第272話 州境の戦い

 ミュラーたち三人が見つめる中、ルイと悠真は準備を整え、肩をらしていた。


「さて、やるか」


 悠真の言葉にルイは「そうだね」と頷き、刀の柄に手をかける。悠真も体にフンッと力を入れた。

 全身が徐々に黒く染まり、鋼鉄の鎧に覆われた怪物へと姿を変える。さらに持っていたピッケルにも【液体金属】を流し、大きくいかついハンマーにした。

 それを見たルイもゆっくりと刀を鞘から抜き、刀身に溢れんばかりの炎を灯す。


「よし、始めるぞ!」


 悠真の声を合図に、二人は一斉に駆け出す。ヒビ割れた道路を走り、転がっているコンクリートの瓦礫を飛び越える。

 ある程度進むと、地面がガタガタと揺れ始めた。

 ルイと悠真は足を止め、下を見る。道路に亀裂が走り、ボコボコとせり上がってきた。

 二人は後ろに飛び退き、油断なく武器を構える。

 目の前に現れたのは、鉄骨や瓦礫を取り込んだ壁のような物。所々に壊れたマリオネットも見える。

 

「これが……コングロマリット!?」


 ルイは顔を歪めて一歩下がった。壁は横幅十メートル、高さ五メートルはある。波打つように動き、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 悠真は躊躇ちゅうちょなく踏み込み、"ハンマー"にしたピッケルを横に振るった。

 壁の体表を削り、ガラクタのような物が地面に飛び散る。

 悠真は二撃目を入れず、飛び退いて様子を見る。壁はうねうねと動くだけで、ダメージを受けている感じはしない。


「おい、ルイ。あれって……」

「うん。体の中、色んなものが入ってるね」


 ハンマーで削られた壁の内部を見る。そこには赤黒い犬や、角の生えた頭蓋骨、大きな昆虫の死骸があった。恐らく全て魔物だろう。


「魔物を殺して体に取り込んでる。"強化種"の中でも特殊な魔物だと思うよ」


 ルイの言う通りだろう。どんな能力があるかはまだ分からないが、一気呵成いっきかせいに叩き込むまで!

 悠真はハンマーを下段に構え、再び走り出す。

 すると"壁"は体をうねらせ、形を変えていく。十メートル近く高くなるも、そのぶん厚みがなくなった。

 ――自在に変化できるのか!? 俺やキマイラが使う液体金属に性質が似てる!

 壁は前方に倒れ込み、雪崩落ちるように突っ込んでくる。悠真は"壁"の攻撃をかわし、ハンマーを振り上げた。

 柄を強く握り、【火の魔力】をハンマーに流す。

 マグマのような血脈が無数に走った鉄槌。悠真は赤く輝くハンマーを大きく振り上げた。


「喰らえ!!」


 一撃を入れようとした瞬間、壁が青く光り出す。――水魔法!?

 ハンマーと壁が接触すると、水が水蒸気となって爆発した。衝撃で悠真は吹き飛ばされ、倒れそうになるものの、足を踏ん張ってなんとか体勢を保つ。

 顔を上げて前を見れば、壁の一部も爆発でえぐれていた。

 だが、地中から瓦礫がドロドロとした粘液と共にせり上がり、壁の破壊された部分を修復してしまう。

 

「あれも……再生能力なのか?」


 見たことのない治し方だが、コングロマリットが【深層の魔物】並の力を持つのは間違いない。

 本来、黒のダンジョンの魔物は再生しにくいと言われているが、こいつは例外なんだろう。悠真は跡形もなく消し飛ばしてやる! と思い、ハンマーを構えて突っ込もうとした。

 その時、周囲の地中から


「え!? これは――」


 ルイが驚いて目を見開く。現れたのはマリオネットだった。

 確認できるだけでも三十体以上はいる。コングロマリットは自在にマリオネットを呼び出せるようだ。

 

「なるほど……コングロマリットの一部。適切な表現かもしれないね」


 ルイは刀の切っ先をマリオネットに向ける。


「悠真はコングロマリットに集中して! 僕はマリオネットを倒す!!」

「分かった!」


 二人は走り出し、それぞれの敵に攻撃を仕掛ける。悠真は"壁"にハンマーを叩き込み、爆発を起こして破壊していく。

 ルイは炎の鳥を生み出し、周囲のマリオネットを焼き尽くした。


 ◇◇◇


 二人の戦いを見ていたエミリアたちは、唖然とした表情で立ち尽くしていた。

 コングロマリットやマリオネットの猛攻も脅威だったが、それ以上に彼らを驚かせたのは――


「なんだ!? あの男、魔物みたいな姿になったぞ! あんな探索者シーカーがいるのか?」


 ウォルフガングがミュラーに視線を向ける。だがミュラーも困惑し、メガネのブリッジを指で押すことしかできない。


「分からん……あんな探索者シーカーは見たことがない。エミリア、君ならなにか知ってるんじゃないか?」

「いえ、私にもまったく分かりません。少なくともドイツにあんな探索者シーカーはいなかったと思います」


 戸惑う三人に対し、少し離れた場所にいたフィリックスが「俺と同じ反応だな」と笑みをこぼした。

 

「なんでも特殊な探索者シーカーなんだとよ。日本にはたくさんいるんじゃないか? あんなヤツらが」


 フィリックスの話を聞き、エミリアは「そうなんですか?」と眉根を寄せる。

 エミリアは魔法や魔物に関してある程度の知識はあるものの、専門家という訳ではない。

 そういうヤツもいる、と言われてしまえば、それ以上の反論はできなかった。

 エミリアは改めて二人の戦いを見る。

 黒い魔物に変身した男は大きなハンマーを振り回し、コングロマリットの体を打ちつけていく。

 ハンマーは全体が赤く発光し、魔物に当たる度、激しく爆発していた。

 ――火の魔法も使えるの!?

 エミリアはより困惑した。黒い魔物に変身する能力。あれは恐らく"黒のダンジョン"から採取される【魔鉱石】の効果だろう。

 魔鉱石は腕力を上げたり、体を硬くする"身体強化"を行うことができると聞く。

 そう考えれば、変身して大幅に身体能力を強化してもおかしくない。しかし爆発は【火の魔力】によるもの。

 しかも、第二階層に到達しなくては扱えない。

 エミリアは頬に手を当て考え込む。変身能力が"身体強化魔法"の第二階層、もしくは第三階層の魔法なのではないか? 

 だとすれば、あの男は"火"と"身体強化"の二つで第二階層以上に到達していることになる。

 エミリアは黒い怪物の戦いぶりを見て、思わず息を飲んだ。

 ――"シュヘルツ"どころじゃない。次元の違う戦闘能力を持ってる!

 エミリアはもう一人の探索者シーカーに視線を移す。どうしても黒い怪物の方に目がいってしまうが、こちらも異常な強さだった。

 炎の剣でマリオネットを次々に斬り裂き、爆発、炎上させている。

 舞うように剣を振れば、その切っ先から炎が迸り、鳥の姿となってマリオネットの元まで飛んでいく。

 マリオネットも鳥を叩き落そうとするものの、炎の鳥は軽やかにかわし、魔物の胸に突っ込んだ。

 体に触れた瞬間、光が広がり激しい爆発が起きる。

 マリオネットはバラバラになって地面に散らばった。あれも見たことのない攻撃方法。まさか"火の第三階層魔法"!?

 呆気に取られつつも、エミリアは二人の戦いから目が離せなくなっていった。

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