第291話 シャーロットの懸念

「あ! あなたは……」


 ルイは目を見開く。そこにいたのは大柄でスキンヘッドの男と金髪の女性。軍服のようなものを着ているが、イギリス軍のものではない。

 なにより、ルイと悠真はこの二人に見覚えがあった。


「あなたたちは、イギリスの探索者集団クラン『オファニム』の探索者シーカー、シャーロットさんとマイケルさんですよね」


 ルイが英語で話すと、大男のマイケルが反応する。


「おお、覚えてたか! そう、俺とシャーロットは"黒鎧討伐作戦"に参加して、お前ら日本の探索者シーカーと一緒に戦ったんだ。まさかこんな所で会えるとは……ところで、どうしてイギリスにいるんだ!?」


 マイケルはルイに近づき、マジマジと顔を覗き込む。

 ルイはマイケルの圧にビクッと肩を震わすものの、笑顔で対応する。


「ぼ、僕たちはイギリスの応援をするために日本から来たんです。【青の王】の討伐は大変でしょうから」

「マジか!? こんな危険な状況で日本から来たのか? そうとうクレイジーなヤツらだな!」


 マイケルは嬉しそうに大笑いした。悠真たちも見知った探索者シーカーが生きていたことに喜んでいたが――


「ちょっと待って!」


 マイケルの後ろにいた金髪の女性シャーロットが、眉間にしわを寄せながら歩いてくる。

 悠真の前で止まると、険しい顔で見つめてきた。


「あなた、どこかで見たことがある。だけど"黒鎧討伐作戦"にはいなかったわよね。一体どこで……」


 その時、シャーロットはハッとして後ろに飛び退いた。


「あなた……"黒鎧"ね!!」


 女性の目が鋭くなる。マイケルは「え!?」と言い、一歩後ずさった。

 シャーロットは腰から二本の剣を抜き、正面に構える。短剣と呼ぶには長く、長剣と呼ぶには短い。

 変わった形の刀。悠真はその武器を知っていた。


「黒鎧が人間に変わったことは知っている。私はその場で見ていたから……黒鎧から変わったのは――間違いなく、あなたよ!!」


 シャーロットは地面を蹴った。雷の魔力で増幅された推進力。凄まじい速さで迫る相手を、悠真は「危なっ!」と紙一重でかわす。

 おととと、と倒れそうになりながら振り返ると、シャーロットが持つ二本の剣に、【炎】と【稲妻】が宿っていた。

 強力な魔力を感じる。

 稲妻は次第に黒く染まり、炎はバチンッ、バチンッとぜている。


 ――第二階層の魔法!!


 この人は『金属』の装甲を貫く魔法が使える! 悠真はそう思い、ゴクリと生唾を飲んだ。

 そんな緊迫する二人の間に、ルイが割って入る。


「ちょ、ちょっと待って下さい! こんな人通りが多い所で争うなんて、どうかしてますよ!!」


 ルイに諭され、シャーロットは周囲を見渡す。通りを歩いていた人たちは突然の出来事に驚き、なんだ、なんだ、と騒ぎ出していた。

 マイケルも眉をひそめ、苦言を言う。


「そうだぞ、シャーロット! いきなり剣を抜くヤツがあるか! なにか事情があるあるはずだ」

「しかし……」


 剣を収めようとしないシャーロットに対し、近くで見ていたイライザもいきどおる。


「シャーロットさん、これは問題ですよ。彼らはこれから住民手続きをすることが決まってるんです。なにか言いたいことがあるなら、まずは行政区へ行って話をして下さい」


 毅然きぜんとしたイライザの態度に、シャーロットは「分かったわ」と言い、仕方なく剣を収める。


「とにかく話が聞きたいから、こっちに来て」


 シャーロットが歩き出した。どうやら人のいない所に行くようだ。

 悠真とルイは戸惑いつつも、あとを追うことにした。マイケルとイライザも同じように歩き出す。


 ◇◇◇


「どういうこと!? あなたは日本政府が連れて行ったはずよね?」


 シャーロットが腕を組んで悠真を睨む。

 五人がいたのは人気ひとけのない路地裏。シャーロットとマイケルの前に、ルイと悠真、イライザが並んでいる格好だ。

 いきり立つシャーロットの前に、ルイが歩み出る。


「悠真は日本政府から危険がないと判断されたんです。だから今回、イギリスに援軍という形で僕と一緒に来たんですよ」


 ルイの説明にも、シャーロットは納得してない様子だ。


「あれほど大騒ぎしてたのに危険性がない? とても信じられないわ」


 もっともな意見だとルイは思ったが、ここで説得しないとまた剣を抜かれ、戦闘になるかもしれない。

 頭を悩ませているルイに助け舟を出したのは、意外にもマイケルだった。


「まあまあ、シャーロット。落ち着けよ。"黒鎧"を倒したが言ってるんだ。ここは信じるしかないだろう」

「それは……そうかもしれないけど」


 シャーロットもトーンダウンしてくる。こちらに戦う意思がない以上、攻撃してくる理由はないはずだ。

 ルイはさらに二人に近づき、話し始めた。


「シャーロットさん、マイケルさん。僕たちはイギリスの探索者シーカーと共に戦うために来ました。でも、今のイギリスでは積極的に魔物を討伐してないように見えます。現状を詳しく教えてくれませんか?」


 シャーロットとマイケルはお互いに顔を見合わせる。

 どうしたものかと考えているようだ。しばらくすると、シャーロットが「はぁ~」と溜息をつき、視線を向けてきた。


「しょうがない。一応、君たちの言うことを信じるわ。でもだからね。変な動きをするようなら、躊躇ちゅうちょなく攻撃するから」


 ルイが「分かりました」と頷き、隣にいた悠真も「も、もちろん!」と返す。

 シャーロットは渋々ルイと悠真に歩み寄り、イギリスの近況について語り出した。


「イギリスは当初、【青の王】の討伐に積極的だったの。多くの探索者シーカーや軍人による、大規模な討伐隊が編成されたぐらいだから。でも……」

「うまく……いかなかったんですね」


 ルイの言葉に、シャーロットとマイケルは顔を暗くする。


「そう、。【青の王】だけじゃない、海に住む巨大な魔物たちも、私たちが勝てる相手じゃなかった。多くの探索者シーカーが死に、特殊な武器を持った軍隊も壊滅してしまった」


 全員が黙り込む。ルイと悠真は【青の王】や海の魔物にはすでに出会っている。

 それだけに、イギリスの軍や探索者シーカーが壊滅したというのは充分理解できた。恐らく、犠牲者は相当な数になったのだろう。


「イギリス政府は【青の王】討伐を諦め、国の防衛に舵を切ったわ。そして出来上がったのが、この『氷の王国アイスキングダム』。魔宝石を防御特化に使った形態よ」

「なるほど……そうだったんですね」


 ルイはうつむきながらつぶやく。イギリスがあくまで防衛に徹するなら、自分たちの出番はない。


「僕たちの応援は、無駄だったようですね」


 力なく言ったルイに対し、シャーロットは「いえ」と頭を振る。


「今、海の魔物が増えてきてるし、より強力な個体も現れてる。たぶん、

「海のマナ濃度?」


 話を聞いていた悠真が怪訝な顔をする。


「そう、そしてこの傾向が続き、大量の魔物が襲ってくれば――」


 シャーロットがギリッと唇を噛む。


「『氷の王国アイスキングダム』は確実に崩壊する!!」

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