第273話 本気

 日本が【赤の王】を撃退したというのは本当かもしれない。エミリアはそう思い始めていた。

 あの二人は危険な世界にも関わらず、日本からドイツまで来たと言う。

 それが本当なら、それだけで偉業。そんな手練れの探索者シーカーが多くいるというなら、日本が強力な魔物を倒せても不思議ではない。

 エミリアは半歩前に出る。近づけば危険なことは分かっていた。それでも彼らの戦いを、間近で見たいと思ってしまった。

 ベルリンに閉じ込められ、ここからは出られないと諦めた日々。

 意に反し、グループのリーダーになったもののなにもできず、仲間が次々に死んでいくのを、ただ見つめることしかできなかった自分。

 無力感にずっとさいなまれてきた。

 その絶望が、もしかしたら終わるのかもしれない。そう思ったのはエミリアだけではなかった。

 ウォルフガングもミュラーも、そしてフィリックスも。

 二人の探索者シーカーが、本当にコングロマリットを倒してくれるかもしれないと、そんな希望を抱かずにはいられなかった。


 ◇◇◇


「くっ! こいつ……」


 悠真はハンマーを下ろし、後ろに下がった。目の前にいる魔物は、すでに"壁"の形をしていない。

 うねる大波のように姿を変え、恐ろしい速度で襲いかかってくる。

 悠真はさらに後ろに飛び退き、攻撃をかわす。相手が地面に突っ込んだ瞬間、ハンマーを振り下ろして爆発させた。

 ガラクタで構成された魔物の体は吹っ飛ぶも、またドロドロした液体がガラクタを集め、体を再構築してしまう。


「キリがねえ……やっぱりこいつ、キマイラに似てるな」


 何度攻撃しても再生し、襲ってくる。まるでキマイラの出来損ない。それが悠真の印象だった。


「悠真!」


 マリオネットを倒し切ったルイが走ってくる。

 二人で連携して倒すか。悠真がそう思った時、地面がカタカタと揺れ出す。路面がボコッと盛り上がり、中から

 ルイを囲むように現れたのは四体のマリオネット。

 だが、通常のものではない。体は倍以上大きく、腕は四本あり、全身が厳つい鎧に覆われていた。


「さらに強化されたマリオネットだ!」

「マジか! あんなものまで生み出せるのかよ!?」


 悠真は甘く考えていたことを思い知る。コングロマリットは想像以上に厄介な魔物だ。そう思いながら敵をみると、明らかな違和感を覚える。


「こいつ……デカくなってないか!?」


 最初は高さ五メートル、横幅十メートルほどの"壁"だった。それが今は高さ十メートル、横幅二十メートル以上はある。

 どんどん巨大化していた。


「くっ!」


 見ればルイも四体の強化型マリオネットに押されていた。それぞれが、火、水、風、雷の魔法を使って連携しながら襲いかかっている。


「これは……マズいかもしれねーぞ」


 悠真が見上げる先、"壁"の高さは三十メートルを超え始めていた。


 ◇◇◇


「おいおいおい、なんだありゃ!?」


 ウォルフガングは目をいて上を見上げる。地中から溢れ出してくる瓦礫がれきの山は、コングロマリットと合流して、より巨大な"壁"となっていく。

 高さ三十メートル、四十メートルと際限がなくなり、ビルより大きくなったは、遥かに高い位置からこちらを見下ろしていた。

 さらにコングロマリットは、体の左右からくさりのような物を伸ばしている。

 まるで地中から壁を繋いでいるかのような鎖。

 一体なんなのか分からなかったが、たわんだ鎖がコングロマリットに引っ張られた瞬間、その意味が分かった。

 鎖の先からボコボコと新しい"壁"が出現する。

 さつまいもを収穫する際、根を引っ張れば、多くのさつま芋が同時についてくるのと同じ要領。まさに芋づる式だ。

 大きく大地が揺れ、立っていられなくなったエミリアたちは地面に伏せる。

 揺れが収まるのを確認してから、ウォルフガング、ミュラー、エミリア、そしてフィリックスの四人は恐る恐る立ち上がった。

 そんな彼らが見たのは信じられない光景。

 巨大なコングロマリットがそびえ立ち、日の光をさえぎっている。もはや高いビル並の大きさとなった魔物は、両端から手のように鎖を伸ばしていた。

 鎖の先には新たな"壁"が立ち、その壁から伸びた鎖がさらに別の"壁"に繋がっている。そんな壁が連綿れんめんつらなっていた。

 壁と壁の間は百メートルほどあり、州境に沿って立ち並んでいる。

 比喩ひゆでもなんでもない。コングロマリットは

 ウォルフガングは絶句する。すでに本体のコングロマリットは五十メートル近い高さになり、それに連なる"壁"も二十メートル以上の高さがあった。

 あんなもの、どうやって倒せと言うんだ!?


「やっぱり……無理だったんだ。どれだけ強い探索者シーカーだろうと、あんな化物に勝てる訳がない!」


 ウォルフガングのなげきに、エミリアやミュラーも同意するしかなかった。

 あれは人間にどうにかできる相手ではない。ビルのようにそびえ立ったコングロマリットの体から、大きな瓦礫が落ちてくる。

 鉄骨やコンクリートが道路に落下し、地面を割っていく。

 ここにいては自分たちも死んでしまうだろう。エミリアは無意識のうちに後ずさっていた。

 その時、ミュラーが蒼白な顔で遠くを指差す。


「あ、あいつだ! あいつが来た!!」


 なんだ!? と思い、エミリアとウォルフガングが目を向ける。崩れかかった建物の上に、黒い人影があった。


「あれは……暗黒騎士ドンケルリッター!!」


 最悪の状況だ。本体を現したコングロマリットだけでも充分脅威なのに、それに加えて暗黒騎士ドンケルリッターまで現れてはどうにもならない。

 エミリアは一歩前に出て、大声で叫ぶ。


「二人とも逃げて! このままじゃ殺されてしまう!!」


 声が届いたかどうかは分からないが、日本の探索者シーカーたちは動きを止めた。

 このまま引いて! エミリアは心の底からそう願った。彼らまで死んだら、本当に希望がなくなってしまう。

 これ以上は近づけない。エミリアは祈るような気持ちで二人を見つめた。


 ◇◇◇


「悠真、まずいよこれ」


 四体のマリオネットと戦いながらルイがこぼす。


「ああ、そうだな。こいつ、どんどんデカくなってくぞ! このままじゃ、さすがにマズい」


 悠真は「仕方ない」と言って動きを止める。ピッケルの『液体金属』を解除して、ハンマーから通常の状態に戻す。


「そうだね」


 ルイはわずかに身を屈め、刀に莫大な魔力を流す。剣閃が煌めき、強化型マリオネットの首がね飛んだ。

 魔物の体は発火し、爆発して砂へと還る。

 ルイは刀を鞘に戻し、ふぅと息を吐いて悠真の元へ行く。


「なにが起こるか分からなかったから、魔力消費を抑えようと思ってたけど、そんなこと言ってる場合じゃなさそうだね」

「ああ、それに――」


 ルイと悠真は同じ方向に視線を移す。そこには倒すことのできなかった暗黒騎士ドンケルリッターがいた。

 建物の屋上に立ち、こちらを眺めている。


「派手に暴れたからな、さすがに来たか」

「あいつの相手は僕がするよ。悠真はコングロマリットに集中して」

「大丈夫か? もの凄い速さだぞ」


 心配する悠真に、ルイはニコリと笑みを返す。


「大丈夫、二度もおくれは取らないよ」

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