第319話 魔宝石の配分

「そう……ですか」


 悠真は肩を落とし、項垂うなだれた。白の魔宝石を集めるために来たイギリス。

 しかし、手に入らないのでは意味がない。ここまでの渡航と【青の王】討伐の苦労を考えると、どうしても割に合わないと思ってしまう。


「おいおいおい! どういうこっちゃ!! こっちは大量の魔物と戦って【青の王】まで倒しとんのやで! それに対する答えがこれかいな?」


 明人が眉間にしわを寄せ、憤慨する。


「返す言葉もない」


 ハンスは深い溜息をつき、視線を落とす。そんなハンスに代わってシャーロットが口を開いた。

 

「言い訳にしかならないけど、イギリスを復興させるには莫大な資金がいるの。今、この国にある最大の資産は、間違いなく"白の魔宝石"。それを手放すことに反対する議員が多くて……私たちも強く言えなくなってしまったの」

「それはそっちの都合やろ! イギリス政府はワイらを怒らせたいんか!?」

「いや、そんなことはない」


 ハンスが明人の目を見て答える。


「首相を始め、政治家たちは君たちと敵対することを恐れてる。"白の魔宝石"こそ渡せないと言っているものの、それ以外の魔宝石は譲渡すると確約した。軍と探索者シーカーが保有する魔宝石を、可能な限り集めているところだ」


 悠真たち三人は顔を見合わせる。これ以上ごねても、ハンスやシャーロットを困らせるだけだ。

 悠真はイギリス政府の提案を受け入れ、その条件で手を打つことにした。


 ◇◇◇


 翌々日、三人はハンスたち探索者シーカーが拠点にしているロイヤルオックスフォードホテルに呼ばれていた。

 正式に魔宝石の譲渡を行うためだ。

 悠真たちは広い応接室に通される。室内にはハンスとシャーロット、数人の制服を着た男女がいた。

 恐らく、イギリスの探索者シーカーだろう。その内の一人が、木製テーブルの上にアタッシュケースを乗せる。


「これが我々の用意した魔宝石だ」


 ハンスが机に置かれたケースを示すと、探索者シーカーの男性がケースの蓋を開いた。

 中に入っていたのは多くの宝石、青や赤、緑や黄色の宝石が目につくが、圧倒的に青い宝石の数が多い。


「"雷の魔宝石"は使用頻度が高いため、全てを譲渡する訳にはいかなくてな。保有分の六割を持ってきた。"火の魔宝石"はほとんど使わないが、元々の保有分が少ない。ここにあるのが全部だ。"風の魔宝石"も保有分はわずか、それに対し"水の魔宝石"は大量にある」

「確かに、すごい量ですね」


 ルイが感嘆の声を漏らす。


「取りあえず、"雷の魔宝石"はワイのやな。これ全部もらっとくで」


 ケースから魔宝石を取り出す明人に、悠真が口をはさむ。


「おい! 俺、まだ一個も"雷の魔宝石"もらったことないんだぞ! ちょっとぐらい分けてくれよ」

「どうせ使いこなせへんやろ! 魔宝石の無駄遣いや」


 明人は魔宝石を拭くこともなく、イエローダイヤモンドとアンバー七つを「あ~」と口を開け、全部飲み込んでしまった。


「ああ!」


 悲鳴を漏らす悠真を他所よそに、ルイもケースに入っている魔宝石に手を伸ばす。

 "火の魔宝石"であるレッドダイヤモンド三つと、ルビー五つをハンカチでゴシゴシと拭いていた。それを見た悠真は手を合わせてルイに懇願する。


「ルイ! せめてレッドダイヤモンド一個を分けてくれ」

「え? いいけど、一つだけ食べるの?」

「ピッケルに組み込もうと思って。レッドダイヤモンドがあればパワーアップできるからさ」

「うん、分かったよ」


 悠真はルイから魔宝石を受け取り、さっそくピッケルに装備されている"ルビー"を取り外して"レッドダイヤモンド"を組み込む。

 ヘッド部分の取り外しが簡単にできるのが、このピッケルのいいところだ。

 作ってくれたアイシャさんに感謝しないと。


「あとは一番多い"水の魔宝石"や。良かったな、悠真。全部食って【青の王】並に強くなればええやないか」

「いや、こんなにいらないんだよな……」


 悠真はケースに入っている"水の魔宝石"の魔宝石を眺める。ブルーダイヤモンドやサファイア、アオイライトなどがある。

 すでに【青の王】の魔宝石を手に入れたため、正直、"水の魔宝石"より、雷や火が欲しいところだ。


「まあ、しょうがないか」


 悠真はブルーダイヤモンドを一つ手に取り、ピッケルに装着されていたサファイアと交換する。

 これで【魔法付与武装】が強化されたと、悠真は取りあえず満足する。


「これも食っておくか」


 ポケットから【青の王】の魔宝石を取り出し、口に入れようとした時、テーブルの脇にいたハンスが声をかけてきた。


「それ、ひょっとして青の王の魔宝石か?」

「ええ、そうですけど」

「ちょっと見せてもらっていいかな」

「はい、いいですけど」


 悠真から魔宝石を受け取ったハンスは宝石を顔に近づけ、マジマジと観察する。


「ブルーダイヤモンドではないな……色の深みからすると、"タンザナイト"に近いような気がする」

「タンザナイト?」


 悠真が不思議そうな顔をすると、ハンスはフッと微笑み、魔宝石を悠真に返した。


「希少なブルーの宝石だよ。もっとも、私は宝石の専門家ではないからね。本当にタンザナイトに近いかどうかは分からんがな」

「そうですか」


 悠真は改めて青い魔宝石を見つめる。確かに、引き込まれそうになるほど凄く綺麗な宝石だ。

 その宝石をパクリと食べ、ゴクッと飲み込む。


「だ、大丈夫か!? 【青の王】の魔宝石を、そんな簡単に飲み込んで?」


 驚くハンスを他所よそに、悠真は「あ、はい、大丈夫です」と応え、体にフンッと力を入れた。

 全身が黒く染まり、"黒鎧"へと変身する。

 恐ろしい怪物へと変化した悠真に、ハンスとシャーロット、それ以外の探索者シーカーたちも驚き、たじろいだ。

 だが、ルイと明人は気にすることもなく、今後のことについて話し合っていた。

 悠真はケースに入っていた"風"と"水"の魔宝石をまとめて手に取り、それをあ~んと開けた口に放り込んだ。

 モグモグ、ゴクンッと丸飲みする悠真に、ハンスとシャーロットの二人は呆気に取られる。


「あ、すいません。こっちの方が早く飲み込めるんで」


 全ての魔宝石を飲み込んだ悠真は「ゲフ」と大きなゲップをし、数分後に元の姿に戻った。

 ハンスは少し戸惑っていたが、咳払いをして気を取り直す。


「君たちから要望があった移動手段だが、軍で用意することになった。すでに準備はできているが、どうするかね?」


 悠真たち三人は互いに顔を見合わせ、同時に頷く。悠真はハンスの顔をまっすぐに見た。


「すぐに出発します。連れて行って下さい!」

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