第102話 灼熱の犬っころ

 悠真は困惑した。突然、訳の分からない犬が現れて、自分の行く手を阻んでいる。


「なんだよ、こいつ。魔物か!? ここダンジョンの外だぞ!」


 犬は体勢を低くすると「グルルルル」と唸りながら、悠真に向かって駆け出した。

 口から白い蒸気と炎を漏らし、一直線に襲いかかってくる。


「えええええ! なんでだ!?」


 悠真は『金属化』の能力を発動し、後ろに飛び退いてなんとか犬の攻撃をかわす。お互い動きを止め、一定の間隔を空けたまま睨み合う。

 ――こいつ、どうして襲ってくんだ!? 俺、なんにもしてねーぞ!

 犬は鬼のような形相で唸り声を上げ、再び飛びかかって来た。

 悠真はクルリと身をひるがえし、全力で逃げる。

 ――冗談じゃない! なんでこんなヤツと戦わなきゃいけないんだ!!

 だが、犬は恐ろしい速さで追いかけてくる。ピカピカ光る犬が猛スピードで追ってくる光景は、想像以上に怖い。


「うおおおおおおお!」


 悠真は血塗られたブラッディー・鉱石オアを発動。ジグザグに走り抜けて一気に犬を引き離す。住宅地を大きく迂回して、完全に犬を巻くことができた。


「ハァ……ハァ……ビックリした。なんだよ、あの犬。マメゾウと全然違う」


 血塗られたブラッディー・鉱石オアの継続時間が過ぎ、体の光は収まったが、まだ『金属化』は解けていない。悠真は取りあえず一息つき、再び歩き出した。


「あ~、家からだいぶ離れちゃったな」


 ボヤキながら薄暗い夜道を進むと、すぐに異変に気づく。

 閑静な住宅街の一角から、なにかを蹴る音が聞こえてくる。音がする方を向くと、建物の陰からあの燃えるような赤い光を放つ犬が飛び出してきた。


「おいおい!? なんなんだよ!」


 犬はまっすぐ悠真に向かって来る。


「俺のいる位置が分かるのか!? この犬?」


 悠真はすぐに逃げ出したが、犬はピタリとついてくる。血塗られたブラッディー・鉱石オアの力を使わないと振り切れない。


 ――くそ! できれば訳の分からない奴とは戦いたくないんだが……。


 迫りくる犬の牙をかわし、血塗られたブラッディー・鉱石オアの力を使って速度を上げ距離を取る。


 ――昨日は調子に乗ったせいでコテンパンにされたからな……。キマイラは穴に落ちて死んだらしいけど、殺されてもおかしくなかった。

 この犬がどれくらい強いか分からない以上、下手に戦うべきじゃない。


 悠真は走りながら辺りを見回す。すると道路脇の側溝が目についた。

 コンクリートの蓋があり、ずっと先の用水路に繋がっているようだ。


「あれだ!」


 悠真は側溝の近くまで行き『液体金属化』の能力を使って、体を丸い金属スライムへと変えた。

 ピョンピョンと飛び跳ねながら、コンクリートの蓋の下へ潜り込む。


「ふっふっふ、どーだ! 俺は体を小さくすることができるからな。どこにでも入ることができるぞ。デカイ図体のお前にはできないだろ、犬っころ!」


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくで用水路を進んでいると、上から何かの音が聞こえてくる。


「ん? なんだ」


 周りのコンクリートが煙を上げ、赤く発熱してゆく。

 見上げれば、犬が灼熱の牙でコンクリートを食い破っていた。


「ええええええええ!?」


 パニック状態に陥った悠真だが、なんとか逃げようと丸い体で飛び跳ねた。

 次の瞬間――――バックッ!


「え?」


 悠真は犬にくわえられている。

 金属の体を牙で噛まれ、そのままゴクンと飲み込まれてしまった。


「ああああああああ!? 食べられてるううううう!」


 食道を通り抜け、胃に送られる。そこはマグマのようにグツグツと煮えたぎる地獄のような場所だった。


「こ、これ胃液なのか!?」


 悠真は現実とは思えない光景に、唖然とするしかなかった。


 ◇◇◇


 丸い金属の球を喰らったヘル・ガルムは、満足気に来た道を戻ろうとする。

 食べたものがなんなのかは分からなかった。だが大量の‶マナ″を継続的に放つ物を体に取り込んだことで、しばらく活動できることは理解していた。

 次はどこへ行こうかと考えていた時、腹の中の違和感に気づく。

 魔犬が歩みを止めると、腹の疼きは酷くなり、ジンジンと熱を帯びる。


「ガアッ!?」


 突然、腹から数百本のトゲが突き出す。ヘル・ガルムは全身を貫かれ、地面に倒れてのたうち回った。

 なにが起きたのか分からない。

 なんとか起き上がるが、体中から血が噴き出す。フラつく足取りで近くの駐車場に迷い込む。明かりの消えたビルの脇にある駐車場には、数台の車があるだけで街灯もろくに無かった。

 血みどろになりながら歩いていると、トゲが徐々に短くなり全て引っ込んだ。

 魔物は浅い呼吸を繰り返し、わずかに安堵する。トゲさえ無くなれば、体を再生させることができる。

 そう思った矢先、また腹から何百本のトゲが伸び、再び体を貫いた。


「グギャアッ!?」


 ヘル・ガルムは悶絶する。体の内側から行われる攻撃は、防ぐことができない。

 あまりの痛みに地面を転げ回っていると、トゲが引っ込み、代わりに長い剣が腹から突き出す。

 血が噴き出し、激痛が全身に走る。

 ヘル・ガルムは苦しみの悲鳴を上げ、自分の体から出ている剣を見た。剣はドロリと溶け、その場に黒い水溜まりを作る。

 溜まった水はやがて形を成し、人の姿へと変わっていく。

 それはゴツゴツとした形の黒い人間だ。右手の甲から剣を伸ばし、背中を向けてたたずんでいた

 ヘル・ガルムは裂けた腹を【超再生】で治し、流れ出る血を止める。

 人間はゆっくりと、こちらを振り向く。ヘル・ガルムは感じていた。その人間から溢れ出す、おぞましいほどの‶黒の魔力″を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る