第290話 氷の王国

「これは……」


 悠真はゴクリと息を飲む。巨大な氷の門が、ゆっくりと開いた。

 やや戸惑ったものの、軍人が当たり前のように中に入っていくため、悠真とルイもあとについていく。

 霧でよく見えなかったが、門の内側には何人もの軍人がいた。全員、黒いマスクに黒い軍服を着ている。

 アンドリューが軽く挨拶し、軍人たちの前を歩いていく。

 しばらく進むと、氷でできた小さな建物が見えてきた。アンドリューに「あそこだ」と促され、悠真たちは正面扉から中に入る。

 アンドリューの役目はここまでのようだ。外にいた軍人たちはきびすを返し、どこかに行ってしまった。

 悠真とルイはなにをするのか分からなかったが、とりあえず『氷の建物』の中を進むことにした。


「中は普通だな……氷の建物というより、建物を氷が覆ってるのか」


 悠真はキョロキョロと辺りを見ながらつぶやく。


「そうだね。たぶん"水魔法"を使って建物や門の強度を上げてるんじゃないかな? 魔物に襲撃されても壊れないように」

「なるほど」


 悠真が頷いていると、フロアの奥から小走りでやって来る人がいた。

 背がひょろりと高い白人の男性。スーツ姿で、明らかに軍人ではない。


「お、お待たせしました。あなたたちですか? イギリスの外から来た二人組というのは?」


 男性は悠真とルイの前まで歩み寄ると、二人に対して名刺を差し出す。全部英語で書かれているため、悠真には読めなかった。


「いやいや、今、一報を聞いて驚きました。ここ数ヶ月、イギリスの外から来る人なんて皆無でしたからね。ああ、申し遅れました。名刺にも書いていますが、私はオリバー・ウィルソンと申します。国家安全保障局という所に勤めておりまして――」


 オリバーと名乗った男性は、立て板に水のように一方的に話し続けた。悠真とルイはその話を黙って聞くしかない。


「――という訳なんですよ。ところでお二人は、どうしてイギリスに来たんですか? いや、なにより、?」


 やっと、しゃべるチャンスが回ってきた。ルイと悠真は顔を見合わせる。悠真が小さく頷くとルイが口を開いた。


「オリバーさん、僕たちは日本からドイツに渡り、そこから船でここまで来ました。イギリス政府からの正式な依頼に基づいて来たんです。確認してもらえませんか?」


 オリバーは驚いた表情をする。


「日本から? それもドイツ経由で? 海を渡って来たんですか? にわかには信じられませんな」


 オリバーは怪訝な顔で悠真たちを見た。


「政府機関は無事なんですよね?」


 ルイの問いに、オリバーは「ええ、もちろん。今でもちゃんと機能していますよ」と胸を張った。


「では、すぐに政府の中枢にいる方に連絡を取ってもらえませんか?」


 ルイが頼み込むも、オリバーは「う~ん」と難色を示す。


「いや~すぐにと言われましても……こちらはこちらで、色々忙しいものですから。

そうだ! 少しの間、街を回ってきたらいかがでしょうか?」

「え!? 街をですか?」


 ルイは戸惑い、悠真も困惑する。


「そうです、そうです。ロンドンでは、まだ避難していない住民がいるんですよ。軍が街を見回っているのは、その人たちを探して連れてくるためでしてね」


 悠真は「そうなのか」と納得する。だから自分たちは軍の人間に見つけられたんだな、と。


「そして発見された住民は、この『氷の王国アイスキングダム』まで連れ帰り、新しい住民として手続きを行います」

氷の王国アイスキングダム? それがこの街の名前ですか?」


 悠真が片眉を上げて尋ねる。


「ええ、まあ、正式名称という訳ではないんですが、住んでいる者はそう呼んでいます。なんにせよお二人にも住民手続きを行いますので、この街で安心して過ごして下さい」

「え!? ちょっと待って下さい。僕たちは戦いに来たのであって、街で暮らすために来たんじゃありません!」


 ルイが食い下がるも、オリバーは左手にめた腕時計に視線を移し、「ああ、もうこんな時間だ!」とわざとらしく大声で叫ぶ。


「すいません。このあと予定が入っているもので。詳しくはそこにいるイライザさんに聞いて下さい。街の案内もしてくれますからね」


 ルイと悠真が振り返ると、そこにはグレーのスーツを着た若い女性が立っていた。

 この人も役所の人間のようだ。オリバーは「では、私はこれで!」と言い、そそくさと行ってしまった。

 文句を言う暇もない。

 ルイと悠真が呆気に取られていると、イライザが近づいてくる。ヒールを履いていることもあるが、かなり背の高い女性だ。視線が悠真より高かった。


「国家安全保障局のイライザ・ハミルトンです。お二人に関する手続きを担当させて頂きます。簡易ではありますが、居住スペースも用意いたしますので、こちらに」

「いや、俺たちは別に生活したい訳じゃ……イギリスの探索者シーカーと一緒に戦うために来たんだから!」


 イライザに詰め寄ろうとする悠真だったが、ルイに肩を掴まれ止められる。


「なんだよ、ルイ!?」

「その人に言っても仕方ないよ。ここは言われた通りにして様子を見よう」


 悠真は「うう……」と苛ついたものの、ここでゴネても仕方ないと思い、イライザの指示に従うことにした。


 ◇◇◇


「ここが街の中心部です」


 イライザに連れて来られた場所に、ルイと悠真は目を丸くした。

 ビルや店が立ち並び、多くの人が往来している。魔物が世界を覆い尽くす前と変わらない光景だ。

 違っているのは建物を覆う薄い氷と、空に漂うもやぐらい。

 人々は恋人や家族と一緒に、楽しそうにお店を回っていた。


「凄いですね……ここまで日常生活が維持できているなんて」


 ルイの言葉に、イライザはニッコリと微笑む。


「これもイギリスに『魔法付与』の最新技術があったおかげです」

「魔法付与?」


 悠真がイライザに聞き返す。


「ええ、"魔法付与武装"を応用した技術です。魔宝石の魔力を人工的に取り出して、探索者シーカーでなくとも使えるようにしたんです。この街の防壁は、その力で構築しているんですよ」

「この街、全体を……ですか?」


 ルイは驚いてイライザを見る。


「はい、そうです。イギリスには大量の【水の魔物】が存在します。つまり【水の魔宝石】が多く手に入るということ。その魔宝石を使って、この"氷の王国アイスキングダム"は築かれているんですよ」


 イライザの話を聞いて、ルイは「そうなんですね」と納得する。

 第二階層の【氷魔法】を使って街全体を覆うなど、普通の探索者シーカーにできるはずがない。


「ここでは軍人が持つ武器も"魔法"の効果が付与されています」


 悠真とルイは、街を巡回する軍人に目を移す。黒い軍服を着た軍人たちだ。


「あの人たちが持っている銃もですか?」

「そうです。弾丸に"雷の魔力"が込められます。まだ海の往来ができた頃、近隣の国から"雷の魔宝石"が大量に輸入されました。そのおかげで、この国には雷の魔宝石が大量にあるんですよ」


 その話に悠真はハッとする。ドイツにあった魔宝石の保管庫。あそこには雷の魔宝石だけがなかった。

 そういうことか、と合点がてんがいく。

 他にも色々なことをイライザ聞きながら大通りを歩いていると、対面から来た人物が「あ!」と声を上げる。

 ルイと悠真が「なんだ?」と思い視線を向けると、そこに見知った顔があった。


「お前……天沢ルイじゃないか!?」


 大男がルイに声をかけた。

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