第320話 新たな地へ

 オックスフォードの西にあるフェアフォード空軍基地。

 その施設内に、悠真とルイ、明人の姿があった。隣にはハンス、シャーロット、アンドリューの姿もある。

 六人と軍の関係者が長い滑走路を歩いていると、視線の先に大きな航空機が見えてきた。アンドリューがこちらに顔を向ける。


「あれがイギリス空軍が用意した【RC-135】です。偵察機ですが、航続距離は9100キロ。無給油でアメリカまで行けます」


 航空機まで近づくと、全員が立ち止まる。ハンスは大きな航空機を見上げたあと、悠真に視線を向ける。


「本当に行くのか? アメリカに……」


 悠真は「ええ」と答え、ハンスを見る。


「"白の魔宝石"を大量にもらえる可能性があるのはアメリカぐらいです。現状がどうなってるか分かりませんけど、行ってアメリカ政府と交渉してみます」


 悠真は思い返す。日本に応援要請を出した国の中に、アメリカはなかった。

 約束をしてる訳ではないので、行っても徒労とろうに終わる可能性もある。それでも行くしかない。

 ――まだ"国"として存在し、なおかつ"白の魔宝石"を大量に保有している国は少ないだろうからな。

 悠真の固い決意を聞き、ハンスはコクリと頷く。


「そうか、分かった。だが、気をつけろ。アメリカに出現した【黄の王】は凄まじく強いと聞く、噂では"プロメテウス"も壊滅したとか」

「プロメテウスが!?」


 かたわらで聞いていたルイが驚いて身を乗り出す。"プロメテウス"は最強の探索者シーカー、【炎帝・アルベルト】が率いる探索者集団クランだ。

 黒鎧討伐作戦にも参加し、悠真を追い詰める切っ掛けにもなった。

 あれほど強い探索者シーカーが死んだなど、にわかには信じられない。

 ルイは青い顔をしながらハンスに詰め寄る。


「ほ、本当に……本当に"プロメテウス"が……アルベルトさんやミアさんが死んでしまったんですか?」


 ルイの剣幕にハンスは後ずさる。


「い、いや、あくまで噂の話だ。実際にどうなっているかは分からん」

「そう……ですか」


 なんとも言えない表情で一歩下がったルイに、明人が声をかける。


「なんや、そんなこと。実際行って確かめればええやないか。あのアルベルトのおっさんが簡単にくたばるとも思えへんしな。まあ、とにかく! こんな国とはさっさとおさらばや!」


 白の魔宝石をもらえなかったことを、明人はまだ怒っているようだ。

 それは悠真やルイも同じだった。そんな三人を見て、今まで黙っていたシャーロットが口を開く。


「本当にごめんなさい。今日も政治家の人は誰も来てなくて……本来なら国を救ってくれた恩人なんだから、政府を挙げて送り出さなきゃいけないのに……」


 申し訳なさそうに言ったシャーロットに対し、明人は「別にええわ。期待してへんから」と返す。

 ルイもシャーロットを慰めるように、


「もう、気にしないで下さい。元々正式な契約は結ばれていませんでしたし、ハンスさんやシャーロットさんが謝るようなことでもありません」

「でも……」

「イギリスの人を助けることができたのは良かったと思います。それで……被害の状況はどうなんですか? 助かった人たちはどれぐらいいるんでしょうか?」


 ルイの言葉に、ハンスとシャーロットは顔を見合わせる。どちらも言いにくそうだったが、ハンスが咳払いしてから口を開いた。


「"氷の王国アイスキングダム"で生活していた人々の、八割以上が死んだようだ」

「そんなに……」


 ルイの顔が一気に凍り付く。かなりの被害は想像していたが、予想を超える犠牲者の数に、悠真や明人も黙り込んでしまう。

 ハンスは頭を振って悠真の顔を見る。


「それでも、君たちがいなければ我々は全滅していたろう。感謝している。時間はかかるだろうが、イギリスは必ず復興する。……私はそう信じているよ」


 悠真はコクリと頷き、「俺も、信じています」とハンスに告げる。


「さあ、もう乗りたまえ。イギリスのことは心配しなくていい。君たちは君たちの目的を果たしてくれ」


 悠真たちはハンスに促され、【RC-135】に横づけされたタラップをのぼる。

 航空機の中は存外ぞんがい広く、パイロットが二名とアテンド役の軍人一人が同行してくれるようだ。

 三人は席につき、悠真はシートベルトを締める。

 丸い窓の外に目をやれば、顔を上げ、こちらを見ているハンス、シャーロット、アンドリューの姿があった。

 悠真は窓から小さく手を振る。

 逆風の強かったイギリス遠征。そんな中でも、最後まで協力してくれたのが、あの三人だ。

 感謝してもしきれない。

 悠真が感慨に浸っていると、前の座席から声が飛んできた。


「おい、悠真! イギリスでは"白の魔宝石"が手に入らへんかったけど、アメリカならそんなにケチらんやろ! 【黄の王】をぶっ倒して、今度こそ『蘇生魔法』を実現させようや!!」


 席から身を乗り出して言う明人に、悠真は「ああ、そうだな」と返す。

 正直、アメリカとの交渉がうまくいくとは限らない。それに"白の魔宝石"をどれだけ保有してるかも不明だ。

 なにより、アメリカにいる魔物たち……特に 【黄の王】の情報がまったくないのも不安でしかない。それでも行くしかないんだ。

 そんな決意を固めていると、前から軍人の声が響く。


「それでは出発します。シートベルトを締めて下さい」


 明人が座席に座り直し、シートベルトを締める。ふと横を見れば、通路を挟んだ隣の席にルイが座っていた。

 口数も少なく、どこか疲れているようにも見える。

 今回の戦いが大変だったのだろうか?


「ルイ、大丈夫か?」

「え?」


 ルイは不思議そうな顔でこちらを見る。


「なんだか疲れているように見えたから」

「ああ……別に疲れてる訳じゃないよ。ただ今後のことを考えると、どうしても不安になっちゃってね」

「不安?」

「世界がどうなっていくのか分からないし、楓が本当に生き返るのかも分からない。だから、ちょっとセンチメンタルになっただけだよ。ごめんね、心配かけて」

「そうか……」


 悠真はルイから視線を切り、前を向く。

 ――確かに、不安なことを上げればキリがない。ルイや明人は文句も言わずについて来てくれたが、俺のわがままでいつまでも付き合わせる訳にはいかない。

 このアメリカの遠征が終わったら、どんな結果になろうと一旦日本に帰ろう。

 悠真はそう考え、座席に背中を預ける。

 ゆっくりと進み出した航空機は、フェアフォード空軍基地を飛び立った。



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 これで第八章、王の胎動編【深海の覇王】は終りとなります。

 次回より第九章、王の胎動編【黄金の破壊神】を始めますので、引き続き読んで頂けると幸いです。

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