第293話 探索者と政府

 部屋にいた全員が悠真に視線を向ける。悠真自身も緊張し、黙ったまま成り行きを見守るしかなかった。

 ハンスは視線を切り、こめかみを押さえて首を横に振る。


「黒鎧の話は聞いている。途轍もない強さで暴れ回っていたが、捕獲してみれば若い青年だったと言う……耳を疑う話だが、事実である以上受け入れるしかない。魔物に姿を変える人間がいるなど、今でも信じられんがな」


 ハンスは再び鋭い眼光で悠真をめる。


「それで、君は本気で我々と一緒に戦うというのかね?」

「もちろんです! 俺たちの目的はイギリスにいる魔物を討伐して、見返りに"白の魔宝石"をもらうことですから。そのためには全力を尽くします!」


 しばし全員が沈黙する。その間、ハンスはずっと悠真を睨み、悠真も力強い眼差しで睨み返していた。

 ハンスは深いしわが刻まれた顔を少し緩め、小さく笑う。


「まあ、なぜそんなに"白の魔宝石"を求めるのかは知らんが、それより重要なのは、君たちが戦力として役に立つかどうかだ。"黒鎧"に変身できるというなら、その力。私に見せてくれんかな?」


 問われた悠真は、横にいるルイに視線を向ける。ルイがコクリと頷いたのを見て、堂々と口を開いた。


「分かりました」


 悠真はフンッと体に力を入れる。全身が黒く染まり、鋼鉄の鎧に覆われた異形の怪物へと姿を変える。

 部屋の中にいた探索者シーカーたちは「おおっ」と唸り声を上げ、おののいているようだ。

 それはシャーロットやマイケルも例外ではない。変身した悠真は、角を含めれば二メートル以上ある大柄の体躯。

 間近で見れば、驚くのも無理はない。

 多くの者が立ちすくんでいる中、ハンスだけは部屋を横切り、棚の上に置かれた剣を手に取る。

 悠真の元まで戻ってくると、躊躇ちゅうちょなく抜刀した。

 鋭い刃に稲妻が走り、その剣を悠真に向かって振り切る。手加減無しの一撃。

 だが、悠真は慌てることなく向かってくる剣を右手で掴み、何事もなかったかのようにたたずんでいた。 

 剣は手の中でバチバチとプラズマを散らし、ハンスも鬼の形相で剣を押し込もうとするも、剣が動くことはない。

 悠真が力を加えると、剣はバキッと音を鳴らして砕け散った。

 これにはハンスもギョッとして驚き、砕けた自分の剣をしばらく見つめていた。

 そして――


「ハッハッハ、これは凄い! 実に愉快だ!!」


 豪快に笑い出した。悠真とルイはキョトンとするものの、ハンスはお構いなしだ。


「なるほど……確かに噂通りの強さだ。これなら【青の王】討伐に打って出てもいいような気になるな」

「じゃあ、イギリス政府に俺たちのことを言ってくれますか? 充分役に立つ探索者シーカーだって」


 まずはイギリス政府に当初の約束を守ってもらう必要がある。その上で【青の王】を討伐すれば、目的である"白の魔宝石"を手に入れることができる。

 悠真はそう思い、黒鎧の姿のままテンションを上げていたが、ハンスは厳しい視線をルイに向ける。


「君はどうなんだ? 黒鎧に変身できる三鷹? だったかな。彼の実力は分かった。だが君の実力は我々を納得させるほどあるのかね?」


 悠真は「ああ、なるほど」と頷く。要するに、一緒に戦うなら実力を示せ、ということなんだろう。

 それに関して悠真が心配することはなにもない。


「そうですね。僕もみなさんと一緒に戦えることを、証明しましょう」


 ルイがニコリと笑った次の瞬間――その姿が消えた。


「な!?」


 目の前で見ていたハンスは呆気に取られる。全員が周囲を見回すと、ルイの姿は部屋の奥にあった。


「これで納得してもらえるでしょうか? ちなみに、これはみなさんが着ている制服の


 ルイの手の平には七つのボタンが乗っていた。全員が自分の制服を見ると、一番上のボタンが取れている。

