第371話 威圧の目

「相手はたったの三人だ。油断せずに囲って殺せ」


 周りに指示を出していたのは、探索者シーカーの武装組織『ワラガンダ』のリーダー、サミュエル・ウォーカー。

 金髪の大男で、頬には深い傷跡がある。一目見れば忘れない顔だろう。

 オーストラリア最強の探索者シーカーであり、いつも背負っている大剣で戦う姿は、まさに勇猛果敢の一言。

 オーストラリアの探索者シーカーなら、誰もがサミュエルに憧れを抱いていた。

 そんな彼が『ワラガンダ』をひきいて半年。初めて現れた敵勢力に、サミュエルは強い危機感を覚えていた。


「まあいい。アメリカの探索者シーカーだろうが、生きて帰さなきゃいいだけだ」


 サミュエルは背負った剣を手に取った。厳つい大剣を構え、三人の男たちを睨む。

 報告ではかなり強いと聞いていたため、万端の態勢を整えてダンジョンから出てくるのを待っていた。

 これだけの探索者シーカーと支配下の魔物がいれば、負けることなどありえない。

 三人の内、二人の男が歩いて来る。

 一人は大きな槍を持ち、一人は剣を抜いて下段に構えた。大して強そうには見えないが、念には念を入れなければ。

 サミュエルは隣にいた男に目配せする。

 男はコクリと頷き、魔道具の通信機器で指示を出した。

 魔法付与武装『支配の杖』を持つ探索者シーカーたちが、杖を高々とかかげる。上空を舞う【竜】たちが反応し、下降してきた。

 後ろに控えていた黒のダンジョンの魔物【ギルタブルル】も、大きな体を揺らしながら前に出て来る。

 直接自分たちが相手をすることもない。莫大な魔力と魔宝石を消費するものの、魔物を操ることができるのだ。

 人外の力をもって叩き潰す!

 竜たちが一斉に襲いかかると、槍を持った男が穂先を天に向かって突き上げる。

 その瞬間――穂先から眩い光が天を貫く。竜は警戒し、距離を取って散開する。光は空で消え、代わりに黒雲が広がった。

 サミュエルは顔をしかめる。こんな魔法は見たことがなかったからだ。

 黒雲からバリバリという音と共に光が漏れていた。サミュエルは嫌な予感がして、思わず一歩あとずさる。

 その予感は的中した。黒雲から数限りない雷が落ちる。

 それも普通の雷ではない。"黒雷"だ。雷の第二階層魔法である"黒雷"が、容赦なく竜に襲いかかる。

 直撃を受けたエンシェントドラゴンや青の飛竜ブルードラゴンは、すべなく落下する。驚いたのは"黄金竜"も黒雷で打ち落とされていたことだ。

 雷魔法を使う"黄金竜"に、雷撃は効きにくいはず。それなのに一撃で撃墜しているのなら、あの"黒雷"は恐ろしいほどの威力だということ。

 サミュエルは混乱しつつも、剣を構え直し、周りにいる探索者シーカーを鼓舞する。


「ひ、ひるむな! この人数でかかれば負ける訳が――」


 そう言ったあと、サミュエルは自分が持つ剣の異変に気づく。

 。剣は中ほどで切断され、刃は地面に落ちていた。

 サミュエルはパニックにおちいる。

 それは彼だけではない。周囲の探索者シーカーたちも自分の武器が破壊されていることに驚き、声を上げた。

 サミュエルがハッとして振り返る。何体も連れてきた深層の魔物【ギルタブルル】が炎上していた。

 脚を失い、地面に倒れている。

 サミュエルは青ざめた。間違いなく。改めて三人の男たちを見れば、その内一人の姿がない。


 ――なにが……なにが起きたんだ!?


 サミュエルが考える間もなく、絶命した竜たちが周囲に落下してくる。

 一部の探索者シーカーたちは竜の下敷きになり、現場は大混乱におちいった。


「ま、待て! 慌てるな!! まだ魔物がやられただけで、俺たちがやられた訳じゃない!」


 サミュエルは必死に訴えるが、現場の混乱は大きくなる一方。歯噛みして視線を移した時、いなくなっていた男が元の場所に戻っていた。

 剣を鞘に収め、何事もなかったかのようにこちらを見つめてくる。


「もうやめろ。あなたたちがいくら束になっても、僕たちには勝てない」


 流ちょうな英語。男は辺り一帯を睨みつける。その威圧にあらがう者はいない。三人の男たちは、ゆっくりと歩いて行く。

 探索者シーカーたちはなにもできないまま、黙って道を開けるしかなかった。

 サミュエルはワナワナと震え出す。


 ――ここまで馬鹿にされたのは初めてだ。このまま帰す訳には……。


 頭に血が上ったサミュエルは腰に帯びた短剣を抜き、三人の男たちを追いかける。

 その時、真ん中にいた男が振り返った。

 黒髪のさえない男だ。竜種を倒した槍の男や、突然消えた男より弱そうに見える。だが、その男の目を見た瞬間――サミュエルは足を止め、動けなくなった。

 

 ――なんだ? なんなんだ、あの目は!? 


 サミュエルの足はガタガタと震え、鼓動は早鐘を打ったように早くなる。

 今まで見たどんな探索者シーカーとも違う。むしろ魔物から感じるプレッシャーに似ていた。それも半端な魔物ではない。

 竜種や【深層の魔物】を遙かに超える化け物。

 サミュエルは立っていることができなくなり、その場に尻もちをついた。

 男は興味を失ったように視線を戻し、歩き去っていく。

 千人近くいた探索者シーカーたちは一歩も動けず、三人を見送ることしかできなかった。


 ◇◇◇


「あいつら、あのままで大丈夫かな? また街の人たちに悪さするんじゃ……」


 悠真が不安そうにつぶやくと、ルイが「そうだね」と暗い表情で答える。


「国同士の行き来ができれば、アメリカから助けを呼べるかもしれない。でも、今はどうにもできないよ。僕たちはオーストラリアを助けに来た訳じゃないからね」

「それは……そうだけど」


 ルイの言うことはもっともだった。自分たちにできることはほとんどない。いくら悪人だったとしても、全員殺して回ることはできないのだから。

 悠真とルイが黙って歩いていると、明人が軽い調子で話しかけてきた。


「それにしても、あいつらが持ってる武器。めちゃめちゃスゴなかったか? 普通の魔物どころか、竜種まで操っとたで!」


 それを聞いてルイはフルフルと首を振る。


「危険でろくでもない物だよ。どんな仕組みか知らないけど、魔物が暴れ出したらきっと止められない。人間が持つには、まだまだ過分なものだ」

「かったいな~。魔物が操れるんやで? 一本ぐらい貰っとけばよかったやないか」

「ダメだよ。あの武器は一つ残らず破壊しておいたから。もう使える物はないよ」


 そんな会話をしながら、三人は世界最大の黒のダンジョン『タルタロス』をあとにした。

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