第101話 なんかいる?

 JDAのオフィスビルを後にする神崎を見送りながら、香坂は不満気な顔を覗かせていた。


「先輩、怖い顔して……なにか気になるんですか?」


 隣に立つ胡桃下くるみしたが、上目使いで聞いてくる。


「あの男、どうも本当のことを言ってる気がしない。なにか隠しているような……」

「隠すって、なにをですか?」

「……分からん。だが、それを調べるのも我々の仕事だ。他の二人の聴取はどうなっている?」

「はいはい、若い男の探索者『三鷹悠真』は、意識不明で病院に運ばれました。その後すぐに意識を取り戻しましたが、大事を取って聴取には呼んでいません」

「アイシャ・如月の方は?」

「こっちは特に怪我も無かったので聴取を行ってましたが、なんだか上の空でまともに話が聞けなかったみたいですよ。凄く落ち込んでたとかで……ただ、ポツポツ話す内容は神崎と同じようですね」

「……結局、まともに話が聞けるのは、あの神崎だけか。また近々呼び出して事情を聞くしかないな」


 香坂は渋顔しぶづらで零す。


「でも攻略されたのって『黒のダンジョン』ですよね。そんなに目くじら立てなくてもいいんじゃないですか?」


 ダンジョンの中でも『黒のダンジョン』は人気が無く、重要度が低いのは周知の事実だった。胡桃下も当然そう思っていたが……。


「黒のダンジョンとはいえ、研究や資源採取を行う国の重要な資産だ。それに最下層に入って出られなくなるなど、本当なら初めての事例だ。調査は徹底的にする!」

「はーい」


 いまいち納得していない胡桃下を横目に、香坂は自分の業務へと戻っていった。


 ◇◇◇


 横浜にある聖マリア大学病院、一般病棟。


「おう、悠真。大丈夫か?」

「あ、社長!」


 神崎が病室のドアを開けると、手前のベッドで悠真が体を伸ばしていた。


「体はなんともないのか?」

「全然大丈夫ですよ。問題ないです」


 悠真はそう言ってベッドから降りて立ち上がる。病室には四つのベッドが並んでおり、奥にあるベッドは高齢者が使っていた。


「医者は念のため一晩、入院していけって言ってるぞ」

「いやいや、勘弁してくださいよ。ピンピンしてるのにじっとしてなきゃいけないんですよ!」


 悠真は神崎に近づき、小声で話す。


「あそこにいる爺ちゃんたちの話に付き合わされるんですよ! 孫がどーしたとか、将棋はやらないのかとか、何時間も……」


 悠真は辟易へきえきした顔で不満を漏らした。神崎は苦笑いして、悠真を見る。


「分かったよ。退院の手続きをしてくるから、少し待ってろ」


 ◇◇◇


 病院の駐車場を、神崎と悠真は歩いていた。

 五月の上旬とはいえ、時刻が午後八時を回っていたため、薄着の悠真は肌寒さを感じていた。


「うー、やっと帰れます」

「事情聴取が長引いて、こんな時間になっちまったな」

「アイシャさんはどうしたんですか?」

「ああ、アイツも事情を聞かれてたな。事前に口裏を合わせておいたから大丈夫だと思うが……」


 急に顔を曇らす神崎を見て、悠真は不安になる。


「どうかしたんですか?」

「いや、アイツ本気で落ち込んでてな。当分の間、俺の顔は見たくねーって言って、そそくさと帰ってったんだ」

「あ~、黒のダンジョンが無くなっちゃいましたからね。かなりショックだったんでしょう」

「生きて帰れただけで、ありがたいと思えつーんだよ!」


 神崎はポケットから取り出した車のキーを押して、駐車してあるラングラーのドアを解錠した。二人で車に乗り込み、シートベルトをする。


「俺も事情聴取に呼ばれるんですかね?」


 助手席に座った悠真が不安気に尋ねる。


「まあ、呼ばれることはあるだろうが、お前は気を失っていて何も知らないって言ってある。なにか聞かれても、そう答えときゃいい」

