第205話 宗教の違うクラン

 二日後、悠真たちが宿泊するホテルに、ヘンドリが黒塗りのリムジンで迎えにきた。準備を終えていた三人は、すぐに車に乗り込む。

 

「もう、インドネシアの探索者集団クランは現地に集まっていますね。到着したら紹介しますよ」


 助手席からヘンドリが話しかけてくる。


「白のダンジョンはサッカー場にあるんですよね?」


 ルイが尋ねると、ヘンドリは「ええ、そうです」と頷いた。


「六年前、球技場に突然大穴が空きましてね。政府機関のすぐ近くだったんで、けっこうな騒ぎになりましたよ。ただ"白のダンジョン"ということもあって、州の重要な収入源になってました」

「でも、魔物が出てくるようになったら、一番厄介なダンジョンですよね」


 ルイの意見に、ヘンドリは「そうなんですよ~」と苦笑いする。


「出てくる魔物が強すぎるんですよ。深層のダンジョンじゃないのに、上がってくるヤツらは【深層の魔物】に近いタフさがあって、なかなか討伐できません」


 ヘンドリは疲れたような溜息を漏らす。相当苦慮しているのだろう。

 悠真は思い返した。そもそも【深層の魔物】が厄介だと言われるのは、強力な再生能力があるからだ。

 しかし、"白のダンジョン"は低層でも再生する魔物がいる。

 六種類のダンジョンで最強と称されるのは伊達ではない。そのダンジョンを今から攻略しに行くのだ。気持ちを引き締めなくては。

 悠真がそんな事を考えている間に、車は目的地のサッカー場に到着した。

 日本のようにダンジョンを建造物ドームで覆ってはいない。単純にバリケードで立入禁止にしているだけだ。

 これでは魔物が出てきた時、そのまま市街地に行ってしまう。

 かなり危険だ。入口を管理している軍人が鉄柵を開け、車を通してくれる。

 リムジンが敷地内に入ると、そこには大勢の人間が集まっていた。どうやらインドネシアの探索者シーカーのようだ。

 ヘンドリと三人は車を降り、集団の元へと向かう。視線の先には武装した一人の男が立っていた。どうやら探索者集団クランのリーダーらしい。


「皆さん、ご紹介します。インドネシアを代表する探索者シーカー、ラフマッドさんです」


 悠真が一歩前に出て、ラフマッドと握手を交わす。身長は大きく、190センチはあるだろうか。

 褐色の肌にガッシリした体格。ムスリム用のペチと呼ばれる黒い帽子を被り、腰には宝飾された剣を携えている。魔法付与武装だろう。


「君たちの話は聞いている。よくインドネシアまで来てくれた。心から感謝するよ」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」


 悠真は笑顔で挨拶を交わしたが、ラフマッドは翻訳用のイヤホンはしていないようで、悠真の言葉はヘンドリが通訳してくれる。


「それと皆さん、もう一人ご紹介したい人が」


 ヘンドリに促され、今度は別の集団の元へ歩いていく。

 悠真はドキリとした。そこには一人の女性が立っていて、他の探索者シーカーたちと話をしている。

 背はスラリと高く、ウェーブのかかった綺麗な黒髪が一際ひときわ目を引く。

 褐色の肌で、日本とは異なる民族的なバトルスーツを着ていた。肌の露出が多いので目のやり場に困ったが、女性の顔は見とれるほど美しい。


「こちらはインドネシアの大規模探索者集団クラン『マハカーラー』のリーダーである、ザマラさんです」

「ど、どうも」


 悠真は頭を掻きながら右手を差し出したが、ザマラは冷たい目で見つめるだけだ。


「お前らか、日本から来た探索者シーカーというのは」


 悠真はゆっくりと右手を下ろす。どうやら歓迎されてないようだ。


「インドネシアのことは、インドネシアの人間が解決する。足を運んでもらって悪いが、お前たちの助力は不要だ。帰れ」


 ザマラはプイッと身をひるがえし、去っていった。ヘンドリは「ははは」と苦笑いを浮かべ悠真を見る。


「すいません。彼女はラフマッドと宗教が違っておりまして……少し排他的な所があるんですが、悪気はないんです。どうかお許し下さい」

「宗教……ですか?」

「ええ、この国では宗教ごとに探索者集団クランがあって、それぞれ考え方や戦い方が違うんですよ」

「そうなんですか」


 悠真は不思議な気持ちになる。日本では探索者シーカーと宗教が結びつくことなどないからだ。


「これが、お国柄ってやつか」


 悠真は複雑な思いで、去っていくザマラの背中を見送った。


 ◇◇◇


 白のダンジョン攻略に参加する探索者シーカーたちが揃い、剥き出しの大穴に前で整列した。

 ラフマッド率いる探索者集団クラン、『クジャタ』は三十名ほどおり、ほとんどが男性だ。対してザマラ率いる探索者集団クラン『マハカーラー』は女性も多くいる華やかな集団に見える。

 悠真たちは後方に並び、出発の時を待っていた。


「そんで悠真、ホントに『金属化』して戦うんか? 絶対目立つからトラブルになるんちゃうんか?」


 明人に問われ、悠真は首を振る。


「出し惜しみはしない。さっさとダンジョンを攻略して、インドに行きたいからな。能力は使っていく」

「"黒鎧"に変身するんか? あの格好、怖すぎるで」

「いや、黒鎧にはならない。単純な『金属化』なら、体の色が変わるだけなんでそんなに目立たないし、ヘンドリさんにも変わった魔鉱石の力で体の色が変わることを伝えてあるんだ。ラフマッドさんたちにも話すって言ってくれたから、たぶん大丈夫だと思う」

「そうなんか? まあ、それならええけど。力はちゃんと使えるんかいな?」

「黒鎧の時ほど力は出ないけど、魔物を倒すには充分だと思う。ルイにも火魔法の練習を手伝ってもらったし、心配はいらないよ」


 悠真はチラリとルイを見る。『金属化』した状態なら、火魔法はある程度使えた。ルイにも太鼓判を押されたし、問題はないだろう。

 明人はポリポリと頭を掻き、「まあ、そんならええけど」と了承した。

 元々、悠真が変身すると余計なトラブルが起こるかもしれない。そう言って不安を口にしていただけに、今も納得してるか分からない。

 それでも、こんな所でモタモタしてる訳にはいかなかった。日本で楓が待っている以上、全力で魔宝石を集める。

 悠真に迷いはなかった。

 ラフマッドや政府関係者の演説が終わり、探索者シーカー全員が大穴に足を進める。一番後ろにいた悠真たちも、同じように前に進んだ。

 悠真は歩きながら、自分の右手を見た。

 『金属化』を何度か練習したことによって、体に服を取り込んだあと、金属で代わりの服を作り出せるようになっていた。

 遠くからは、黒いバトルスーツを着ているように見えるだろう。

 その姿なら人目に付きにくいし、心置きなく戦える。悠真は拳を握り込み、決意を新たにした。


「よし! 行こう」


 悠真はピッケルを下段に構え、ルイ、明人と共にダンジョンへと入っていった。

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