第223話 炎の変身

「おお……それなりに威力はあるな。でもハンマーの火力には及ばないか」


 悠真は左手を何度も握ったり、開いたりして感覚を確かめる。

 火魔法で色々試してみようと思ったが、やはり拳や武器に纏わせて爆発させるくらいしかできないようだ。


「まあ、仕方ない」


 悠真はもう一度ハンマーを握り直し、再生し始めた"樹"の魔物に向かって振り下ろす。思い切り爆発炎上したあと、炎は高く立ち昇り、火柱となって燃え続けた。

 "樹"の魔物が砂に変わったのは、約一分後。

 そこそこ強い魔物ではあるが、倒せないほどではない。そう思って山間を見た時、悠真はギョッとした。


「ええ!? あれ全部……"樹"の魔物なのか?」


 周囲の森と同化していたため分かりずらかったが、動いている樹が何本もある。

 その数は少なく見積もっても百体以上。それ以外の虫の魔物も入れれば、軽く千体はいる。


「これは……チマチマ倒してらんねーぞ」


 インドの探索者シーカーたちが逃げる時間を稼げればいいんだろうが、この数の魔物がダンジョン周辺にいるのは厄介だ。攻略に支障が出る。

 悠真は見える範囲の敵を倒そうと考えたものの、普通に戦っていてはキリがない。


「試してみるか……」


 悠真は持っていたハンマーをピッケルに戻し、背中に回す。液体金属でピッケルを背中に固定してから左手の甲を見る。そこにあるのはキマイラの五つの玉。


「ぶっつけ本番だけど、うまくいってくれよ!」


 玉の一つが眩い光を放ち、悠真の体が徐々に変わる。

 筋肉が盛り上がり、手が伸びて翼膜が広がっていく。体の色が黒から赤へと変化し、伸びた首の先に凶悪なアギトが見えた。


 ――エンシェント・ドラゴン!


 大きな体躯の竜へ変身した悠真は、斜面を登ってくる魔物の群れを見据える。

 口から空気を取り込み、肺に入れて"灼熱の魔力"へと変換した。


 ――喰らえ!!


 吐き出された【炎のブレス】は、三百メートル以上地面を駆ける。巻き込まれた魔物たちは一瞬で焼き尽くされ、逃げる間もなく死んでいった。

 一番強かった"樹"の魔物も例外ではない。

 灼熱の業火に飲まれ、ジタバタと枝や根を動かしながら死んでゆく。

 上空からは羽虫が何匹も突っ込んでくるが、エンシェント・ドラゴンが纏う"炎の障壁"を突破できない。障壁にぶつかった羽虫は、全て燃え尽きた。


 ――よしよし、うまくいったな。あとは……。


 悠真は腕を大きく振るい、何度も羽ばたいて飛ぼうとした。以前カラスに変身した時はまったく浮かなかったが……。


 ――おおっ!?


 体がふわりと浮き上がる。カラスどころではない巨躯が宙に舞う。


 ――すげえええええ! ホントに空を飛んでるぞ!!


 悠真は感激すら覚えたが、飛行を楽しんでいる場合ではない。地上を見下ろせば数限りない虫の魔物が跋扈ばっこしていた。


 ――こいつらを全部焼き尽くさないと。


 上空から"炎のブレス"を吐き出す。地上にいる魔物たちは、すべなく炎に巻かれていった。

 飛行しながら広範囲に炎を撒き散らし、虫や樹の魔物を火の海に沈めていく。


 ――これは凄いぞ。どれだけ数がいても関係ない!


 悠真はご満悦で上空を飛び回っていたが、突然体の動きが止まる。


 ――な、なんだ!?


