第370話 待ちかまえるもの

「やったやんけ、悠真!」


 人の姿に戻った悠真の元に、明人とルイが駆けつけて来た。

 明人は持っていたゲイ・ボルグを地面に突き刺し、満面の笑みで悠真の肩をバンバンと叩く。


「い、痛いよ」

「お前ならやると思っとたで! あんなエテ公に負けるわけないからな」


 明人はハッハッハと大笑いしていたが、その横でルイが苦笑いする。


「ごめんね、悠真。サポートするって言ってたのに、近づくこともできなくて」

「ああ、いいよ。あそこまで大猿が強いなんて予想外だったしな。近づかなくて正解だったと思うぞ」


 悠真たちは改めて倒れた大猿を見る。頭が失われ、残った体も砂となってボロボロと崩れている。

 異常なほどの超パワーを生み出す能力。あれが長時間続いたら、間違いなく殺されていた。悠真は危機を乗り越えたことに、ホッと胸を撫で下ろす。


「悠真が倒したんや、魔鉱石は落ちとるやろ」


 明人の言葉に、ルイは「そうだね」と同意する。ある程度大猿の体が崩れたところで、ドロップしているはずの魔鉱石を探すことにした。

 大量の砂をかき分け、三人で地面を探し回る。

 【深層の魔物】を倒した以上、すぐにダンジョンの崩壊が始まるはずだ。早くここから脱出しなきゃいけない。

 そう考えていた時、離れた場所から明人の「あっ!」という声が聞こえてきた。


「これちゃうか!?」


 ルイと一緒に駆け寄ると、明人は手の平に乗せた『石』を見せてくる。

 それは紫色で、形は楕円形。全体に細かい筋が走り、植物のレリーフのような紋様もある。

 強力な魔宝石や魔鉱石にあった紋様。やはり最下層まで来たのは正解だったな。と思うものの、これはかなり毒毒しい見た目だ。


「なんだか、気持ち悪い魔鉱石だね」


 ルイの感想に、明人も「せやな」と顔をしかめて答える。悠真は紫の魔鉱石を受け取り、マジマジと見つめた。


「見た目は確かに悪いけど、強力な魔鉱石なのは間違いだろうからな。飲み込むしかない」


 悠真はティッシュで魔鉱石を拭き、ルイからペットボトルを受け取って石を飲み込む。水で流し込んだあと、三人はどうなるのかと心配そうに様子を見守る。

 すると――


「うっ!?」

「どないした、悠真!」


 急に苦しみだした悠真に、明人とルイは慌て出す。悠真はそんな二人を手で制し、ふぅーと大きな息を吐いた。


「凄い熱くなったからビックリしたけど……大丈夫、もう落ち着いた」


 悠真は腹を撫でながら、深呼吸を繰り返す。ここまでの"熱"を感じたのは、黒の王であった『デカスライム』の魔鉱石を食べて以来だ。

 素直に考えれば、同じぐらいの効果があるということだろうか?

