第206話 低級な御使い

 五十人以上の探索者シーカーたちは、吸い込まれるように大穴へと足を踏み入れる。

 悠真が見たダンジョンの中部は、今まで見たどの迷宮とも違っていた。灰色のレンガを積み上げたような人工的な構造。

 まっすぐ続く通路を、集団は長い列を作って歩いた。

 しばらくすると、抜けた空間に出る。今度は小さなドーム場の部屋だ。

 まだ一階層であるため、大した魔物は出てこないだろうと高をくくっていた悠真たちだが、周囲が緊迫していることに気づく。

 ドームの中央になにかいるようだ。

 悠真たち三人は、人垣を掻き分け先頭に出る。視界が開けて前を見ると、そこには白いがいた。

 身長は170センチぐらい、髪や顔はなく、まるでマネキンのようだ。


「なんだ……あれ?」


 悠真がぼそりとつぶやくと、後ろにいた明人が答える。


「あれ……天使やないか?」

「え?」


 天使? と悠真の頭に疑問符が浮かんだ。そんな魔物は聞いたことがない。明人はそんな悠真に気づいたのか、頭を振って口を開く。


「天使は極稀ごくまれに【白のダンジョン】で見つかる珍しい魔物や。浅い階層から出てくるらしいが、強いって聞くな。ワイも詳しくは知らんけど、並の探索者シーカーやったら手を焼くんちゃうか?」

「じゃあ、アイツも強いってことか?」

「まあ、そうは言っても、最下級の天使みたいやからな。そこまでちゃうやろ、インドネシアの探索者シーカーさんのお手並み拝見やな」


 明人はそう言うと、持っていた【ゲイ・ボルグ】を床に突き刺し、腕を組んで成り行きを見守る。

 ルイも戦わないようだ。悠真は焦る気持ちもあったが、ここは明人の言う通り、ラフマッドたちに任せることにした。


 ◇◇◇


 ラフマッドは腰から剣を抜く。それはインドネシアの聖剣【クリス】を模して作られた魔法付与武装。

 ゆっくりと魔力を流し、炎を灯す。

 ラフマッドは駆け出して一気に斬りかかった。

 横に薙いだ斬撃は、天使の胴を両断。白い体が二つに分かれる。振り返ったラフマッドが大声で叫ぶ。


「今だ! 畳み掛けろ!!」


 探索者集団クラン探索者シーカーたちが一斉に斬りかかった。

『風』と『炎』と『雷』を宿した武器が、天使の体を貫いていく。勝負はついたと思われた瞬間、天使の体は一気に膨れ上がる。


「くそっ! 魔力が足りないか」


 ラフマッドは臍を噛む。膨れ上がった二つの体は、急速に縮んで人型へと代わる。

 現れたのは二体の天使。最初にいた下級天使が増えたことに、悠真たちは自分の目を疑った。


「おいおいおいおい、なんやあれ!?」


 明人が困惑した視線を向ける。三人が動揺している内に、探索者シーカーたちによって斬り裂かれた体が、また膨れ上がった。

 今度は全部で四体。天使は何事もなかったかのようにたたずんでいる。

 ザラマの探索者集団クランも参加し、数十人掛かりで攻撃するが、天使はその攻撃を巧みにかわしていく。

 雷をまとううザラマの斬撃が天使を斬り裂く。

 しかし、斬り捨てられた天使の体は、ぷくりと膨れ上がり、また別の天使へと変化してしまう。天使の数は現在五体。


「一撃で倒せないと分裂して増えていくんだ。僕らも加勢した方がいい!」


 ルイが刀の柄に手をかける。明人も「せやな!」と言って槍を掴んだ。

 だが、そんな二人の動きがピタリと止まる。自分たちの背後から、恐ろしいほどの熱波が伝わってきたからだ。

 後ろを振り返った二人は、思わず息を飲む。

 悠真の体が黒く染まり、赤い筋が何本も走っている。持った武器もピッケルから"ハンマー"に変わっていた。

 全身から蒸気が噴き出し、足元はグツグツと煮えたぎる。

 いま悠真に近づけば、ただでは済まないだろう。ルイと明人は一歩、二歩と後ろに下がった。


「俺が行ってくる。一階層でモタモタしてらんねーからな!」

「悠真、気をつけて。下級の天使とはいえ、かなり強いみたいだ」


 ルイの言葉に「ああ、分かってる」と答え、持っているハンマーに力を込めた。

 金属コーティングされたハンマーの表面は、マグマのような血脈が流れる。悠真は煮えたぎる地面を蹴り、天使に向かって突っ込んだ。


 ◇◇◇


 ラフマッドは自身の剣にありったけの魔力を込める。

 目の前にいるのは白のダンジョンに生息する低位の天使、【権天使プリンシパリティ】。

 本来はもっと深い階層にいるはずの魔物のはず。それがこんな所にいることにラフマッドは驚いたが引き返す訳にはいかない。

 時間が経てば、何体もの天使が地上に出てくるだろう。

 全戦力を投入した、この機会に倒さなくては。ラフマッドは炎を噴き出した剣をかまえ、天使の胸元に突き立てた。

 炎は敵の全身に広がり、火の渦に巻き込んでいく。

 焼き尽くされた天使の体はボロボロと崩れ始め、砂へと帰っていった。


「まず一体……くそっ! 魔力を使い過ぎたか」


 まだ四体の天使が残っている。一体を狩るのに手間をかけすぎた。

 ラフマッドは振り返り、他の探索者シーカーの戦いを見る。ザラマは善戦しているようだが、それ以外は苦戦していた。

 下手に攻撃すれば、また天使が増える可能性もある。

 ラフマッドは剣をかかげ、自分も攻撃に加わろうとした時、ふいに目の端でを捉えた。

 真赤に燃えるような体。

 大きなハンマーを持ち、こちらに向かって走ってくる。

 ラフマッドは一瞬新手の魔物かと思ったが、そうではない。よく見れば人間だ。

 黒い体に何本もの赤い筋が入っており、ギラギラとマグマのように輝いている。

 

「あれは……日本から来た探索者シーカーの男か!」


 赤く輝く男は地面を蹴って跳躍した。

 ハンマーを振り上げ、眼下の天使に狙いをつける。恐ろしい速さで振り下ろされた一撃は、天使の頭に炸裂した。

 大きな爆発が起こり、天使の上半身が消し飛ぶ。

 ラフマッドは目を疑った。天使の下半身は傷口がチリチリと燃えており、再生することなく砂へと変わってゆく。

 男はハンマーを持ち上げ、何事もなかったかのように別の天使に目を向ける。


「あれは爆発魔法!? なんなんだ……あいつは?」

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