 シャーロットやマイケルの物もだ。

 あまりのことに、全員が押し黙る。想像を絶する力を持つ二人の探索者シーカーに、なんと言っていいか分からない。

 自分の制服を見ていたハンスは、肩を揺らしてクツクツと笑い出す。


「ハーハッハッハッハ! これは面白い!! ここまでの実力者なら、文句などなにもないわ!」


 ハンスは大笑いして『金属化』した悠真に近づき、肩をバンバン叩く。


「分かった。政府の連中は私が説得してくる。君らがいるなら大きな戦力になるし、このままでは魔物の方がどんどん力をつけてくるだろう。戦いに出るなら今しかない。シャーロット、ついて来い!」

「はい」


 ハンスはシャーロットと共に部屋から出て行った。

 ルイは「すいません」と言いながら全員にボタンを返し、悠真も『金属化』の時間が切れ、元の姿に戻った。

 部屋に残ったマイケルを始め、探索者シーカーの人たちは眉間にしわを寄せ、悠真とルイをマジマジと見つめる。

 悠真は所在なく、アハハと苦笑いした。

 ハンスとシャーロットが戻って来るまでやることがない。ルイは「すいません。待たせてもらいますね」と断り、悠真と二人で部屋のソファーに腰かけた。


 ◇◇◇


 ハンスとシャーロットは車に乗り込み、政府議会のあるキングス・カレッジ病院へと向かった。

 氷の王国アイスキングダムはブリクストンを中心とした一定範囲のことを言う。

 キングス・カレッジ病院はその中でも最も東にあり、政府の運営機能は全てこちらに移されていた。

 駐車場に車を停め、車外に出た二人が見たのはレンガ造りの立派な建物。

 入口で警備している軍人にIDカードを提示し、ハンスとシャーロットは中へと入っていく。

 エレベーターで最上階まで上がり、廊下を歩いて正面の扉を開いた。

 そこは大きな執務室で、十人以上の人々が話をしている。ハンスは立ち止まり、「失礼します!」と声を上げた。

 

「あら、ハンスじゃない。どうしたの? こんな所に来るなんて」


 柔和な表情を向けてきたのは若い白人の女性だった。かっちりとしたダークネイビーのスーツを着こなし、背筋を伸ばした立ち姿はモデルのよう。

 肩まで伸びたセミロングの金髪をかき上げ、ハンスの前に歩み出る。

 イギリスの首相、レイラ・エバンズだ。ハンスは姿勢を正し、まっすぐにレイラの顔を見て口を開く。


「今日は魔物の討伐の件で伺いました」

「あら、またその話? それは議会で否決されたでしょ。今は街の防衛を固めるのが肝心であって、攻めに行く時期ではないわ」

「日本から二名の探索者シーカーがやって来ました。極めて優秀で戦力としては申し分ありません。【青の王】討伐は今を置いて他にないと考えまず。どうかご再考を!」


 力強く進言したハンスに対し、レイラは小さく溜息ためいきをつく。


「その話は聞いているわ。でもたった二人なんでしょ? それでは戦力と言えないんじゃない?」

「いえ、そんなことはありません。彼らは多数の探索者集団クランを合わせたより、よほど大きな功績を上げてくれるでしょう」

「そう……でも、それ以外にも問題があるんじゃないかしら?」

「問題、ですか?」


 ハンスが怪訝な顔をすると、レイラは部屋の隅に立っていた女性を見る。

 ハンスはなんのことか分からなかったが、ハンスの後ろに控えていたシャーロットには見覚えがあった。

 ――あれは三鷹と天沢を案内していた女性、確かイライザとかいう名前の……。

 レイラはニコリと笑みを漏らし、ハンスを見る。


「その日本から来た探索者シーカー……"黒鎧"という名の化物らしいわね」

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