第100話 事情聴取

 日本ダンジョン協会関東支部。


 東京都千代田区に本部があるこの組織は、日本国内のダンジョンの管理運営、調査を防衛省と共同で行うために作られた第三セクターである。

 その日本ダンジョン協会(通称JDA)のメインフロアを一人の男が歩いていた。 

 紺のシングルスーツに、ツーブロックの髪型。フチなしの眼鏡を掛けた、いかにも真面目そうなで立ちのJDA主任監査官、香坂英樹。

 彼は今、ある事案で頭を抱えていた。

 まだ夜が明けきらない早朝、突然電話が掛かってきたと思えば、横浜にある『黒のダンジョン』が攻略されたと言う。

 そんなバカなと思い現地に行けば、本当にダンジョンの崩壊が始まっていた。

 日本では前代未聞。初めてのダンジョン攻略ということになる。しかもそれを行ったのは、たった三人のグループ。

 一人は研究者で、残り二人が探索者。

 そんな人数で百五十階層もある『黒のダンジョン』を攻略できるはずがない。

 ダンジョンに詳しい者であれば、百人が百人そう言うだろう。香坂はJDAのオープンオフィスから見える、ガラス張りの会議室に目を移す。

 そこには大柄な男と、JDAの職員が話をしていた。

 香坂は手に持った黒いファイルを開く。男の名前は『神崎鋼太郎』、今回『黒のダンジョン』に入った探索者の一人で、D-マイナーという会社の社長らしい。

 調べてみれば大手どころか、中堅の会社でもない。零細企業中の零細企業。

 あの社長自身も、探索者としてはB級のようだ。


「信じられませんよね。あんな人が『黒のダンジョン』を攻略したなんて!」


 香坂が隣を見ると、目立たないように会議室を覗く小柄な女性がいた。

 チャコールグレーのスーツで身を固めた栗色のショートボブの女性は、目をランランと輝かせ、興味深そうに神崎を見つめていた。


胡桃下くるみした、なにやってる。仕事はどうした?」

「だって先輩! こんな面白いことが起きたのに、ほっとけないじゃないですか!」

「なにが面白いだ。不謹慎な」


 はしゃいでいるように見える胡桃下に嘆息しながら、香坂は再び会議室を見る。

 神崎が立ち上がり、なにかを怒鳴っているようだ。対応している職員がタジタジになっている。仕方がない――


「私が直接話を聞いてくる」

「え!? 先輩、行くんですか? じゃあ、私も連れてって下さいよ!」

「ふん、勝手にしろ」


 ◇◇◇


「だーかーらー、何度も言ってんだろうが! 最下層まで行ったら帰り道が突然消えたんだよ! そんで、でっけー魔物が現れて、俺たちは逃げ回ってたんだ」

「ええ、ですからその話を、もう少し詳しく聞かせて下さい」


 香坂は冷静に目の前の男を観察する。

 ダンジョンから帰還した後、すぐに病院に搬送されたようだが、軽傷だった神崎と研究者の女性はJDAの呼び出しに応じ、そのまま事情聴取にやって来た。

 着ている服はダンジョンに入った時のまま、ボロボロで薄汚れている。

 だが、神崎は右手にかすり傷がある程度、比較的元気な様子だ。百五十階層を往復したとはとても思えない。


「あなたが最下層の魔物を倒したんじゃないんですね?」

「ああ? 当たり前だろう。俺の実力でそんなことできる訳ねぇ! でっけえゴーレムから逃げてたら、そのゴーレムが足を踏み外して底が見えない穴ん中に落ちてったんだ。その後地震が起きて、上にあがる坂が現れた。そっから俺たちは命からがら逃げて来たって訳だ」

「そうですか……」


 一応話の筋は通っている。しかし――


「たった三人で最下層まで辿り着いたとは、とても思えないんですが……どうやってそこまで行ったんですか?」

「ん? そんなもん、アイシャの入れ知恵に決まってるだろう。俺たちは行きたくなかったが、アイツが最適なルートを示すって言うから、それに乗っただけだ」

「アイシャ……アイシャ・如月博士ですね」

「香坂さん、知ってるんですか?」


 後ろで大人しく聞いていた胡桃下が口を挟んでくる。


「黒のダンジョンの研究者で、有名な学者さんだよ。もっともトラブルが多いことでも有名だが」

「そりゃあ、違いねえ!」


 神崎は愉快そうに、ケラケラと笑っていた。


「分かっていると思いますが、ダンジョンの最終攻略は法律で禁止されています。今回のことが故意、または過失と認定されれば、罪に問われることもあります」

「んなことは分かってるよ! ダンジョン攻略はしたくてやったんじゃねえ。それとも俺たちが最下層で死ねば良かったって言ってんのか!?」

「そんなことは言っていません。もちろん正当性が認められれば問題はないでしょう」


 香坂は至極冷静に神崎を見る。神崎も猛獣のような視線を向けてきた。


「とにかく、今後も調査のため、何度か聴取を行わせて頂きます。是非、ご協力をお願いします」

「へいへい、分かったよ」


 神崎はそう言って、気だるそうに席を立った。

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