第222話 "樹"の魔物

 激しい爆発が起きて樹のみきえぐれ、枝が弾けて燃え上がる。

 ルイは攻撃の手を緩めず、立て続けに『根』『幹』『枝』と斬撃を叩き込み、爆発させた。

 動く"樹"は体表や葉を燃やしているものの、それを物ともせず前進してくる。


「やっぱり、傷を再生してる」


 ルイは"樹"から距離を取り、剣を下段に構え直す。


「そんなチマチマやってても倒せへんで! ワイがやるから下がっとけ!!」


 ゲイ・ボルグを肩に乗せていた明人が前に出てくる。切っ先を"樹"に向け、ニヤリと笑った。

 次の瞬間、光が弾け、明人の姿が消える。

 高速で移動する明人に、カルパヴリクシャはついていくことができない。


「喰らえ!!」


 ゲイ・ボルグによる突きの嵐。黒い稲妻がほとばしり、根や幹を破壊してゆく。

 さらに頭上から落ちてきた雷が"樹"に直撃し、枝が裂けて炎上した。


「どや!? さすがに効いたやろ?」


 明人は自信あり気に言ったが、"樹"は何事もなかったかのように再生していく。

 

「おいおい、嘘やろ? なんやコイツの再生能力……"赤の魔物"以上か!?」


 ルイも困惑した。再生能力は【白のダンジョン 】の魔物が最も高く、次に赤、緑と続く。

 だが『第二階層の魔法』を使っても回復するなら、白のダンジョンを超える再生能力があるとしか思えない。

 そんなことを考えている間に、"樹"は頭上の葉を手裏剣のように飛ばしてきた。

 ルイと明人は"魔法障壁"を展開し、全ての葉を防ぎ切る。


「こんなしぶといヤツは久しぶりやで、二人で一斉に攻撃するか?」


 明人の提案にルイが乗ろうとした時、避難を指揮していたダーシャが大声を上げる。


「そいつは本体を叩かないとダメだ。植物の部分は"マナ"の補給を受けていくらでも再生する。本体を見つけ出せ!」


 それを聞いて明人が眉をひそめる。


「簡単に言うてくれるで。本体ちゅーても、どれぐらいの大きさで、どの部分におんねん? さっぱり分からんやないか!」

「とにかく見えてる部分は全部吹き飛ばすしかないよ」


 ルイの言葉に、明人が「しゃーないな」と返す。二人は地面を蹴ってカルパヴリクシャの胸元へと飛び込んだ。

 枝や根の攻撃が飛んでくるが、それを紙一重で避け、ルイと明人は渾身の一撃を入れる。


「うおおおおおお!!」


 ルイの斬撃は"樹"の四分の一を吹き飛ばす。葉は燃え上がり、枝も大部分が灰になっていく。


「こっちも負けへんで!!」


 明人が槍を振れば、特大の雷が"樹"に直撃した。バリバリと音を立て、幹の中心を引き裂く。

 二人は間髪入れず、そのまま二撃目を叩き込んだ。

 これには"樹"の魔物も耐えきれず、根元からボッキリと折れ、燃え上がって黒炭くろずみになっていく。「ふぅー、やっと終わったか」と明人が安堵していると、樹の根元から這い出してくる。

 五十センチはあろうかという"ショウリョウバッタ"のような魔物。

 フラつきながらも、ルイや明人から逃げようとしていた。


「こいつが本体……根元におったんか!」


 明人は槍の穂先ほさきをバッタに突き立てる。カルパヴリクシャの本体は一瞬ビクリと反応するが、すぐに動きを止め砂へと変わった。


「取りあえず、この辺りの魔物は大丈夫やろな。あとは……」

「ああ、悠真が後方の魔物を抑えてくれれば、全員避難はできると思う」


 ルイと明人は逃げ出してくるインドの探索者シーカーを見ながら、悠真がいるであろう山奥へと視線を移した。

 

