第四章 赤の公爵襲来編
第98話 緊急事態
茨城県石岡市にある赤のダンジョン。
日が沈んだ時間帯であったが、ダンジョンに通じる‶ドーム″の中には、多くの
無機質な白い部屋にある長机の上に、数台のノートパソコンが置かれている。
そのパソコンの画面を、五人の男たちが覗き込んでいた。
「やはり‶マナ″が漏れていますね。しかも指数関数的に増えてるようです」
機器を操作している男の言葉に、隣にいた石川が「早すぎるな。なぜ急に……」と苦々しい表情で言う。
「
「それは分からん。だが、影響が無いとも言い切れん。誰がやったのかは知らんが、余計なことをしてくれたもんだ!」
エルシードの責任者である石川は、現状に苛立ちを募らせていた。
赤のダンジョンからマナが漏れ始めたのは数日前。海外のダンジョンでもマナが漏れ出すとの報告が上がっていたため、日本でもいずれ同じ現象が起こるだろうと予想されていた。
しかしあまりにも急激な流出に、石川は『赤のダンジョン』を管理する陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地の責任者と、対策を話し合うことになる。
今いるのはダンジョンの入口があるホールの隣の部屋。
壁や床、天井は全て白く、とても殺風景な室内にいたのは石川とエルシード社の
「石川さん。このままでは何が起こるか分からない。防衛省のダンジョン対策室に応援を要請しようと思うんだが」
石川に話しかけてきた陸将の柿谷は、頭を五分刈りにした五十代の自衛官だ。
凛々しい制服を着こみ、両脇に部下を従える姿は、さすがに威厳があった。石川も頷いて口を切る。
「私もエルシード本社に探索者の派遣を依頼しました。明朝には到着するでしょう」
「すまない。本来はこのような危険を伴う事案は、我々自衛隊の仕事。民間人である君たちを巻き込むのは心苦しいんだが」
「いいえ、お気になさらず。ダンジョンや魔物に関しては私たちの専門です。できる限り協力いたします」
「そう言ってもらえると助かる。さて問題は――」
「ええ」
二人の視線が目の前にある扉に移る。分厚い鋼鉄でできた隔壁扉で、非現実的な空間であるダンジョンと、人々が暮らす世界を隔てていた。
「しかし、本当に魔物がダンジョンの外に出てくるなどあるのだろうか?」
柿谷が不安気な表情で石川に尋ねる。
「マナが地上に流れ出している以上、充分にありえます。低階層の魔物であれば特に問題はありませんが、深い階層の魔物が出てくれば
「海外ではそんな事例が?」
「低階層の魔物が出てきた例はありますが、深層の魔物が出てきたというのは公式にはありません」
「公式……と言うと?」
柿谷が眉を寄せる。
「各国政府が隠蔽している可能性はあります。小さな国ではダンジョンビジネスが主産業になってるケースもありますし、大きな国でも自国の企業に影響が出るのは嫌でしょうから」
「だから隠蔽すると?」
問われた石川は、コクリと頷く。
「どこの国も自国だけ損害を負いたくないんですよ。国内で解決できるうちは口をつぐみ。周りを見渡して、他国の出方を窺ってるんだと思います」
石川にはある種の確信があった。日本でもこれだけ急速な変化が起きているのに、より早くマナの放出が始まった他の国で問題が起きてないなど有り得ない。
故に日本で最初に問題を起こすことなど、到底できなかった。
「今、ダンジョン内のマナも急激に上がっていると報告を受けています。強力な魔物が上がってくる可能性は充分あるでしょう」
「そうですか……」
柿谷は真剣な眼差しで、部下たちと話を始めた。石川もパソコンのモニターに視線を移す。
そこにはダンジョン一階層の様子が映し出されていた。
「今のところ異常は無さそうですね」
部下の言葉に石川は「ああ、そうだな」と返し、モニターを覗き込む。マナの影響で通信が使えるのは一階層まで。
それより下の階の様子は分からないため、石川は二階層にも六名の
一階層には五名の探索者、そしてダンジョンの入口があるホールには探索者十名、銃器を装備した自衛隊員八名が待機している。
そして石川がいる部屋には、石川と直属の部下四名。そして柿谷たち自衛官が詰めていた。
この部屋を突破されれば、外へと続く区画に出てしまうため、ここが魔物が出現した時の最終防衛ラインとなる。
そんな緊張感を持っていると、モニターから部下の声が聞こえてくる。
「どうした?」
『二層にいるチームからの報告です。大きな魔物が一層の出入口に向かって走っていると言っています』
「どんな魔物だ?」
『それが……通信が途中で途切れてしまって……』
距離を開けての通信ができないため、一層と二層の間はトランシーバーを使ってやり取りをしていた。状況が正確に分からないため、石川は小さく舌打ちをする。
「もし、魔物が上がって来たら一層で始末しろ! 地上には上げるなよ」
『分かりました!』
柿谷が緊張した面持ちで「大丈夫だろうか?」と尋ねてくる。石川も「プロの探索者ですから」と返すが、不安は拭えない。
――二層の連中との通信が途絶えたということは、交戦したってことか? 負けるとは考えにくいが……。
今ダンジョンにいる
低層階や中層階の魔物に負けることは有り得ない。石川はそう思っていたが――
『うわああああああああああ!!』
パソコンから突然悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ、どうした!?」
モニターの映像もプツリと消え、暗転した画像は黒く沈黙する。
――まさか……やられたのか!?
「石川さん、これはどういう……」
柿谷が話しかけてきたが構っている暇はない。石川はすぐにスマホを取り出し、隣のホールに控える隊員に連絡を取る。
「緊急事態だ! 魔物が上がってくるかもしれない。なにがなんでも、そこで食い止めろ!!」
『わ、分かりました』
大声で叫んだ石川は、映像が途切れたモニターを睨む。
「石川さん、隔壁扉を開きましょうか? 我々も応援に――」
「ダメだ!! 今、開けば魔物を外に出してしまう可能性がある。それだけは絶対に阻止しなければならない」
もしもダンジョンにいる探索者チームが倒されたとしたら、間違いなく深い階層にいる魔物だ。
だとすれば犠牲者を出したとしても、扉を開く訳にはいかん。
石川がそう考えていると、隣のホールから発砲音が聞こえてきた。自衛隊員が銃を使用してるんだ。
叫び声も聞こえ、怒声や壁にぶつかる音も聞こえる。
ホールはまさに阿鼻叫喚の様相を呈していた。だが、しばらくすると物音は聞こえなくなり、不気味な静けさが訪れる。
隔壁を凝視する石川の額に、嫌な汗がつたう。
――まさか、全員やられたのか……? マナが溢れている以上、ダンジョンの外であっても‶魔法″は使えたはずだ。それでも負けた? ……だとしたら。
静寂の中、隔壁扉の向こうで小さな音がした。
――いる。確実に扉の向こうに。
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