけは受け取らないと……帰るに帰れないからな。


 今、図書館内では政策方針を巡る会議が行われ、ハンスやシャーロットもオブザーバーとして参加している。

 ハンスはこちらの要求を政府に伝えてくれると言っていた。

 きっとなんとかしてくれる。そう信じて、結果が出るのを待っていた。


「あ、シャーロットさんだ」


 ルイの声を聞き、悠真は図書館の入口に目を向ける。シャーロットが姿を現し、その後ろからハンスも出てきた。

 二人でなにかを話している。


「ほんなら行くか」


 明人が立ち上がり、槍を入れたバッグを担ぐ。ルイと悠真も立ち上がってルーフバルコニーから下りることにした。

 飛び降りてもいいが、目立ちすぎるので階段を使う。

 数分で図書館から出ると、綺麗な芝生が目に入る。海に沈んでしまったため、枯れてしまうかもしれないが、今はまだ青々と茂っていた。

 改めて辺りを見れば、まるで中世のお城のような建物が並んでいる。

 浸水によって所々破損している箇所はあるものの、しっかりと原形を留めている。

 そんなおもむきのある大学の中庭に、ハンスとシャーロットがやって来た。悠真たちも歩み寄る。


「どうでした? 俺たちの希望は通りましたか?」


 悠真が尋ねると、ハンスは暗い表情で首を振った。


「すまない……何度もかけあったんだが、首相や閣僚からは否定的な意見が相次いでな……"白の魔宝石"は渡せない、との結論に至ったよ」

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