第204話 炎の鎧

 ルイは慌てて湯桶の水を悠真にぶっかけたが、炎が噴き上がって辺りに飛び散る。

 悠真の右手の炎は消えたものの、火の粉が床やベッドに燃え移り、燃え始めた。

 明人は枕で火を叩き、ルイもラグカーペットの火を必死で踏みつける。悠真は火傷した右手を振りつつ、左手で水魔法を使った。

 野球のボールくらいの大きさの水球が飛んでいき、炎を消し止める。

 三分ほどで火が収まると、三人は部屋の中で呆然とした。インドネシア到着初日、まさか宿泊する部屋でボヤを起こすとは思わなかった。

 最初に口を開いたのは明人だ。


「なに、部屋を燃やしとんねん!? 不器用すぎるやろ!」

「ご、ごめん……」


 明人は噛みつきそうな勢いで怒鳴り散らした。


「まあまあ、部屋で試そうとした僕が悪かったんだよ。外でやるべきだった。悠真、ここを掃除したらホテルの庭でもう一回試してみよう」

「あ、ああ。分かった」


 その後は三人で部屋を片付ける。明人は「なんでワイがこんなことを」とブツブツ文句を言いながらも手伝ってくれた。

 ホテルの従業員に部屋を燃やしたことを謝り、なんとかゆるしてもらう。

 修繕費用は州政府に請求するから大丈夫と言われたが、悠真はヘンドリの顔を思い浮かべ、申し訳ない気持ちになった。

 「ワイはもう寝るからな」とふて寝した明人を残して、悠真とルイはホテルの中庭に移動する。


「ここなら火事の心配はないから、思いっきりできるね。もう一度集中して火魔法を使ってみよう」

「お、おう」


 ルイに促され、悠真は右手の人差し指を立て、左手を添えた。

 意識を集中し、"火"のイメージを頭に浮かべる。徐々に指先が熱くなってきた。

 ボッという音と共に火が灯る。今度は両手が燃えていた。


「ぎゃああああああああああ!?」

「悠真! 大丈夫!?」


 二人は慌てて火を消そうとする。ルイは手で火を叩き、悠真は水魔法を使ってなんとか消火することができた。

 「心臓に悪いよ」と、ぼやくルイと一緒に、悠真は地べたに腰を下ろした。


「やっぱり、【赤の王】の魔宝石が強すぎて、使いこなすのが難しいのかな?」

「どうだろう。俺は"火魔法"を使うのが初めてだから、単に慣れてないだけかもしれないけど」


 悠真は手をさする。右手に軽い火傷を負ったようだ。

 左手に意識を集中すると、ほのかな光を発する。覚えたての"回復魔法"を使ってみた。右手の火傷が、少しづつ治っていく。


「回復魔法は使えるんだ。火魔法に水魔法、回復魔法も使えるのか……不器用なんだか器用なんだか分からないね」


 ルイは苦笑いしながら言った。


「確かに……でも、火魔法がうまく使えないのに、回復魔法が使えるのはなんでだ? なにか理由でもあるのかな」

「相性かもしれないよ」

「相性?」


 ルイの話に、悠真は眉を寄せる。


「魔法には相性があるって言われてるんだ。火魔法が苦手でも、水魔法が得意だったり、風魔法が得意だったりすることがあるんだって」

「それって、すぐ分かるもんなのか?」

「いや、そもそも悠真みたいに複数の魔法を使える人がほとんどいないから、相性ってあまり重要視されないんだ。仕事によっては、どの魔法を覚えるのか指定されることもあるしね」


 その話を聞いて悠真は思い出す。

 確か、大企業は"火"や"雷"、中小企業は"水"や"風"の魔法を優先的に覚えるんだったな。自分で選べないこともある訳だ。


「それはともかく、武器の性能も試してみたら」

「ああ、そうだな」


 悠真は持ってきたバッグに手を伸ばし、"可変式ピッケル"を取り出す。


「うっし、試してみる」


 悠真がピッケルを構えると、ルイが「あ、ちょっと待って!」と言いい、どこかに行ってしまった。

 しばらく待っていると、ルイは水を張ったバケツを持って戻ってきた。

 ボヤ対策のようだ。バケツを脇に置き、ルイは「いいよ」と声を上げる。


「よし! 全力で行く」


 悠真はピッケルのヘッドに意識を集中する。今度は手が燃えることはないだろう。ピッケルの先端が燃えたとしても問題ない。

 一気に魔力を流し込む。

 ルイは緊張した面持ちで、ゴクリと喉を鳴らした。

 次の瞬間――

 

 ボフッ! と音を立てて、ヘッドから黒い煙が上がった。

 そのまま待ったが、それ以上、うんともすんとも言わない。


「え? これだけ!?」


 悠真は目を丸くする。ヘッドがメラメラと燃え上がるのを期待していたが、ただ煙を上げただけだ。ルイも拍子抜けしたような顔をする。


「う~ん、やっぱり難しいか……だとしたら」


 ルイは少し考えて、「そうだ!」と悠真に視線を向ける。


「"金属化"すればうまく使えるんじゃないかな? 黒鎧になることはできる?」

「ああ、それはできるけど……」


 悠真は辺りを見回す。人気はないが、ホテルの中庭だ。いつ、誰が見ているとも限らない。


「ここは目立ちすぎるかな?」とルイが尋ねてくる。

「そうだな。でも、"金属化"するだけなら、そんなに目立たないはずだ」


 悠真はフンッと体に力を入れ、全身を金属に変えていく。

 徐々に肌は黒く染まり、髪の毛一本に至るまで鋼鉄と化した。


「すごい! 人間の姿のままで金属になれるんだ。けっこう便利だね」

「これなら遠目に見ても普通の人間と変わらねーからな。人目に触れても大丈夫だと思うぞ」


 悠真はピッケルをかかげ、柄やヘッドの部分に【液体金属】を流していく。

 ピッケルは黒い鋼鉄に覆われ、みるみる"ハンマー"へと姿を変えていった。


「これに"火魔法"を込めれば……」


 意識を集中し、ハンマー全体に魔力を流す。すると、右手に赤い筋が走り、血脈のようにハンマーに広がっていった。


「おお!」


 鉄は発熱して、蒸気を上げている。間違いない、成功だ。


「これで殴られたら痛そうだね」

「ああ、そうだな。"火"は自由自在に操れねえ感じだけど、戦いで使うぶんには問題ないだろう」

 

 取りあえず火魔法が使えたことに安堵する。せっかく【赤の王】の魔宝石を手に入れても、使えなければ意味がない。

 悠真は気を良くして、他にもなにかできないか試してみる。


「そうだ! 火魔法を全身に流せば防御力も上がるんじゃないか? 火魔法や水魔法にも強くなりそうだ」


 悠真は意気揚々と"火の魔力"を金属の体に流していく。

 赤い血脈は血塗られたブラッディー・鉱石オアと同じように、全身を巡り、赤く発光していった。まるで【炎の鎧】みたいだ、と喜んだが――


「ああああ! 服が!? 俺の服が!!」


 自分の服が轟轟と燃えていく。ルイが驚き、足元にあるバケツの水をぶっかける。だが、火は消えることなく悠真の服を焼いていく。

 "火耐性"があるため熱くはない。しかし悠真は突然の出来事になにもできず、火だるまになりながら呆然としていた。

 五分後――全裸で立ち尽くす悠真に、ルイは「まあ……そうなるよね」と哀れみの表情を向ける。

 結局、ルイに上着を貸してもらいフ〇チンのまま部屋へと戻った。

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