第207話 尋常ならざる力

 長く美しい髪をなびかせ、ザマラは稲妻を放つ剣を振るう。

 天使の胸元に斬りつけ、すぐに後ろに下がる。短く息を吐き、剣を構え直す。

 ザマラは焦っていた。本来はもっと深い階層にいるはずの天使が、こんな浅い場所まで出てくるなんて。

 それは多くの天使たちが上層に来ていることを意味する。

 すでに数体の天使が地上に出ていた。一体でも甚大な被害を出す天使を、これ以上野放しにする訳にはいかない。

 ザマラは右手に持つ魔法付与武装【聖剣クリス】に魔力を込める。

 波打つ刃が特徴的な剣を振りかぶった瞬間、後ろが騒がしくなる。なにが起きたのか分からず、チラリと目をやると、そこには見たことのない男が立っていた。

 ハンマーを持ち、赤と黒のバトルスーツを身に纏う。

 軽く薙いだハンマーが天使に当たると、風船が割れるように白い体が爆発した。

 天使は一瞬で砂となり、サラサラと空中に舞う。

 男はクルクルと武器を回し、左右から迫る天使にコツン、コツンと当てていく。

 パンッ、パンッと音が鳴り、今までいたはずの天使が爆散して消えてしまった。

 ただ地面に砂が広がるだけだ。

 あまりの出来事に、ザラマも他の探索者シーカーたちも唖然とする。

 最後に残ったのは、目の前にいる天使だけ。

 男がこちらに駆けてくる。ザマラは一瞬、身をすくめた。近くで見れば、男は肌も真っ黒。そこに血液のように赤い光が流れている。

 人間とは思えなかった。まるで魔人のような姿。

 動けないでいると、男はザマラの横を素通りし、大きなハンマーを躊躇なく振り抜いた。

 天使は爆発し、形を無くす。

 後には砂と火の粉だけが舞っていた。


「なんなんだ……いったい」


 ザマラは男を凝視する。赤い光は次第に消え、黒い体だけが残った。

 男は何事もなかったかのようにハンマーを下ろし、地面に散乱した天使の砂を見つめている。


「おい! あんた」


 ラフマッドと、彼が率いる探索者集団クラン【クジャタ】のメンバーが駆けつけて来た。


「すごいな! まさか、こんなに強いとは思わなかったよ」


 嬉々とした表情でラフマッドは男の肩を叩く。【クジャタ】の探索者たちも、天使が倒されたことに大喜びしていた。

 だがザマラは喜ぶ気になどなれなかった。なんだあの異常な力は、魔法なのか?

