第49話 灼熱の迷宮

「なんだ、石川か」

「なんだとはご挨拶だな。今日は全員で潜るのか?」


 社長に石川と呼ばれた男は、親しげな笑顔で話しかけてきた。


「その若いのは初めて見るな。新入社員か?」

「そうだ。うちの期待のルーキーよ。今日は見学がてら連れて来たんだ」

「はっはっは、良かったな。なかなか入社希望者がいないって嘆いてたじゃないか。殊勝な若者がいたもんだ」

「うるせーよ! お前の所にも見込みのある新人が入って来たんだろ!? テレビでやってたぞ。天王寺てんのうじ以来の騒ぎようじゃねーか!」


 それを聞いた石川は、フッと微笑み目を細めた。


「ああ、確かに。あの子なら次世代のエースに育ってくれる。そんな予感がするよ」

「ふん! エルシードの鬼教官がそう言うなら相当だな。まあ、俺たちには関係ないが」


 社長は不機嫌そうに吐き捨てる。


「そうだな。すまなかった引き留めて。最後に君の名前を聞いていいかな?」


 石川は悠真に視線を向ける。突然聞かれたため、悠真は一瞬言葉に詰まった。


「あ、え~と……俺は三鷹……悠真です」

「そうか、三鷹君か。そこにいる神崎は、口は悪いが探索者シーカーとしては優秀な男だ。根気強く支えてやってくれ」

「は、はい、分かりました!」


 意外にいい人のようだ。社長は「余計なお世話だ!」と息巻いているが、石川は笑って流している。二人は仲がいいんだろうか?


「舞香ちゃん、会社が嫌になったらいつでも言いなよ。俺が次の就職先を紹介するから、君ぐらい仕事ができて人付き合いがいい子なら、どこでも働けるよ」

「はい、ありがとうございます。石川さん」


 社長は青筋を立て「うるせー! とっとと行きやがれ!!」と石川に怒鳴っていたが、石川は「はっはっは」と豪快に笑っている。

 最後は「じゃあな」と言い残し、仲間を引き連れ去っていった。


「舞香さん、あの人知り合いなんですか?」


 悠真が聞くと、舞香は悪戯っぽく笑う。


「まあね、昔は探索者をやる人なんて少なかったからね。初期の頃から仕事をしてる人は知り合いが多いんだよ」

「なるほど」

「おい! さっさと行くぞ!!」


 舞香と話していると、機嫌の悪くなった社長が怒鳴ってきた。青スジを立て、かなり怒っているようだ。

 舞香は「はいはい」と社長の後についていき、横にいる田中は「いつものことだよ」と苦笑していた。


 ◇◇◇


「ここが赤のダンジョンの入口……」


 悠真たち四人の前には、深淵の穴がポッカリと口を開けている。

 青のダンジョンのものより格段に大きく、穴を覗けば石階段が下まで続いていた。穴の中からは心なしか、熱気が立ち昇っているようにも感じる。


 今いるのはドーム状の部屋で、周りには迷彩服を着た自衛隊員が数名警備にあたっており、物々しい雰囲気を漂わせていた。

 親子連れなどがいた青のダンジョンとは大違いだ。悠真は思わず息を飲む。


「なんだ悠真、緊張してんのか?」


 隣に立った社長が聞いてきた。


「いや……青のダンジョンと全然違うなと思って……」

「なんだ。中に入っちまえば変わらねえよ。一緒、一緒。ほら行くぞ!」


 社長はそそくさと階段を下りていった。その後を舞香と田中がついて行く。

 悠真も「ふぅ~」と一つ息を吐き、石階段を下って行った。


 ◇◇◇


 赤のダンジョン、第一層。

 階段の先は横穴となり、その洞窟を抜けると溢れんばかりの光が目に飛び込んでくる。眩しくて手でひさしを作った悠真は、その光景に思わず感嘆する。


「ほえ~……これが赤の……深層のダンジョン!」


 辺りを見回せば、どこまでも続くクリムゾンの大地。青空が広がり、カンカンと照り付ける日差しが肌を焼く。


「テレビで見た通りだ。これがダンジョンの幻なんですね?」

「そうだ。実際には百メートルも行けば岩壁にぶち当たるが、そこまで行かないと幻だとは気づかない」


 深層のダンジョンのみに起こるという‶迷宮の蜃気楼″。

 その現実と見紛う幻の原理も、なんのために起こるのかも一切解明されていない。


「まあ、なんにせよダンジョンの中が昼間みてーに明るいのはありがたい話だ。仕事がしやすいからな」


 社長はあっけらかんとそう言って、肩から落ちそうになっている大きなバッグを担ぎ直す。


「一階層に用は無い。さっさと目的の十層まで行くぞ!」


 四人は灼熱の大地を歩き、下層を目指した。体感温度は40℃を超えているような気がする。

 これも幻なのかと思ったが、どうやら本当に暑いようだ。しばらく歩くとゴツゴツした岩場に洞窟があった。

 中を覗くと今回は階段などは無く、足場の悪い下り坂がどこまでも続いていた。

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