第83話 リミッター

 その後も悠真は危なげなくヴァーリンを倒し、討伐数は目標の二十に到達した。


「取りあえず、二十匹は倒せましたね。どうします? まだ倒せますけど」


 悠真が尋ねると、アイシャはふるふると首を振る。


「いや、もう充分だ。これで手に入れた血塗られたブラッディー・鉱石オアは、合計二十三個。これ以上は必要ない」

「なんで必要ないんだ? 多い方がいいじゃねーか」


 ドロップした魔鉱石を集め終わり、社長が戻って来た。アイシャはやれやれといった表情で軽く笑う。


「考えてみろ。血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力は『金属化』なしで使うことができない。悠真くんの『金属化』は一回五分、合計で一時間十分。それに対し血塗られたブラッディー・鉱石オアは最大三分間能力が発動する。二十三個なら合計一時間九分。ギリギリ『金属化』の時間を超えないだろう」

「あ~確かにそうだな」

血塗られたブラッディー・鉱石オアの‶超パワー″は出力次第でもっと短かい持続時間になるが、用心に越したことはない。悠真くんの安全は絶対条件だからな」


 その話を聞いて悠真も納得する。なにより二十三個分の‶超パワー″が使えれば、大抵の敵は倒すことができるだろう。

 一行はさらに下の階層へ進むことにした。


 ◇◇◇


 黒のダンジョン・七十二階層――


「おいおい、嘘だろ……あんなのまでいんのかよ!」


 そこに居たのは、今まで見たことがないほど大きな岩のゴーレム。

 悠真たちは岩陰から、呆気に取られるように眺めていた。


「さすがにあれは戦えませんね」


 悠真が零すと、「当たり前だ」と社長が返す。だがデカイだけあって動きは緩慢。足元をすり抜け、下の階に行くことはできるだろう。

 あるいは、もう充分下まで来たので、引き返すという選択肢もある。

 最終的な判断はアイシャにゆだねられた。アイシャは腕を組み、まぶたを閉じて考えていたが、結論が出たのかゆっくりと瞼を開ける。


「よし! あのゴーレムを倒そう」

「「ええっ!?」」


 第三の選択肢が突然出てきた。想定外の答えに、悠真と社長は固まってしまう。


「あんな立派な岩のゴーレム初めて見た。しかも‶灰褐色″だ。倒せば恐らく‶銀の魔鉱石″がドロップするだろう。とんでもない大きさかもしれないぞ!」


 そう言ってアイシャは笑っていたが、悠真は正気じゃないと思った。

 相手は全長十メートルはあろう、岩の怪物。どんなに血塗られたブラッディー・鉱石オアがあっても勝てる気がしない。


「無理ですよアイシャさん。あれはそれこそ強力な‶魔法″が使える探索者でもないかぎり、倒せませんよ」

「そうだぞ! 悠真にもしものことがあったらどうすんだ? ここはスルーして先に進むか、ここで終わりにして帰るかの二択だ」


 二人に猛反対されてもアイシャが意見を変えることはない。


「大丈夫だよ、悠真くん。あんな怪物でも倒す方法はある」

「え!? そんな方法があるんですか?」


 アイシャはフフンッと笑って悠真の肩を叩く。


「人間にはね、悠真くん。‶筋肉のリミッター″というものがあるんだよ」

「筋肉のリミッター?」

「そう、いわゆる『火事場の馬鹿力』ってやつだ」


 それを聞いて社長が口を挟む。


「おいおい、そんなもんで悠真を戦わせるのか!? ふざけんじゃねーぞ!」

「ふざけてなどいない。そもそも『火事場の馬鹿力』は科学的に証明されている。人間が100%の力を出せば、通常の五倍とも十倍とも言われる力が出るんだよ」

「じゅ、十倍!?」

「そう、だがそんな力を出してしまえば体が壊れてしまう。血塗られたブラッディー・鉱石オアと同じ現象だ。だから脳が制限をかけて力を抑えてるんだ」


 アイシャは悠真の顔を見て、ニヤリと微笑む。


「でも悠真くん、。その鋼の肉体は血塗られたブラッディー・鉱石オアの超パワーにも耐えた。つまり、筋肉のリミッターを解除して100%の力を引き出しても、問題なく使えるってことだ」


 悠真はゴクリと息を飲む。確かに『金属化』している間なら、体が壊れるとは考えにくい。

 

「悠真くん。君は本来、血塗られたブラッディー・鉱石オアになんか頼らなくても、それに近い能力は使えるんだ。それが『金属化』の凄いところなんだよ」

「で、でも……どうやってリミッターを外せばいいんですか?」

「結局は精神の問題だからね。自分の体を信じて力を解放するしかない。あとは環境要因も重要かな」

「環境要因ですか?」

「そう、より追い込まれた方が力は発揮できる。だから悠真くん。今回はピッケルを使わずにあいつを倒すんだ」

「え!?」

「おい、いくらなんでも……」


 社長が心配そうな顔で止めようとするが――


「じゃあ鋼太郎! 他にリミッターを外す方法が思いつくのか?」

「い、いや、それは思いつかんが……そもそも、ゴーレムと戦う必要がないだろう。危険すぎる!」


 アイシャは不機嫌そうに、社長から顔を背ける。


「悠真くん、どうだい。やってみないか? もし危なければ逃げればいい。相手は足の遅いゴーレムだ。君がもう一段強くなれるチャンスだと思うが……」


 悠真はしばし考え込む。もし、リミッター解除なんてことができるなら、本当に強くはなれるだろう。

 探索者シーカーとして成功するために『強さ』は必須条件だ。

 アイシャは単に研究がしたいだけだろうが、その甘言に乗ってみるのも悪くないかもしれない。悠真はそう思い、アイシャの目を見る。


「分かりました。やってみます!」

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