「分かりました。でも、本当に途中から記憶が無いんですよ。一体、なにがあったんですか?」


 神崎は神妙な顔つきで、キーを回しエンジンをかけた。


「それは追々話す、取りあえず家まで送るよ」

「いえ、社長。駅まででいいです。電車で帰りますから」

「ん? なんでだ、車の方が早いだろう」

「社長、さっき舞香さんから電話が掛かってきてましたよ。すごく心配してるみたいですから、早く帰ってあげて下さい」

「ああ~舞香か……」


 神崎がスマホを取り出し確認すると、舞香から複数のメールが届いていた。


「ダンジョンから出て、すぐに連絡はしたんだが……聴取の間は電源切ってたからな。心配させちまったか」

「俺の家ここから逆方向になっちゃいますし、社長はこのまま家に帰って下さい」

「だけど、お前、まだ病み上がりみたいなもんだろ」

「いえ、本当に体の調子はいいんですよ。まったく問題ないですから、気にしないで下さい」


 神崎は少し悩んだが、悠真が言う通り帰ることにした。


「……分かった。だが、無理はするなよ。調子が悪くなったらすぐに言うんだぞ」

「はい、そうします」


 神崎は車を出し、横浜駅へと向かう。しばらくして駅に到着すると、悠真はお礼を言って車を降りた。


「悠真、会社は来週の月曜まで休みにするから、しっかり休めよ」

「分かりました。社長も飲みに行かずにまっすぐ帰って下さいよ。舞香さんが心配してますから」

「分かってるよ! 気をつけて帰るんだぞ」

「はい、ありがとうございました」


 ドアをバタンと閉め、悠真は去っていく車を見送った。自分も早く帰ろうと、駅の構内に入り、切符を買ってホームへと向かった。


 ◇◇◇


「すっかり遅くなったな~」


 家の最寄り駅で下車した悠真は、歩いて帰路に着いていた。時刻は午後九時過ぎ。

 悠真が住んでいるのは東京の郊外ということもあり、この時間になれば車や人通りが少なく、閑散としている。

 駅前の通りを進み、市街地を抜けると、小高い山とポツリポツリと点在する田畑が目に留まる。

 肌寒さを感じて両手をポケットに突っ込み、足早に歩いた。

 ここから家までは二十分ほど、そんなに時間はかからない。そう思いながらふと顔を上げると、かなり遠くにチロチロと揺れる明かりが見える。

 ――なんだ? 

 その光は田畑を突っ切り、徐々にこちらに向かってきた。

 よく見れば動物のようだ。だが、あんな光る動物なんているのか?

 悠真が怪訝に思っていると、その動物は姿かたちがハッキリと分かるほど近づいてきた。

 それは大きな犬だ。浅黒い皮膚のドーベルマンに似た姿。だが体は至る所がヒビ割れ、そこから赤く輝くマグマのような光が漏れる。

 なにより驚くのはその大きさ。

 犬の頭は人の背丈より高く、異常にデカい。犬は一定の距離まで近づくと、ピタリと動きを止めた。

 悠真も立ち止まって凝視していたが、変な犬に関わりたくないと思い、そそくさと歩き出す。すると犬も動きだし、ゆっくりと悠真に近づいて来た。

 それを見た悠真は一旦歩みを止め、今度は逆方向へと歩き出す。

 犬も立ち止まって方向を変え、まっすぐに向かって来た。

 悠真はピタリと足を止める。


「…………ん? 俺を狙ってる?」




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              読者の皆様へ

 日頃より拙文を読んで頂きありがとうございます。101話目まで毎日投稿してまいりましたが、102話目より三日に一度の投稿にしたいと思います。

 次回、102話は2月22日(火)、午後7時頃の投稿を予定しております。

 今後も定期的に更新していきますので、引き続き読んで頂けると幸いです。

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