 色々な疑問が頭に浮かび、黒い男に困惑することになる。


 ◇◇◇


「ハハハッ、日本が【赤の王】を撃退したって聞いた時は、眉唾ものだと思ったが、

あんたの強さを見てたら本当だと思えてきたよ」


 ラフマッドは楽しそうに微笑む。悠真の肩を抱き、二階層の入口に向かって歩く。


「ここから先、俺と連れの三人で先行しようと思うんですけど、いいですか?」


 悠真はチラリと後ろを歩くルイと明人を見る。ルイは笑顔で頷き、明人は親指を立てた。


「ああ、もちろん! 俺たちとしても願ったり叶ったりだ。よろしく頼む!」

「はい!」


 二階層に入ってからは悠真たち三人が集団の先頭に立った。

 六体の下級天使【権天使プリンシパリティ】が向かって来たが、特に問題にならない。

 ルイが鞘から抜き放った"灼熱刀"は、流れるような動きで天使の首を刎ねた。傷口が爆発し、再生することなく砂となる。

 明人が黒い稲妻を纏う"ゲイ・ボルグ"を突き立てれば、天使の体は爆散し、跡形もなく吹っ飛んだ。

 その様子は、ラフマッドたちインドネシアの探索者シーカーを驚かせるには充分なインパクトだった。だが、それ以上に彼らを驚かせたのは悠真の戦い方だ。

 恐ろしい速度で大地を駆け、ハンマーを振り抜く。

 鉄槌に触れた瞬間、天使は木っ端微塵に爆発した。さらに速度を上げ、天使がなにもできないうちに追撃をかける。

 軽く打ちつけたハンマーは、天使の上半身を吹き飛ばす。

 距離を取ろうとバックステップした天使も、悠真が投げたハンマーに当たり、爆発して粉々になった。

 再生するものは一体もいない。全て燃え尽き、灰となる。

 悠真は【液体金属】で作ったチェーンを引き、ハンマーを手元に戻す。


「いやいや、凄すぎるぜ。これなら今日中に最下層までいけるかもしれん」


 ラフマッドの言葉通り、そこからの攻略は迅速だった。

 悠真たち三人は天使を始め、出現する白の魔物を全て一撃で倒していく。

 ルイや明人もエンシェント・ドラゴンとの戦いを通し、マナ指数が8000を超えていた。もはや並の魔物では相手にならない。

 三人の快進撃に、インドネシアの探索者シーカーたちは出番がない。

 集団はあっと言う間に、地下二十階層まで辿り着く。

 そして――


「ここが二十階層か、今までと雰囲気が違うね」


 ルイの言葉に、悠真も頷く。


「ああ、なんだか……綺麗だな」


 今いるのはドーム状の広い空間、コンクリート造りのような建物だが、壁や天井がキラキラと輝いている。

 光の粒は空中で集まり、徐々に形を成してゆく。


「あれは――まずいぞ!」


 ラフマッドが叫び、辺りに緊張が走る。悠真たちはなんのことか分からず、ただ光を見つめることしかできない。

 光は人の形へと変わっていく。それは翼の生えた天使の姿。


「中級の天使、主天使ドミニオンだ!!」


 現れたのは三体の天使。その内の一体が翼をはためかせ、一気に下降してきた。

 向かったのはインドネシアの探索者集団クラン。翼があるせいか、下級天使とは比べものにならない速さだ。

 天使は右手に持った"光の短剣"を、探索者シーカーの男性に突き立てる。

 それほど大きな傷には見えなかったが、男性は白目を剥いてよろめいた。傷口がボコリと膨らみ、モコモコと巨大化してバンッと弾けた。

 男性は無残な姿で倒れる。とても助かる状態ではない。


「なんやねん、あれ!?」


 異常な攻撃に明人が顔を歪める。ラフマッドが仲間を散開させつつ、明人の側までやってきた。


「あの光の剣に触れてはダメだ。あれは生命力を膨張させる魔法と言われてる。生き物が触れると即死するぞ!」

「むちゃくちゃやないか! そんなんがおるなんて、初めて聞いたで」


 明人は天使を警戒しながら槍を構える。すると上空にいた天使が急下降してきた。

 狙われたのは悠真だ。


「おい、悠真! 天使の短剣には触れるな。危ないで!」


 明人が大声で叫ぶが、悠真は動く気配がない。天使は手に持った"光の短剣"を悠真に胸元に突き立てた。


「「あっ!?」」


 ルイと明人の声が重なる。ラフマッドやインドネシアの探索者シーカーたちも絶句したが、悠真の体にはなんの変化もない。

 どうなったのか分からず、誰もが黙り込む。

 すると、悠真が左手を上げ、天使の右手を掴んだ。主天使ドミニオンは腕を引こうとしたが、ピクリとも動かない。

 天使の腕はジュゥゥゥゥと煙を上げる。必死で藻掻き始める白き魔物。

 悠真は【火の魔力】を天使に流し込む。天使の体は朱色に輝き、ボコリと膨らんでいく。

 二倍ほどの大きさになった瞬間、辺りに光りが広がる。

 主天使ドミニオンは大爆発し、跡形もなく粉々に吹き飛んだ。

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