第82話 鬼神の如く

 四方から向かってくるヴァーリンを牽制するため、悠真はピッケルを横にグルグルと回転させ遠心力をつけていく。

 最大限に加速した所でピッケルから手を離す。

 恐ろしい速度で飛んでいった巨大なハンマーは、ヴァーリンの顔面に直撃。悲鳴を上げる間もなく魔物は即死し、砂となった。

 ピッケルの柄にはひも状にした『液体金属』が巻き付けている。悠真はそのひもを引き、ピッケルを手元に戻す。

 背後から襲いかかってきたヴァーリンに振り向き様、ピッケルを横に振り抜く。

 鋭利なピックが胴体に突き刺さり、魔物は断末魔の絶叫と共に砂となって消えていった。

 攻撃を畳み掛けようとした時、ピッケルの柄をヴァーリンががっしりと掴む。


「なっ!?」


 その剛腕によってピッケルが動かない。引きはがそうとしている間に、他のヴァーリンたちが迫ってくる。


「くそったれ!」


 悠真は血塗られた鉱石ブラッディー・オアーの力を最大限に開放する。全身が赤い血脈に覆われた。

 ヴァーリンの顔を左拳で殴りつける。魔物は仰け反り血を吐き出すが、ピッケルを離そうとはしない。

 悠真はピッケルから右手を離し、甲に装備した剣を伸ばす。そのままヴァーリンの胸元に殴るように突き刺した。

 吐血するが、やはり剣で刺しただけでは死なないようだ。

 後ろからはさらに別のヴァーリンが掴みかかってくる。悠真は剣を引き抜き、背後のヴァーリンの手を裏拳で弾いた。

 右手の剣を振り上げ、魔物の頭上目がけて斬り下ろす。

 ヴァーリンも腕を上げて止めようとするが、その腕に深々と剣が食い込む。だが剣が鋼鉄の腕から抜けなくなってしまった。

 悠真が焦っている間にも、周りのヴァーリンは次々と襲いかかってくる。


「うおおおおおおおおお!!」


 悠真は全力で剣を押し込んだ。ヴァーリンの腕を切り落とし、絶叫する魔物の腹を全力で蹴り飛ばす。

 ヴァーリンは地面を転がりながら、砂となって消えていく。

 振り向けば、襲い来るヴァーリンたちの足元に‶ピッケル″が落ちている。悠真は指三本をトゲのように伸ばし、ピッケルの柄に巻き付ける。

 腕を引けばピッケルが勢いよく戻ってきた。バシッと柄を掴み、向かい来る魔物にハンマーのヘッドを叩きつけた。

 ヴァーリンの鋼鉄の体が、骨が、内臓が、ぐしゃりと潰れる感触が手に伝う。

 魔物は突っ伏すように地面に倒れ、砂へと変わった。なんとかやれると思った瞬間、体から赤い筋が消えていく。


「ああ!?」


 時間切れ。三つの血塗られた鉱石ブラッディー・オアーの能力を使い切ってしまった。

 まだまだいるヴァーリンたちを見て、顔をしかめる悠真だったが――


「悠真、こっちだ!」


 ヴァーリンが死んだ場所から‶魔鉱石″を回収していた社長が悠真を呼ぶ。

 悠真はヴァーリンたちを牽制しつつ、社長の元へと走ってゆく。


「俺があいつらを引き付ける。その間にこれ全部飲み込め!」


 社長から手渡された七つの血塗られた鉱石ブラッディー・オアー。社長はすぐに六角棍を振り上げ、ヴァーリンに向かって駆け出した。


「こっちだ猿ども! 俺が相手だ!!」


 何匹ものヴァーリンが社長を掴もうと手を伸ばす。社長はその手を振り払おうと、六角棍に水の魔力を流し込む。

 青く輝く棍を振るってヴァーリンの体や腕を叩きつけた。

 辺りに水滴が飛ぶ。社長が派手に立ち回ってくれたおかげで、完全にヴァーリンの意識を悠真から逸らしている。


「いまのうちに……」


 悠真は金属化した怪人のような口を開き、七つの魔鉱石を全て飲み込んだ。『液体金属化』の能力を使えば、口や喉を大きく開くことができる。

 金属化している時に魔鉱石が接種できるのは、事前に調べて分かっていた。

 全てをゴクリと飲み込んだ後、腹がジンジンと熱くなる。

 どうやら問題なく取り込んだようだ。見れば社長がヴァーリンたちに囲まれて苦戦している。

 悠真は体に力を込め、赤い血脈を全身に流す。そして社長を助けるため、全力で駆け出した。


 ◇◇◇


「くっそ! こいつら頑丈なうえ、キリがねぇなぁ!!」


 社長の神崎が六角棍を振るい、ヴァーリンたちを牽制してゆく。水魔法が込められた魔法付与武装で打ち据えても、ダメージを受けている様子がない。

 あまりの頑丈さに、神崎は額から頬に汗が伝うのを感じていた。

 ――こんな化物ども相手に悠真は戦ってたのか……こいつらは接近戦で戦うような魔物じゃない。

 周りを囲まれ、いよいよ逃げ場が無くなった時、ヴァーリンの後ろから恐ろしい速度で近づいてくる影がある。

 薄暗い洞窟の中で駆け抜けるその光は、まるで赤い稲妻のように見えた。


「社長!」

「悠真!」


 悠真が振り下ろしたハンマーが、ヴァーリンの背中に直撃する。響き渡る衝撃音。

 体がぐしゃりと潰れた魔物はそのまま砂となる。さらに体を捻り、勢いをつけた悠真が振るったハンマーで、別のヴァーリンを吹っ飛ばす。

 岩壁に激突した魔物も砂となって消えてしまう。

 尚も襲いかかってくるヴァーリンに、今度はハンマーを下から上に振り抜く。

 ピックの部分が顎に突き刺さる。その勢いのまま魔物の体を持ち上げ、地面に叩きつけた。

 今度も一撃で砂になってしまった。

 わずか五秒ほどの出来事。神崎が呆気に取られていると――


「社長、ここは俺がやります! 社長は安全な所まで避難して下さい」

「お、おう。分かった」


 神崎は悠真の横をすり抜け、アイシャが隠れている岩陰まで戻る。

 そこから見る悠真の戦いは、まさに鬼神の如き猛攻だった。もはや手を貸す必要はないだろう。

 そう思えるほど、圧倒的な強さだった。

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