 悠真が期待を膨らませていると、足元が小刻みに揺れ始めた。


「あかん! 崩壊が始まっとる。すぐにここから出るで!!」


 明人の言葉に悠真も「ああ!」と答え、三人で脱出することにした。駆け足で階層を上がり、周囲を見渡す。

 やはり魔物の姿はない。【迷宮の守護者】を倒せば魔物も消える。

 それがこのダンジョンでも同じだったことに、取りあえず安堵した悠真たちだが、時間的な余裕はない。

 ダンジョンは最下層から崩れていく以上、ひたすら出口を目指して上って行くしかないのだ。

 悠真たちは走り続け、階層を駆け抜ける。

 三日に渡り、ダンジョンを攻略してきたので、疲れは相当溜まっていた。

 それでも休むことは許されない。ダンジョンの崩落に巻き込まれれば、どうなるか誰にも分からない。

 学者によっては異次元の"穴"に落ち、二度と戻って来れない言う者もいる。

 それが本当かどうか分からないが、自分で試す気はない。


「しんどい! ワイはゲイ・ボルグに乗って先にいっとるわ」


 悠真は槍に飛び乗ろうとする明人の肩をガシリと掴む。


「ちょっと待て! ずるいぞ自分だけ! 俺たちも乗せていけよ!!」

「無理ゆうな! 乗せられても一人だけや、それでも莫大な魔力を消費すんのに」

「だったら俺が一緒に乗る。ルイは速く走れるから大丈夫だろ?」


 悠真に水を向けられたルイは「いやいや」と首を横に振った。


「速く動けるのは短時間だけだよ。長く使うと負担がかかって、最悪の場合は足が動かなくなっちゃうよ」

「ダメか……」


 悠真は苦虫を潰したような顔をする。そんな悠真を横目に、明人は「ほな、お先」と言ってゲイ・ボルグにまたがる。

 悠真は「行かせるか!」と飛びつき、大げんかになった。

 すったもんだの末、結局三人とも走ることになり、二十八時間後にダンジョンの入口に辿り着いた。

 階段を上り切り、ドーム内の施設に入ったところで、明人やルイ、そして悠真は床に倒れて動かなくなる。


「あ~~~疲れた! もう立てへん! 腹も減ったし足も痛いし……」


 泣き言を言う明人に突っ込む者はいない。全員が疲れ果て、動けなくなっていたからだ。一時間近くその状態が続いたが、ルイが一人、よろよろと立ち上がる。


「ずっとこのままでいる訳にはいかないからね。そろそろ行かないと」


 明人も「そうやな。取りあえず食料を調達しにいかんと」と言い、足を踏ん張って立ち上がる。悠真もあとに続いたが、全員フラフラだった。

 ドーム型の施設内を歩き、なんとか入口まで来ると、明人が眉間にしわを寄せる。


「なんや、お客さんが仰山ぎょうさんおるようやで。こんな時にめんどくさい……」


 ぶつぶつ文句を言う明人に続いて外に出ると、その言葉の意味が分かった。

 施設の周りを、大勢の人間が囲んでいる。その数は百や二百などではない千人規模だ。戦闘車両なども並び、臨戦態勢に入っている。

 悠真はこの集団がなんなのか、すぐに理解した。


「テロリストの探索者シーカーたち……俺たちを追ってこんなところまで来たのか」


 悠真は顔をしかめる。三人とも体力を使い切り、本来なら戦うような状態ではない。だが、この連中が見逃してくれることはないだろう。


 ――やっぱり戦うしかないのか?


 悠真が深い溜息をつくと、ルイが「あれを見て」と空を指さす。

 悠真は視線を上げて空を見た。そこにいたのは数十体の竜の群れ。赤いものもいれば、金色に光るものもいる。さらに青く輝くものまで。


「エンシェントドラゴンに黄金竜……青の飛竜ブルードラゴンまでいるよ。あんなレベルの高い魔物まで操れるのかな?」


 ルイの疑問は当然だった。竜種は危険度ダブルAの魔物。人間が操れるなど、到底考えられなかった。

 悠真が探索者シーカーたちに視線を移すと、光り輝く杖を持った人間が何人かいる。あの杖で魔物を操っているんだろう。

 さらに装甲車の後ろから、ドシンッ、ドシンッとなにかが迫ってくる。

 悠真は目を見開いた。それはいつか見たサソリに似た魔物。黒い外殻を纏った巨大サソリは、のっそのっそと近づいてくる。

 見える範囲だけでも五体。まだまだ多くの魔物を連れて来てるかもしれない。

 悠真はフラつく足に力を込め、前に出ようとした。しかしそんな悠真の前に、明人とルイがおどり出る。


「おいおい、悠真は下がっとき。こいつらはワイとルイで相手したるさかい」

「でも――」


 悠真が反論しようとすると、ルイにポンッと肩を叩かれる。


「大丈夫だよ。すぐに終わらせるから」


 武器を構えたルイと明人が、一歩、二歩と前に向かって歩き始めた。

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