第274話 火と風の猛攻

 二人は頷き合い、それぞれ行動に移った。

 悠真はコングロマリットと正対し、仁王立ちのまま相手を睨みつける。ルイは駆け出して、エミリアたちの元へ向かった。


「皆さん! すぐにここから離れて下さい。この一帯は戦場になります!!」


 ルイの言葉にエミリアたちは戸惑っているようだった。ここはすでに戦場、危ないことは分かり切っている。


「あなたたちこそ逃げるべきです! このままでは殺されてしまう」


 エミリアが必死に訴えるが、ルイはふるふると首を振る。


「僕たちは負けません。必ずここでコングロマリットを倒します」

「バカかお前は!!」


 ウォルフガングが大きな体を揺らして前に出てくる。建物の屋上を指差し、ルイに詰め寄った。


「あれが見えねえのか!? 暗黒騎士ドンケルリッターも来てるんだぞ! お前たちには万に一つも勝ち目はない!!」


 怒りと悲壮感が混じったような表情をするウォルフガング。そんな彼に対し、ルイは穏和な口調で答える。


暗黒騎士ドンケルリッターが来てるのは分かっています。だから僕らも余裕がありません。皆さんに被害が及んでも守れませんから、ここから避難をお願いします」


 その言葉にウォルフガングは呆気に取られる。まるで今までは余裕があったかのような口ぶり。

 困惑しているのはエミリアやミュラーも同じだった。

 そんな中、フィリックスが声を上げる。


「おい、グズグズしてる暇はないぞ! ここが危ないのは間違いないんだ。とっとと離れよう!」

「し、しかし……」


 一緒に逃げるべきだと主張したエミリアは、ルイを見て顔をしかめる。


「大丈夫です。行ってください」


 微笑むルイを見たエミリアは唇を噛み、小さく頷く。踵を返し、ウォルフガングらと共に走り出した。

 それを見たルイはホッと息をつく。

 ゆっくりと振り返ると、そこには暗黒騎士ドンケルリッターが仁王立ちしていた。ルイは刀の柄に手をかけ、フッと口角を上げる。


「さあ、この前の続きをしようか」


 ◇◇◇


 悠真は巨大なコングロマリットを睨み続けていた。

 ふと自分の左手に視線を落とす。手の甲にある"キマイラの玉"はなんの反応も示していない。

 インドで【緑の王】と出会った時、この玉は激しく反応した。

 その結果、【赤の王・アウルスベノム】に変身できたのだ。だが今回は違う。王に変身できる感じはまったくしない。

 王になる条件が『強い相手との邂逅かいこう』なら、このコングロマリットは【王】ほど強くないということになる。


「大した魔物じゃないってことか……だったら――」


 悠真は右手を胸に当て、意識を集中する。デカスライムの能力は使いこなせるようになっていた。

 この相手を倒すには"巨人化"は絶対条件。

 そのために悠真は『空間にあるマナを質量に変える能力』を発動した。ボコッと体が一回り大きくなり、体表が液状化していく。

 ピッケルは液体金属の中に取り込まれ、悠真の体は球体へと変わっていった。

 球体は徐々に大きくなり、その中から"鋼鉄の巨人"が現われる。頭からは鋭い角をいくつも伸ばし、禍々しいキバの生えた口から蒸気を漏らす。

 筋骨隆々の体は頑強な鎧に覆われ、あらゆるものを威圧する凄みがあった。

 巨人は二十メートル以上の大きさを誇ったが、コングロマリットはすでに五十メートルを超えている。

 想像を絶するコングロマリット大きさと比較すれば、鋼鉄の巨人はおもちゃの人形にしか見えない。

 それでも――


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 悠真は足を踏み出し、大股で突っ込んでいく。道路は巨人の重みでめり込み、コンクリートは粉々になった。

 爆発するような衝撃音と共に跳躍すると、黒い巨体は宙を舞う。

 全身に赤い紋様が浮かび上がっていた。体ごとぶつかっていくと紋様から炎が噴き出し、コングロマリットを爆破する。

 いかに巨体の魔物でもこれは効いたようで、おおおんと唸り声を上げ、ゆっくりと倒れていく。

 コングロマリットの一部が崩壊し、鉄骨や魔物の頭蓋が地面に落ちてきた。

 ドシンッと地面に着地した悠真は「まだまだ!」と言って、今度は"風の魔力"を体に流す。

 黒い鎧に、光り輝く緑の紋様が浮かび上がった。

 悠真は発光した状態で走り出す。体勢を立て直そうとしているコングロマリットに対し、思い切り殴りかかった。

 風の魔力をびた拳は、瓦礫の塊を盛大に吹っ飛ばす。さらに螺旋状の風を生み出し、竜巻を発生させた。

 渦巻く風は瓦礫を上空に巻き上げ、風の刃でズタズタに切り裂く。

 地面に落ちてきた残骸は、どれも形をなくして再生することもなかった。

 悠真は自信を深める。"風の魔力"は"火の魔力"よりもたくさんある。だとしたら、より強い攻撃ができるんじゃないのか!?

 左手の甲から長剣を伸ばし、魔力を集める。

 剣全体に緑の紋様が浮き上がり、凄まじい"風の魔力"を宿す。悠真はその剣を

 巨大な風の刃が生み出され、コングロマリットを両断する。

 風はさらに突き進み、街にあったビルを切り裂きあらゆる建物を吹っ飛ばす。あまりの威力に悠真でさえ驚愕した。


「やばいな、これ……人がいたら大変なことになってるぞ」


 悠真が攻撃を躊躇ちゅうちょしている間に、胴を裂かれたコングロマリットはゆっくりと体を再生させる。頭を持ち上げ、再び五十メートル級の巨躯を保つ。

 左右から伸びる"鎖"を引っ張れば、そこに連なっている"瓦礫の壁"が次々と本体に合流し、さらに巨大な怪物へと姿を変える。


「くそっ! これ以上は!!」


 悠真は右手の甲からも剣を伸ばし、風の魔力を宿す。二本の剣から"風の刃"を発生させ、鎖に向かって飛ばした。

 風は見事に鎖を断ち切り、残りの瓦礫を吹っ飛ばして合流をはばむ。

 しかし、すでに大量の瓦礫を供給されてしまった。悠真が一歩、二歩と下がっての敵を見ると、高さは優に百五十メートルを超えている。

 シルエットだけを見るなら、巨大な蛇のようだ。


「こいつ倒すの……しんどそうだな」


 信じられないほど大きくなった魔物に、悠真は「ハァ~」と溜息をついた。

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