第292話 組織のリーダー

 シャーロットの言葉に、全員が黙り込む。

 この『氷の都市アイスキングダム』が崩壊する? ルイは路地から見える建物を見渡した。

 どの建物も薄い氷に覆われ、キラキラと輝いている。魔法で作られた"氷"は、通常のものより遥かに強度が高い。

 それが街全体を覆っているのだ。簡単に破壊されるとは思えない。


「本当に……魔物の襲来はあるんでしょうか?」


 ルイは真剣な眼差しでシャーロットを見る。


「確証がある訳じゃないけど、私は来ると思ってる。仮に魔物が襲って来なかったとしても、このまま籠城してたら、いずれ食料や資源が尽きるわ。そうなれば国民は死ぬしかない。どこかで打って出るしかないのに……」

「イギリス政府は、及び腰なんですね」


 ルイに問われ、シャーロットはコクリと頷く。


「私たち探索者シーカーの組織と、政府側は考えが違うの。探索者シーカー側は余裕がある内に戦うべきだと主張したのに対し、政府は慎重に検討すべきだと言ってる。要するに先送りにしたいのよ。失敗した時、責任を取りたくないから」


 シャーロットは悔しそうに臍を噛む。

 色々と思う所があるのだろう。ルイと悠真は視線を交わし、互いに頷き合った。


「シャーロットさん、僕たちも探索者シーカー側の考えに賛同します。【青の王】はいずれ全ての人間を殺しに来るでしょう。それだけの力があります。今から戦うための準備をしないと」

「そうは言っても簡単じゃないわ。失敗は許されない。やるなら確実に【青の王】を仕留めなきゃいけない」


 シャーロットとマイケルは苦し気な表情をする。探索者シーカー側の戦力が足りないのだろう。ルイはここぞとばかりに前に出た。


「だったら僕たちは役に立ちます! 僕の実力も、知ってるはずです。必ず戦力になりますから、一緒に戦わせて下さい!」

「それは……そうだけど」


 シャーロットは悠真に視線を向け、なんとも言えない表情をする。やはりまだ完全に信用してないようだ。

 そう思ったルイは、なんとか説得できないかと考える。

 悠真が【赤の王】や【緑の王】を倒したことを伝えるべきか? だが、下手なことを言って不信感を持たれても困る。

 あくまでもルイと悠真の目的は、当初の予定通り、イギリス政府からの討伐依頼をこなして『白の魔宝石』をもらうこと。

 そのためにはシャーロットから政府に取りなしてもらう必要がある。

 しばらく口元に手を当て考え込んだシャーロットは、改めて悠真たちの顔を見た。


「分かった。取りあえずあなたたちを我々の組織に連れて行く。結論はそこで出すことにするわ」

「分かりました。それで構いません」


 ルイと悠真は同意し、一緒に行くことになった。

 後ろで成り行きを見守っていたイライザに、ルイは歩み寄って声をかける。


「イライザさん、僕たちはこのままシャーロットさんたちと行きます。これ以上の案内は大丈夫ですから、イライザさんは戻って下さい」

「そうですか……分かりました」


 イライザは納得した様子で頷き、一礼して去っていった。

 彼女は政府側の人間なので、一緒に行く訳にはいかない。先を歩くマイケルが「こっちだ」と手招きする。

 ルイと悠真は、二人のあとを小走りでついていった。


 ◇◇◇


 二人が案内されたのは大きな商業ビル。やはり氷でコーティングされ、日の光を反射している。


「こっちよ」


 シャーロットにうながされ、正面の扉をくぐりエントランスに入る。

 中には数人の男たちがいた。シャーロットやマイケルと同じ制服を着ている。全員探索者シーカーのようだ。


「シャーロット、戻ったのか。なんだ? そいつらは」


 三十代ほどの白人の男性が声をかけてくる。シャーロットはなんでもないように答えた。


「ちょっとした知り合いよ。それよりハンスさんは上にいる?」

「ああ、幹部連中とミーティングしてるよ。まあ、なんのミーティングかは知らないけどな」


 男はハハと自虐的に笑う。シャーロットたちの話によれば、イギリスの探索者シーカーは役割を与えられず、暇を持て余しているらしい。

 この人もそんな状況に不満なんだろう。悠真にはそう思えた。


「行きましょう」


 一行はエントランスを抜け、エレベーターに乗る。シャーロットが20階のボタンを押した。


「今から会いに行くのはイギリスの全探索者集団クランをまとめるリーダー。彼に許可を取らない限り、あなたたちと共闘することはないわ」


 シャーロットの話を聞いて、ルイは眉根を寄せる。


「シャーロットさんがリーダーじゃないんですか? 僕はてっきり、あなたが全員をまとめてるのかと……」

「私はあくまで"オファニム"っていういち探索者集団クランのリーダーよ。全探索者集団クランをまとめる力量なんて、とてもないわ」


 そんな話をしている内に、エレベーターは20階に到着した。

 扉が開き、長い廊下が目に入る。床にはパールグレーのカーペットが敷かれ、並んでいる扉は高級感のある木目調。

 内装はオフィスビルというより、高級なホテルのようだと悠真は思った。

 キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、シャーロットは一番奥にある扉の前で立ち止まる。

 コンコンとノックしてから「失礼します」と言い、扉を開けて中に入った。

 悠真たちもあとに続いて入ると、広い部屋の中央に五人ばかりの男女がいた。大きなテーブルの上に地図を広げ、なにかを話し合っているようだ。

 その内の一人が顔を上げ、こちらを見る。


「おお、シャーロット。戻ったか……ん? そっちの二人は誰だ?」


 怪訝な顔で近づいてきたのは白髪交じりの短髪の男性。歳は五十を超えているだろうか。眼光鋭く、悠真たちをめるように見る。


「ハンスさん、この二人は日本から来た探索者シーカーなんです。我々と共に戦うため、海を渡って来たと……私は共闘するのに賛成ですが、ハンスさんの意見を聞きたくて」

「日本から?」


 ハンスは驚いた表情を浮かべる。


「う~~ん、確かに日本に対し、政府が応援を求めたと言う話は聞いたことがある。【赤の王】を撃退したという情報が流れたからだ。しかし……」


 ハンスは悠真とルイを見て眉間にしわを寄せる。


「たった二人かね? 君たちに仲間はいるのかな?」


 当然の疑問だろう。ルイが前に出て口を開く。


「今は二人だけです。もう一人仲間がいて、近々合流できると思います」


 その話を聞き、ハンスは低い唸り声を上げた。


「う~ん、かなり大規模な探索者集団クランが来ると思っていたんだが……これは当てが外れたな。君たちには申し訳ないが、今は我々も動けない。魔物と戦う機会は当面ないと思ってくれたまえ」

「ハンスさん、それなんですが……」


 シャーロットが歩み出て、ハンスに悠真たちのことを説明する。ルイとは黒鎧討伐作戦で一緒に戦ったことを。

 そして悠真の正体については――


「"黒鎧"!? 君があの……?」


 ハンスは目を見開き、信じられないといった表情で悠真を睨んだ。

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