第295話 氷の道

 急いで正門に向かったハンスとシャーロットは、入口で話し合っている軍隊を見て車を止めた。

 車外に降り、走って向かうと、そこにいたのは機動偵察部隊を率いる少佐のアンドリューだ。部下と話していたので、ハンスが割って入る。


「アンドリュー、日本人を連れて来たはずだ。二人はどうした?」

「ハンスさん……二人ならもう外に出しましたよ。政府の決定です。あなたでも止められないと思いますが」

「そんなことは分かってる! いいから門を開けろ!!」


 鬼気迫る表情で睨みつけてきたハンスに対し、アンドリューは冷静だった。


「開けるのは構いませんが、二人を中に入れることはできません。それは分かっていますね?」

「ああ、中には入れん。話をするだけだ」


 アンドリューは少し間を置き、部下に門を開けるよう指示を出した。

 再び大きな"氷の門"が、音を立てながらゆっくりと開く。ハンスとシャーロットはすぐに門の外に飛び出し、辺りを見渡す。


「……いませんね。もうどこかに行ったんでしょうか?」


 シャーロットの言葉に、ハンスは眉間にしわを寄せる。外に出されて時間は経っていないはず、探せばまだ見つかるかもしれない。


「シャーロット! お前は向こうを探せ、私は東側を探す」

「分かりました!」


 二人が走り出そうとした時、周囲に不穏な気配が広がる。建物の陰から、なにかが出てこようとしていた。それも一匹や二匹ではない。


「魚人か……くそっ! こんな内陸部まで!」


 ハンスは苛立いらだたしげにつぶやく。


「ハンスさん! 私は武器を持ってますが、あなたは武器を持っていない。すぐに下がって下さい!!」


 シャーロットの言う通り、ハンスは丸腰だった。普段、氷の王国アイスキングダム内では武器を携帯しないうえ、自分の剣は"黒鎧"に破壊されている。

 ハンスは「チッ」と舌打ちし、一歩、二歩と後ずさる。

 後ろでは軍人たちが慌ただしく動き始めた。魔物が来たため、門を閉める気なのだろう。

 この状況で天沢と三鷹を探すのは難しい。

 そう判断したハンスは、シャーロットに大声で呼びかける。


「シャーロット! ここは一時撤退だ。ヤツらなら魔物に襲われても大丈夫だろう。態勢を立て直し、捜索隊を出す。今は戻れ!」


 シャーロットは臍を噛み「……分かりました」と言って下がった。

 氷の門は軍によって閉じられ、外界から隔離される。ハンスはしばらく門を睨んでいたが、「行くぞ!」とシャーロットに言い、車に乗ってその場をあとにした。


 ◇◇◇


「さて……と、これからどうしようか?」


 ルイが刀を肩に乗せ、辺りを見回す。そこには大量の"魚人"がしかばねとなって転がっていた。

 突然襲いかかってきたが、ルイと悠真の相手にはならない。

 ものの一分で三十匹の魚人を仕留め、二人は一息ついていた。


「それにしても、こんな街中まで"水の魔物"が上がってくるなんてな。シャーロットさんが言ってた魔物の侵攻……ホントに起きそうだ」


 悠真の話にルイも頷く。


「そうなった時、僕らが一緒に戦えたら良かったんだけど……うまくいかないね」


 ルイは刀を鞘に収め、残念そうに言葉を吐いた。ふと空を見上げれば、なにかが悠然と飛んでいる。

 細長い胴体に羽が生えており、全身は鮮やかな青色。


「あれが青の飛竜ブルードラゴンか……」


 ルイが空を見ながらつぶやいていると、悠真が声をかけてくる。


「ルイ! 取りあえず、安全な建物を探そうぜ。外を歩いてると引っ切りなし襲われそうだからな」

「そうだね……」


 ルイは青の飛竜ブルードラゴンから視線を切り、悠真のあとについて通りを歩き始めた。ロンドンはドイツと違い、民家や商業施設がそのまま残っているケースが多い。

 しばらく身をひそめる場所を探すのは簡単だと思っていたが――


「なんだ……これ?」


 通りの向こうが一面氷に覆われている。まるで津波に飲み込まれ、その瞬間に凍り付いたような異常な光景。

 氷壁の高さは二十メートル以上はあるだろう。


「まさか、【青の王】の力か!?」


 悠真は氷壁に近づいて辺りを見る。通りの先に川があった。家々を飲み込んだ水は、どうやらあそこから溢れたようだ。


「悠真、まずいよ」

「ああ、こいつは……」


 分厚い氷の中を、。まるで水中を泳ぐように、悠真たちの近くに来ると氷壁から飛び出してきた。

 二メートル以上の背丈がある、大型の魚人。

 頭は魚なのに、体は筋骨隆々の人間という気持ちの悪い姿。そんな魚人が数限りなく出てきたため、悠真は思わず後ずさった。

 こいつらは川から氷の中を移動し、内陸まで入り込んでいたんだ。


「こいつら!? めんどくせーな!」


 悠真はピッケルを下段に構え、魚人たちを睨む。その時、氷の中に大きな影が見えた。魚人どころの大きさではない。

 この巨大な影は――


大海蛇シーサーペントだ!!」


 氷壁の上から水飛沫が噴き出す。大海蛇シーサーペントが巨大な鎌首を持ち上げ、悠真たちを睨んでいた。


「おいおい、ヤバいぞ!!」


 悠真が大声を上げた瞬間――大蛇は口を開け、大量の水を吐き出してきた。


「うわっ!」


 悠真とルイは同時に飛び退き、水の息吹ブレスを回避する。吐き出された大量の水は、後ろにあった建物を吹き飛ばした。

 凄まじい威力。悠真がそう思った時、左右から魚人が飛びかかってくる。


「く、そっ!」


 反応がわずかに遅れた。ピッケルで防御しようとするが間に合わない。

 攻撃を食らうのを覚悟した刹那、魚人の頭が飛ぶ。ハッとして振り返れば、刀を抜いたルイが腰を落としていた。


「大丈夫、悠真?」

「あ、ああ……悪い」


 悠真は体勢を立て直し、ピッケルを構えて大海蛇シーサーペントを睨む。氷壁の中からは、次々と魚人が現われてくる。


「これは、マズいな」

「うん、水の魔物は全部。そうなると内陸部まで道を作られていると同じ……シャーロットさんが言ったように、魔物の総攻撃を受けるのは時間の問題だよ」


 悠真はギリッと奥歯を噛む。思っていたより、ずっと切迫した状況なんだ。

 第二階層である"氷の魔法"を使えるのは、恐らく【青の王】だけ。だが、その氷を利用し移動できるなら、脅威は何倍にも膨れ上がる。

 氷だけでも破壊すべきか? 

 いや、そんなことをいくらしてもキリがないんじゃないか?

 悠真があれこれ考えている間に、魚人たちが一斉に襲いかかってきた。

 さらに大海蛇シーサーペントも大口を開け、攻撃しようとしてくる。


「くそっ!」


 考えても仕方ない。とにかくこいつらを倒さないと――

 悠真が覚悟を決めピッケルに風の魔力を集めた時、空から声が降ってきた。


「なんや、面白そうなことしとるやないか」


 まばい雷光が大地に降り注いだ。

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