第271話 魔宝石の在処

「また探索者シーカーが外から来たのか? それも日本から……」


 そこまで言ってミュラーはハッとする。


「まさか、ドイツ政府の要請に応じて来たのか?」

「そうです。僕たちは約束通りドイツに来ました。でも遅かったみたいで……間に合わなかったことをお詫びします」


 頭を下げるルイ。本当に日本から応援の探索者シーカーが来たことに、ミュラーは信じられないといった表情をする。


「ミュラーさん。僕たちはドイツ政府を助けることはできませんでした。でも、皆さんを助けることはできます。コングロマリットは必ず倒しますので、その代わり報酬として受け取るはずだった【白の魔宝石】をもらいたいんです。魔宝石が今、どこにあるか知っていますか?」

 

 その話を聞いて、ミュラーは益々困惑の色を深める。


「コングロマリットを倒す? 君たちが?」


 ルイは頷き、「任せて下さい!」と自信を覗かせる。


「バカなことを……あの魔物は誰も倒せない。無駄なことをするな」

「僕たちならできますよ。でも無償で倒す気もありません! 約束していた魔宝石がまだあるのか教えて下さい」


 強気に出たルイに、ミュラーは黙り込む。

 悠真はなにも言わず、ルイの話を静かに聞いていた。どの道、ベルリンを出るにはコングロマリットを倒す必要がある。

 ルイも報酬とは関係なく、この人たちを助けるつもりなんだろう。

 それでも政府の役人相手に、かけ引きを繰り広げていた。自分では到底できないことをルイはやっている。悠真はそのことに感心していた。


「……いいだろう。教えたところで、君たちが手にすることはないだろうからね」

「では、魔宝石は無事なんですね!」


 ルイと悠真の顔に光が差す。


「絶対に無事とは言い切れんが、無事である可能性は高いだろう。ポツダムにある政府施設に魔宝石が保管されているはずだ」

「ポツダム……」


 ルイは振り返り、フィリックスと視線を合わせる。


「ポツダムの場所は分かりますか?」

「あ、ああ……分かるには分かるが……」


 フィリックスの歯切れが悪くなった。ルイは「なんです? なにか問題でも?」と尋ねる。

 フィリックスは言いにくそうに口を開いた。


「ポツダムは……ベルリンの外にある街だ」


 ◇◇◇


 瓦礫が山積する道路を歩き、ルイと悠真は倒壊したビルの前で足を止めた。

 案内してきたフィリックスが振り返り、二人の顔を見る。


「この先がベルリンの州境だ。ここを越えればコングロマリットは自動的に攻撃してくるだろう。本当にいいのか?」


 不安そうに聞くフィリックスに、ルイは力強く答える。


「大丈夫です。必ず魔物を倒して、皆さんが外に出られるようにしますから」


 悠真も自信を持って大きく頷く。


「任せてくれよフィリックスさん! コングロマリットはボッコボコにするからよ。ただ、ここは危ないからちょっと下がっててくれ」

「あ、ああ、分かった」


 フィリックスは悠真たちから離れ、道路を渡って歩道に移動する。

 そこには一緒について来たエミリアとミュラー、そして大柄の男、ウォルフガングの三人がいた。

 フィリックスは鬱陶しく思っていたが、どうしても来たいと言われては断る訳にもいかなかった。

 フィリックスは三人から少し離れた場所に立ち、ルイと悠真の様子を眺める。

 その時、エミリアたちの会話が聞こえてきた。ウォルフガングが大きな声でなにかを叫んでいる。

 フィリックスは視線を前に向けたまま、エミリアたちの方に耳を向けた。


 ◇◇◇


「本当にやらせるのか!?」


 声を上げたのはウォルフガングだった。眉間にしわを寄せ、しかめっ面でエミリアに詰め寄る。


「余計な事をして、コングロマリットが暴れ出したらどうすんだ? ツォー駅が無事なのは奇跡的なことなんだぞ! それをわざわざ危険に晒すなんて……」


 不安を吐露するウォルフガングに対し、エミリアは顔色を変えずに答える。


「ツォーで安全に暮らしていたとしても、もうすぐ食料が尽きます。どの道、私たちに未来はありません。それはあなたも分かっているでしょう?」

「それは……確かにそうだが、食料が少なくなれば、また俺たちが調達してくる! こんな危険を冒す必要なんてないだろう」


 ウォルフガングの言葉に、エミリアはフルフルと首を振る。


「今まで食料は近場の店で調達してきました。日持ちのする食料をこれ以上集めようと思えば、遠くまで足を伸ばさなければなりません。そうなれば当然、魔物との遭遇は避けられないでしょう。あなた達はマリオネットに勝てるんですか?」


 ウォルフガングが唇を噛む。エミリアの言う通りだった。

 もはや生き残った人間の食料確保は喫緊きっきんの問題となっており、解決策は見いだせていない。

 だからこそ地下街の連中を殺して食料を奪おうという話も出ていたぐらいだ。

 苦し気な表情を浮かべるウォルフガングの腕を、エミリアはそっと触る。


「でも、まったく希望がない訳じゃないわ」

「どういう意味だ?」


 戸惑うウォルフガングから視線を切り、エミリアは日本から来た探索者シーカーの二人を見る。


「私は以前、ほんの少しだけど日本の噂を聞いたことがあるの」

「なんだ、日本の噂って?」

「それに関しては、私よりミュラーさんの方が詳しいでしょう?」


 水を向けられたミュラーはメガネの位置を直し、「ああ」とつぶやく。


一時いっとき、日本は【赤の王】を撃退したのではないかという噂が流れたんだ」

「赤の王? なんだそれは?」


 ウォルフガングは怪訝な顔をする。探索者シーカーでも政府関係者でもない彼に取っては、初めて聞く言葉だった。


「強力な魔物だよ。一撃で都市を灰にすると言われた、超常的な怪物」

「都市を灰に!? そんな魔物倒せる訳ないだろう? 日本はどうやってそんな化物を撃退したんだ?」


 ミュラーは静かに目を閉じる。


「分からん。政府でもにわかには信じられん、という者が大半だった。しかし情報を広めたのは他でもない、国際ダンジョン研究機構(IDR)だ。まったくのデマとも思えん」

「それって、単に日本の軍が強かったってだけじゃないのか!?」


 ミュラーはフッと笑みを浮かべる。


「ロシア軍と中国軍を壊滅させたと言われる魔物だぞ。どうやって日本が対抗するんだ。なにより、そんな化物に現代兵器が効くはずがない」

「じゃ、じゃあ……」


 ウォルフガングはゴクリと息を飲む。


「ああ、

「あいつらに、そんな力があるって言うのか?」

「分からない。IDRも詳細までは掴んでいないようだった。だが、もしかすると彼らはドイツ最強の探索者集団クラン、『シュヘルツ』を超える実力者かもしれん」

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