第294話 追放

「それは……」


 ハンスは言いよどむ。自分が報告する前に"黒鎧"のことが知られているとは、正直思ってなかった。

 レイラは首を横に振り、切れ長の目でハンスを見る。


「日本人の二人には入国を認めましたが、"黒鎧"という危険な魔物であるなら、すぐに出て行ってもらうしかありません」

「ちょっと待って下さい! 彼らは貴重な人材です。追い出すことはイギリスのためになりません!」


 必死に食い下がるハンスだったが、レイラの考えが変わることはない。


「すでに軍の者を向かわせています。指示に従わないようなら、少し荒っぽい手段を用いても強制的に追い出します」


 ハンスは顔をしかめた。あの二人は軍事力でどうにかなるような相手ではない。

 最悪の場合、味方どころか敵に回ってしまう可能性もあるのに、この人はなにも分かっていない。ハンスはそう考え、どうしたものかと頭を悩ます。

 その時、後ろに控えていたシャーロットが口を開いた。


首相プライムミニスター! では魔物の討伐はどうするのですか!? このまま指を咥えて見ているだけですか?」


 噛みついてきた探索者シーカーに対し、レイラは小さく溜息をつく。


「その話は議会で何度もしました。我々は国民を守ることを第一に考え、守りを固めることに専念しているのです」


 シャーロットは心の中で舌打ちした。聞こえはいいが、失敗を恐れてなにもしないということ。平時ならその判断でもいいかもしれない。

 だが今は非常時中の非常時。判断の遅れは致命傷になりかねない。


「首相、魔物は日々数を増し、その生息域を拡大しています。もし一斉に襲ってきたら『氷の王国アイスキングダム』の防御は崩壊し、突破されます!」


 軍からの報告では海面が上昇し陸地が減ってきている。

 恐らくは【青の王】の影響だろう。水の魔物たちに内陸部まで攻め込まれては、いくらなんでも勝ち目はない。


「それに、イギリスが孤立したことによって食料やエネルギーの確保も難しくなっているはずです。この状況でどうやって国民の安全を守るんですか!? 我々にはもう打って出るしか選択肢がないんです!!」


 シャーロットが必死に訴えるも、レイラの心には届かない。


「食料やエネルギーは海外から調達するよう、軍に命令を出しています。幸いなことにノルウェーやアイスランドは被害が少ないことが確認されています。空路さえ確保できれば、食料などの心配はなくなります。これは我々政府の仕事ですから、あなたたちが心配することはありませんよ」


 シャーロットは絶望的な思いに駆られた。この人は現状の認識ができていない。

 空を移動するなどまず不可能だ。イギリスの上空には【黄金竜】や【エンシェントドラゴン】に匹敵する危険度ダブルAの魔物【青の飛竜ブルードラゴン】がいる。

 航空機を使えば間違いなく撃墜されるし、かと言って船での移動も不可能。

 天沢と三鷹がどうやってここまで来たのかは謎だが、本来なら船で渡航できるはずもない。

 イギリスは完全に孤立してしまったのだ。

 ハンスとシャーロットは危機感を共有していたが、それ以上レイラに進言することはできず、忸怩じくじたる思いで部屋をあとにした。


 ◇◇◇


「ん?」


 探索者シーカーが集まるオフィスビル。その一室でハンスが帰ってくるのを待っていた悠真は、廊下から聞こえてくる靴音に眉を寄せる。

 バンッと乱暴に扉が開かれると、十人以上の軍人が雪崩れ込んきた。


「なんだ、お前たちは!?」


 探索者シーカーの一人が怒鳴りつけると、先頭にいた軍人がおもむろに黒いマスクを外す。

 そこには見知った顔があった。


「あなたは……確かアンドリューさん。どうしたんですか? こんなところに来て」


 座っていたルイが立ち上がり、アンドリューの元へ歩み寄る。


「政府からの命令だ。君たちを連れて行くことになった」

「連れて行く? どこにですか?」


 怪訝な表情で聞くルイに対し、アンドリューは至って冷静に答える。


「街の外へだよ」

「え?」


 ◇◇◇


 タイヤにチェーンを巻いた黒いワゴンが道路を疾走する。

 探索者シーカーたちが集まるオフィスビルの前で急ブレーキを踏むと、ワゴンは横滑りして十メートル以上進み、なんとか停車した。

 中からハンスとシャーロットが飛び出し、走ってビルに入る。

 エレベーターで20階まで上がり、天沢と三鷹が待っている部屋に飛び込んだ。

 だが、そこに彼らの姿はない。


「あの二人はどうした!?」


 部屋に残っていた探索者集団クランの幹部に尋ねる。五人いた内の一人が、戸惑った様子で口を開いた。


「軍の人間が突然来て、つれていったよ。政府の命令だと言うから、我々には止められなかった」


 その話を聞いてハンスは顔を歪める。


「遅かったか……」


 ギリッと奥歯を鳴らすハンスの横で、シャーロットが声を上げる。


「ハンスさん、今ならまだ間に合うかもしれません! 多分、正門に向かったんじゃないでしょうか? 氷の王国アイスキングダムから追い出すなら、あそこが一番近いです」

「確かにそうだな……よし、行くぞ!」


 ハンスとシャーロットは再び走り出した。

 この国のためにも、あの二人の力は絶対に必要だ。それはハンスもシャーロットも同じ想いだった。

 なんとしても止めなくては――

 二人は一階まで下り、ビルから出て、停めてあったワゴン車に乗り込んだ。


 ◇◇◇


 大きな氷の門が開く。ギギギギと軋みながら開くため、門の上から小さな氷の欠片が落ちてくる。

 悠真とルイはアンドリューにうながされ、門の外へ歩み出た。

 振り返ると二十人ばかりの軍人たちが、銃を構えて仁王立ちしている。その先頭にいたアンドリューは、無表情のまま二人を見た。


「君たちが危険な存在だと政府は判断した。今回は退去処分で済ますが、ここにもう一度入ろうとした場合は、武力をって排除する。理解したか?」

「はあ……」


 悠真が気の抜けた返事をする。アンドリューはコクリと頷ききびすを返す。


「我々も手荒なマネはしたくない。イギリスから離れて、別の国に行け」


 そう言い残すと、アンドリューは去っていった。氷の門がゆっくりと閉まり、ガタンッと重々しい音が鳴る。

 残されたルイと悠真は門を見上げ、立ち尽くしていた。


「追い出されたな」

「追い出されちゃったね」


 二人はしばらく門を見ていたが、ここにいても仕方ないと歩き始めた。まさか追い出されると思っていなかった悠真は「ハア~」と大きな溜息をつく。


「まあ、よくあることだし、目くじら立ててもしょうがないか」

「そうだね……」


 ルイが冷たい風に身をすくめながら答える。

 魔物を倒すだけなら『氷の王国アイスキングダム』の外でも関係なくできるが、報酬がもらえないのでは意味がない。

 この先どうしたものか――

 ルイと悠真は凍っていない普通の道を歩きながら、今後のことを考え、途方に暮れていた。

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