第84話 限界の先へ

 悠真は体を‶金属鎧″へと変え、岩陰から出てゴーレムの元へと歩む。


「本当に大丈夫か? 悠真」


 社長が心配そうに聞いてくる。悠真は振り返り、「無理はしませんから」と言って再び歩き出す。

 悠真は階層の中ほどで足を止めた。

 目の前にいるのは、全身が岩で覆われた巨大なゴーレム。太い手足に、人のような顔まである。

 ヒリヒリと鋼鉄の肌にも感じる威圧感。今まで出会った魔物の中でも相当強い部類なのだろう。悠真は呼吸を整え、巨躯の魔物をめ付ける。

 ゴーレムも悠真の存在に気づいた。

 ゆっくりと体を動かし、小さな敵に向かい合う。一歩動くごとに鳴り響く地響き。

 ゴーレムは大きく腕を振りかぶる。悠真を殴る気のようだ。


 ――よけるのは簡単だ。だけど、ここでよければ自分の力のリミッターは外せない。真正面から迎え撃つ!


 振り下ろされるメガトン級のパンチ。悠真も血塗られた鉱石ブラッディー・オアーの能力を全開にする。

 これに筋肉のリミッターが解除できればゴーレムの拳も弾き返せる。そう信じて悠真は正拳突きを繰り出した。

 一番威力が出る攻撃手段。ゴーレムの一撃と悠真の渾身の正拳突き。

 二つがぶつかり合った時、洞窟内に激しい衝撃が広がる。


「どうなった!?」


 離れた場所で見ていた社長が目を見開く。爆散して岩や土煙が舞い上がる。力負けして吹っ飛ばされたのは、黒い鎧に身を包んだ悠真の方だった。

 気を失っているようで、そのまま壁に激突する。


「悠真ーーーー!!」


 社長は岩陰から飛び出し、地面に落ちた悠真に駆け寄る。


「大丈夫か!? しっかりしろ!」


 鎧の体を抱き起して左右に揺さぶる。悠真はハッと目を覚まし、起き上がった。


「ああ! ビックリした……俺、打ち負けたんですか?」

「バカ野郎! だから危ねえっつただろう!!」


 ダメージは受けていないため、悠真はすぐに立ち上がるが、とてもあのゴーレムに勝てる気はしない。

 ――やっぱりダメか……。

 そう思った時、社長と一緒に駆け寄って来たアイシャがゴーレムを指差す。


「見てごらん、悠真くん。あのゴーレムの右手を」

「右手……」


 見るとゴーレムの右拳にヒビが入り、ボロボロと岩の破片が落ちていた。


「効いてる……のか? 俺の‶正拳突き″……」

「そうだよ。悠真くん、君の力は通用してるんだ。もっと力が解放できれば必ずあのゴーレムを倒せる!」


 悠真は自分の両手を見る。筋肉のリミッターを外すと言っても、簡単にできるはずがない。

 それでもなにか掴めるような気がする。悠真はもう一度試すことにした。


「おい、悠真。もう、やめてもいいんだぞ!」

「社長、もう少しだけ、もう少しだけやってみます」


 止めようとする社長を手で制し、悠真はゴーレムの元へと歩み出る。

 悠真の姿を見つけた岩のゴーレムは、再び岩の腕を大きく振り上げた。左足をドスンッと踏み込み、巨大な拳を落としてくる。

 悠真は避けない。正拳突きの構えを取り、二つの拳が正面からぶつかり合う。

 大地を砕く衝撃。土煙が舞い上がり、岩が飛び散る。吹っ飛ばされて岩に激突した悠真は、ズルズルと地面に落ちてゆく。


「うう……」


 フラフラと立ち上がり、悠然とたたずむゴーレムを見る。

 ――まだダメだ。まだ太刀打ちできない。だけど……だけど、なにか掴めそうな気がする。あと少しで……。

 悠真はもう一度ゴーレムの元へ行く。三度向かい合う両者。

 ゴーレムの目元は奥まり、そこに二つの赤い光が輝く。赤い目で悠真を見据え、腕を振り上げた。

 向かって来る者は何度でも殺す。そんな意思がビンビンと伝わってくる。

 悠真は呼吸を整え、正拳突きの構えを取った。頭に血が上っているのが分かる。体は燃えるように熱い。

 自分の体の奥底から、荒れ狂う波が押し寄せる。そんな感覚があった。

 ――次こそは……。



「いい感じだね」


 離れた場所で見守っていたアイシャが口を開く。その言葉を聞いて、社長は怪訝な顔をした。


「なんだ、いい感じって? 適当なこと言うなよ」

「悠真くんは興奮状態に入ってる。アドレナリンが大量に出ると、筋肉のリミッターが外れやすくなるのが分かってるからね」

「そうなのか!?」

「あとは彼次第だよ。もし本当にリミッターが解除できれば……面白いものが見られるかもしれない」


 アイシャはニヤリと口角を上げた。


 ◇◇◇


 風を切る音。大気を揺るがすほどの拳撃が、目の前に迫る。

 あの拳を撃ち砕く! それのみを考え、己の全てをこの一撃に込める。

 左足を一歩踏み込んだ。地面が割れ、足が食い込む。全身に赤い筋が走り、強い輝きを放つ。

 ゴーレムの右ストレート。それに対して、悠真も右の正拳突き。

 体からは蒸気が噴き出す。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 拳と拳の激突―― 洞窟が震えるほどの衝撃が走った。


 遠くにいたアイシャや社長も目を見張る。悠真は拳を突き出したまま立っていた。今までのように吹っ飛ばされてはいない。

 見ればゴーレムも、拳を突き出した状態で止まっている。

 ――ダメか。と悠真が思った瞬間、ピシッと音が鳴った。

 ゴーレムの拳に亀裂が走る。その亀裂は拳全体から、腕に伝い、さらに肩にまで昇っていく。

 岩が軋むような音が響き渡り、ゴーレムの腕は豪快に砕け散った。

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