第270話 政府側の人間

 黒いスラックスに白いシャツ。セミロングの茶色い髪にメガネをかけた真面目そうなで立ち。

 悠真はゴクリと喉を鳴らし、フィリックスに尋ねる。


「あの人がここのリーダーなんですか?」

「ああ、そうだ。名前はエミリア・ノイマン。歳は若いが、切れ者だぞ」


 悠真たち三人が視線を向ける中、エミリアはまっすぐに近づいてくる。


「フィリックス、探索者シーカーを連れて乗り込んできたそうですね。目的は? 我々を皆殺しにする気ですか?」


 フィリックスは「フンッ」と鼻を鳴らす。


「そんなことは考えてない。この人たちが来たいと言ったから連れてきただけだ。話を聞きたいらしい」

「話?」


 エミリアはルイと悠真に視線を向ける。ルイもまた一歩前に出て、エミリアと向かい合う。

 ポケットからイヤホン型翻訳機を取り出し、エミリアに見せた。


「これを付けて下さい。会話ができますから」


 エミリアは眉根を寄せる。言ってる言葉が分からなかったからだ。

 見かねたフィリックスが助け舟を出す。


「それを付けろってよ。イヤホン型の翻訳機だ。俺も付けてる」


 フィリックスが耳を見せると、エミリアは納得する。ルイから翻訳機を受け取り、自分の耳に装着した。


「どうでしょう、僕の声は翻訳されてますか?」


 エミリアはコクリと頷き、「ええ、されているわ」と答える。


「僕らはドイツ政府の依頼で日本から来ました。魔物討伐と引き換えに"魔宝石"をもらうはずだったんですが……」

「あら、そうなの。それは残念ね。もう政府がない以上、その約束が守られることはないわ」


 エミリアは冷たく言い放つが、ルイは小さく首を振る。


「フィリックスさんに聞いたんですが、あなたたちの仲間に政府の高官がいるそうですね。その人に会わせてもらえませんか?」


 エミリアは警戒するようにルイを見る。


「なるほど……せめて魔宝石だけは確保したいってことね。でも、その情報をあなたたちに渡して、私たちになんの得があるの? それとも教えなかったら、力づくで聞く気かしら?」


 皮肉交じりに言うエミリアに対し、ルイは気にせず話を続ける。


「そんなことはしません。もちろん、ただで教えてくれとも言いませんよ」

「あら、なにかもらえるのかしら?」


 ルイは微笑んでコクリと頷く。


「情報を渡してもらえるのであれば、この街に巣食う魔物、【コングロマリット】を僕らが倒します!」

 

 ルイの言葉に、エミリアは一瞬キョトンとした表情を浮かべる。そしてくすくすと笑い始めた。


「なにかおかしいですか?」


 ルイが尋ねると、エミリアは笑いながら「いいえ、でも」と言ってメガネを外す。

 よほどおかしかったのか、涙を拭ってルイに視線を向けた。


「はあ~ごめんなさい。久しぶりにそんなバカげた話を聞いたから……おかしくなってしまって」


 エミリアは再びメガネをかけ、指でブリッジを押し上げる。


「あなたと同じことを言った探索者シーカーは何人もいたわ。でも全員死んだ。コングロマリットは探索者シーカーが……いえ、人類が勝てるような相手じゃないの」


 諦めたように吐き捨てるエミリア。だが、ルイに引くつもりはなかった。

 

「コングロマリットを倒さない限り、皆さんはここから出られませんよね? やらせて下さい。僕とここにいる……」


 ルイは悠真の肩を掴み、前に来させる。


「友人と二人で魔物を倒します! どうか信じて下さい。お願いします!」


 ルイが頭を下げると、悠真も「お、お願いします」と深く頭を下げた。エミリアはしばらく黙っていたが、ハァ~と息をつき頭を振る。


「分かりました。あなたたちが死んだ所で、私たちには関係ありませんから。いいでしょう。ついて来て下さい」


 エミリアは身をひるがえして駅の奥へと歩いていく。それを見てルイと悠真は顔を見交わす。

 二人は「「ありがとうございます!」」と声を重ねてお礼を言い、エミリアのあとをついていった。


 ◇◇◇


「いってえな! 突っつくんじゃねえ」


 フィリックスは文句を言いながら後ろの男を睨む。男は銃口でフィリックスの背中を押し、早く行けとうながしていた。

 悠真たち三人はツォー駅の内部に入り、辺りを見回していた。

 外の建物などは魔物の被害を受け、倒壊している所も多いが、ここはまったく無事のようだ。

 ホームにはダンボールをいて体を休める人、簡易なテントを張って暮らす人など様々いて、線路に取り残された赤い電車の中でも人が寝泊りしていた。


「かなりの人数だな」


 悠真がつぶやくと、ルイも前を見ながら「そうだね」とうなずく。

 子供や高齢者も多い、この人たちを食べさせていくだけでも大変だろう。悠真はそんな事を考えながらホームの脇を歩いていた。

 ふと前を見ると、エミリアと大柄な男がなにかを話している。

 なんだろう? と気になったが、エミリアが足を止め、こちらに振り向いたので考えるのをやめた。


「ここです」


 エミリアが手で指し示したのは、ホームの端に作られた段ボールの家。ホームレスが住んでいるような外観だ。


「ミュラーさん、ちょっと話があるんですが……いいですか?」


 エミリアが声をかけるが応答はない。

 いないのか? と悠真が思った時、ぎだらけのダンボールの家が、もぞもぞと動き出す。

 扉代わりにしていた新聞紙の奥から、老人が這いつくばったまま出てきた。


「なんだ、エミリア。私になにか用か?」


 不機嫌そうに立ち上がったのは、六十代ほどの男性。薄汚れた顔には無精ひげが生え、寂しくなったグレーの髪をオールバックにしている。

 着ているのは高級そうなスーツだが、スラックスもYシャツもヨレヨレで所々が破れていた。

 

「この人たちが、あなたに話を聞きたいそうですよ。日本から来た探索者シーカーだと言っています」

「日本? 探索者シーカーだと!?」


 ミュラーは眉間にしわを寄せ、ルイと悠真を睨みつけた。

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