 長い首を回して脚を見れば、根のようなものが数本巻きついていた。チリチリと燃えながらも、しっかり脚に絡みついている。

 地上を見れば、"樹"の魔物が徒党を組み、根っこを伸ばしていた。

 "炎の障壁"を突破してくる力。やはりエンシェント・ドラゴンと同レベルの実力があるのだろう。

 根は燃やされながらも、恐ろしい力で脚を引いてくる。

 悠真は上空で"炎のブレス"を放ち、二体の"樹"を焼き尽くした。だが、新たに三体の"樹"が根っこを伸ばして脚や尻尾に巻き付けてくる。


 ――くそっ! これじゃあキリがない。


 悠真はドラゴンの左手にある、五つの宝玉に意識を集中させる。

 体がカッと瞬き、火花が散って竜の姿が消えた。突然、たため、"樹"の魔物たちはキョロキョロと辺りを見回す。

 そんな樹々の間を、赤い魔犬が走り抜けた。


 ――いぃぃぃやっほおおおお!!


 ヘルガルムに変身した悠真は、気持ちよさそうに魔物の間を抜けていく。

 "樹"の魔物の背後に回り込むと、息を吸い込み口から火球を放った。火の玉は"樹"に直撃し、爆発して炎上する。

 炎に巻かれた"樹"は、苦しそうに悶えていた。


 ――おお! 本物のヘルガルムは爆発魔法なんて使えなかったけど、俺なら使えるってことか……これはいい!


 悠真は気を良くして駆け回り、次々と火球を放っていった。

 "樹"や虫の魔物は爆発して燃え上がっていく。ヘルガルムは敏捷性が高く、つたや根に捕まることはない。だが火力不足か。

 ヘルガルムが吐き出す火球だけでは、"樹"の魔物を倒し切ることができない。


 ――もっと火力がある魔物に……。


 悠真は五つの宝玉を意識する。玉の一つが輝き、赤い魔犬は舞い上がる炎の中へと消えていく。

 いまだ大量にいる魔物たちが集まってきた。

 そんな魔物たちの前に、悠真は再び姿を現す。見えてきたのは筋骨隆々の体躯、ひたいからは二本の角が伸び、肩や背中にはメラメラと炎が立ちのぼる。


『赤のオーガ』


 悠真が倒した強力な魔物であり、恐ろしい火力と再生能力を持っていた。

 コピーしてはいたものの、どれぐらい能力を再現できるかは分からない。やや不安はあったが、取りあえず"火魔法"を使ってみることにした。

 まずは近くまで迫ってきたこのゲジゲジを――

 悠真はヒューと息を吸い込み、一気に吐き出した。凄まじい火炎が周囲に広がる。

 エンシェント・ドラゴンほど遠くまで燃やせないが、二十メートル以内のゲジゲジは全て焼き尽くした。

 火の威力に満足しつつ、今度は拳に魔力を込める。

 右の拳を腰まで引き、火炎の"正拳突き"を放った。

 赤のオーガと戦っていた時、相手がよく使っていた技。自分でもできるかと思いやってみたが、効果は絶大だった。

 大量の炎が拳の直線上に噴き出し、"樹"の魔物を飲み込んでいく。

 炎の勢いは止まらず、大蛇のような形になって地面を這い回った。火の大蛇に触れた魔物は例外なく燃え上がり、焼き尽くされて形をなくす。

 大蛇はさらに速度をあげ、大きな口を開けて"樹"の魔物に噛みついた。

 その瞬間、眼も眩むほどの爆発が起こる。あまりの衝撃に、悠真は二歩、三歩と後ろに下がる。

 モクモクと立ち込めた煙が晴れると、根元から上が全て吹き飛んだ"樹"が見えた。

 動く様子はなく、砂へと変わる。


『おお……凄い。これ【第三階層の火魔法】じゃないのか!?』


 "樹"を一撃で倒したことも驚きだが、火が自由自在に形を変え、大蛇のように動き回ったことにはもっと驚いた。

 悠真は自分の両手をマジマジと見る。

 この『赤のオーガ』、身体能力こそ『金属鎧』に及ばないものの、火魔法に関してはとてもうまく使いこなせる。


『もしかして、ルイの"火魔法"を超えたんじゃ……』

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