第221話 退路を巡る戦い

「それで、魔物は何匹ほど回り込んでる?」


 ダーシャは湾曲した剣を右手に携え、部下の男に尋ねた。


「は、はい! 少なくとも二百匹以上の魔物が確認されています。時間が経てば、さらに増える可能性も……」


 報告を聞いたダーシャはわずかに顔をしかめる。サッダーサンプールから南東に抜ける道が塞がれれば、ここに集まった探索者シーカーは全滅する。

 このルートは、なにがなんでも確保しなくてはならない。

 ダーシャたちが走る速度を早めると、視線の先に複数の影がうごめく。

 全員が足を止め、緊張が走った。ブゥゥゥンと無数の羽音が聞こえる。辺りはすでに暗くなっていたが、近づいてくる魔物がトンボに似ていることは見て取れた。


「メガネワラか……うっとおしいヤツらだ」


 地面には巨大なヤスデのような虫もいる。黒いゴツゴツとした甲殻、その硬さが知られる魔物、"アースロプレウラ"。

 こちらも群れをなして向かってきた。

 ダーシャは剣に【風の魔力】を流す。


「気を抜くな。絶対にここを突破する!」

「「「はい!!」」」


 全員が武器を構え、魔物たちに向かって突っ込んでいく。

 ダーシャの剣に風が渦巻き、振り切れば風が無数の刃へと変わって魔物に襲いかかった。

 巨大なトンボは簡単に斬り裂かれ、地上へと落ちていく。

 さらにダーシャがコンダクターのように剣を振るえば、風は複雑に揺らめき、近くにいた魔物の命を刈り取っていった。

 インド最強の探索者シーカーダーシャ・バラモンの手並に、周りの探索者シーカーたちは思わず息を飲む。


「お、俺たちも続くぞ!」

「おお!」


 男たちは手にしていた斧や槍を振るい、ヤスデの魔物を攻撃していく。

 百体近くの魔物と、数十人の探索者シーカーが入り乱れ、戦いは混戦の様相をていする。


「このまま押し切って退路を確保しろ!!」


 ダーシャの号令と共に探索者シーカーたちは勢いを増し、魔物を押し込んでいった。

 このまま行ける! とダーシャが確信した瞬間、探索者シーカーの一人がふわりと浮き、空中に投げ出された。


「なっ!?」


 なにが起きたのか分からない。男の探索者シーカーは空中で止まり、うめき声を上げながらからびていく。

 先ほどまで筋骨隆々な体躯だった男が、今は骨と皮だけになっていた。


「あれは……」


 ダーシャはその様子に見覚えがあった。

 体内の『血』や『水分』、そして『マナ』を吸い取られた人間がおちいる状態。このインドにおいて最も恐れられている【深層の魔物】。


も来ていたのか」


 ダーシャはギリッと奥歯を噛んだ。暗がりから現れたのは根を器用に動かし、移動する大きな"樹"。


「カルパヴリクシャだ! 全員、散開しろ!!」


 ダーシャの言葉に、周りにいた探索者シーカーたちはすぐに反応する。枝をムチのようにしならせ、器用に根を使って移動してくる"悪魔の植物"。

 数多の探索者シーカーほふってきた怪物だけに、その脅威は全員知っていた。


「絶対に近づくなよ。枝や根に捕まれば終わりだからな」

「「はい!」」


 一定の距離を取りながら、ダーシャたちはカルパヴリクシャを囲い込んでいく。

 探索者シーカーたちが持つ剣や槍に、風や炎の魔力が宿る。一斉に放たれた魔法による攻撃。悪魔の樹に直撃し、激しく燃え上がった。


「どうだ……?」


 燃える樹を見ながらダーシャがつぶやく。数十人の探索者シーカーによる一斉攻撃、いかに【深層の魔物】とはいえ無事で済むとは思えなかった。だが――

 地中からなにかが飛び出す。「え!?」と呆気に取られている間に足に絡みつき、ダーシャは逆さづりの状態で持ち上げられた。


「くっ! こいつ」


 地中から伸びたつたに絡めとられた。視線を化物に向ければ、"悪魔の樹"はチリチリと残火を纏いながらこちらにやって来る。

 体表には風魔法や火魔法によってつけられた傷があったが、徐々に治っていた。


「再生能力……やはり【深層の魔物】相手ではが悪いか……」


 ダーシャは剣を振るって足のつたを斬り裂き、空中で一回転して地面に着地した。

 自分は助かることができたが、部下の探索者シーカー三人が蔦に絡めとられ、体から血や水分、マナなどを抜かれている。



「ああああああああああ!?」

「だずげ……で……」

「いやああああああああ!!」


 三人が三人ともからびたミイラのように無残な姿になっていく。ダーシャは怒りが込み上げてくるのを感じたが、迂闊うかつに近づくことはできない。

 それほど強い相手だ。

 とは言え、もたもたしていれば後ろからくる魔物に追いつかれ、こちらが全滅することも有り得る。

 急いで始末しなくては――

 そう思った瞬間、頭上から黒い影が飛来した。トンボのような魔物、メガネワラが襲いかかってきたのだ。

 ダーシャはすぐに剣で打ち払ったが、一瞬のスキが生まれる。

 悪魔の樹が繰り出してきた根による攻撃で足をすくわれ、派手に転んでしまった。

 ダーシャ以外にも仲間が弾き飛ばされ、大怪我を負っていく。地面に突っ伏したダーシャは苦悶の表情でカルパヴリクシャを見た。

 深層の魔物は太い根を振り上げ、止めを刺そうとしている。


「くそ……足の骨が折れたか……正面から迎え撃つしかない!」


 ダーシャはフラつきながらも立ち上がり、剣を正眼に構えた。全魔力を剣に込め、一撃にかける。

 容赦なく振り下ろされた巨大な根。

 緑色のオーラに包まれた剣で受けようとした刹那、赤い閃光が正面の根に当たって彼方かなたに抜けていく。

 太い根はまっぷたつに切断され、爆発した。

 衝撃で後ろに飛ばされたダーシャだったが、"風の障壁"を前面に展開してなんとか耐え切る。


「ダーシャさん!」

「天沢……来てくれたか……」


 武器を構えたルイと明人が、ダーシャの元へと駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


 ルイに肩を支えられ、ダーシャはフフと微笑む。


「みっともない姿を見せてしまったな。足をやられて思うように動けん」

「分かりました。あとは僕たちがやります。みなさんは下がっていてください」


 ルイと明人が前に出て、悪魔の樹"カルパヴリクシャ"と相対する。

 ダーシャを始め、インドの探索者シーカーたちは、ゴクリと喉を鳴らした。この二人がどれだけ強いか、全員が理解していたからだ。


「気をつけろ、は【深層の魔物】……虫が樹に寄生して、操っているんだ!」


 ダーシャの言葉にルイはコクリと頷く。魔物から感じるプレッシャーで、相手が深層の魔物だということは分かっていた。

 慎重に足を運び、相手との間合いを詰めていく。


「取りあえず、本体の虫を殺せばええちゅうことやな」

「ああ、僕がやるよ」


 ルイは灼熱刀を下段に構え、一気に駆け出す。足の裏で小さな爆発を起こし、移動速度を上げていく。

 魔物との距離を一瞬で詰め、燃えさかる剣で薙ぎ払った。

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