 ◇◇◇


 暗い道を抜け、小高い丘の上に立つ。

 眼下に広がる光景に、悠真は思わず息を飲んだ。


「おお……この数は……」


 山道を埋め尽くす虫、虫、虫の大群。眼が赤く発光しているため、暗がりに浮かび上がる魔物の姿は、より不気味さを増していた。

 空には巨大な羽虫が飛び交い、動いている"樹"までいる。


「こんなにいるのか……確かにこの数の魔物に襲われたら一溜ひとたまりもないよな」


 進んでいる速度もかなり早い。このままではインドの探索者シーカーたちが避難する町まで来るかもしれない。


「ここで片付けるしかないな」


 悠真はフンッと体に力を入れた。全身が黒く染まり、着ていた服は体内に取り込まれていく。

 体表は黒い鎧に覆われ、頭からは角が伸びる。

 凶悪なキバも生え、鋭い眼光は敵の群れを捉えた。

 右手に持った【可変式ピッケル】に"液体金属"を流し込む。幸いインドの探索者シーカーは全員避難し、ここには誰もいない。

 この姿で戦っても、それを見る人間はいないのだ。


「これで遠慮なく暴れられる!」


 悠真は丘から駆け下り、ハンマーに変化させたピッケルに"火の魔力"を流し込む。襲いかかってくるトンボのような魔物を打ち払い、さらに速度を上げた。

 大きなゲジゲジやヤスデが向かってくる。

 悠真は慌てず、煮えたぎるハンマーを振るう。マグマの鉄槌に当たった虫の魔物は爆発して弾け飛んだ。

 やはり"火の魔力"を纏ったハンマーの攻撃は絶大で、どんな魔物であろうと充分な威力を発揮する。

 自信を深めた悠真は、血塗られたブラッディー・鉱石オアを発動した。

 恐ろしい速さで森林地帯を駆け抜け、数十体の魔物を次々とほふっていく。


「これなら充分やれそうだ」


 そう確信した時、目の前に動く樹が立ちはだかった。悠真は思わず足を止める。


「こいつも魔物なのか……? 虫の魔物しかいないって話だったけど……」


 やや戸惑ったものの、まあいいかと思い"樹"の魔物にハンマーを叩きつける。激しい爆発が起き、樹の半分が吹き飛んだ。

 燃え上がる樹を横目に、先に進もうとした悠真だが、背後からゾワリとした感覚に襲われる。

 振り返ると、太い根が波打ちながら襲いかかってくる。

 悠真は防御したが、あまりの衝撃に吹っ飛ばされた。地面に背中を打ちつけ、転がって岩場に激突する。


「くそ……なんだ!?」


 頭を振ってから立ち上がり、"樹"の魔物を睨む。幹は破壊され燃えていたが、徐々に再生していた。


「この再生能力……深層の魔物か!」


 "樹"の魔物はつたや根を振るってくる。凄まじいパワーだが、当たったところでダメージはない。気をつけるべきはタフさだけってことか。

 よく見れば同じような"樹"の魔物が他に二体いる。計三体。


「上等だ!」


 悠真はギアを一段上げる。何度も再生するなら、だけだ。

 燃え盛るハンマーを樹の根元に叩きつけた。

 爆炎が二十メートル以上噴き上がり、樹の一部が消し炭になる。さらにハンマーを横に薙ぎ、樹のみきをごっそりとえぐった。

 樹は熱で溶解し、炎に包まれ炎上する。

 もう再生する様子はない。悠真は残り二体の樹も倒そうと走り出した。一体の樹にハンマーを打ちつけ、大爆発を起こす。

 さらに一撃を打ち込み、爆炎の中に沈めた。

 もう一体の"樹"も倒そうとハンマーを振り上げた瞬間、腕や足につたが絡みつく。


「うお!? なんだこいつ……」


 植物とは思えない力で締め上げてくるが、悠真はそれほどの脅威を感じなかった。つたを握り、"火の魔力"を流す。

 炎はつたを伝い、本体に飛び火して焼いていく。

 藻掻き苦しむ魔物に対し、悠真は左の拳を引いた。一気に踏み込み、左の正拳突きを叩き込む。

 拳は幹に突き刺さり、爆発して"樹"に大穴を空けた。

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