第103話 戦闘の痕跡

「んだよ! 血でベトベトなっちゃたじゃねーか」


 ‶金属鎧″の姿になった悠真は自分の手や体を見て愚痴を零す。振り返ると、犬はフラフラしながらも立ち上がってきた。

 ――嘘だろ!? 体の中から攻撃して腹まで裂いたのに!

 犬の傷は治っているように見える。だとしたらキマイラと同じ再生能力だ。


「こんなヤツに勝てるのか?」


 犬は悠真を睨みつけ、前足で地面を掻いて一気に飛びかかってきた。

 ――やるしかないか!

 悠真は血塗られたブラッディー・鉱石オアの力を使う。今日三度目だが、あと二十回は使えるので問題ない。

 金属の体に赤い血脈が流れる。

 まずは筋力五倍とリミッター解除で様子を見る。悠真は右足を踏み込み、向かってくる犬の頭に左ストレートを叩き込んだ。

 犬は悠真のスピードに反応できず、拳は犬の頭蓋を砕く。

 脳を潰し、頭を胴体にめり込ませた。悠真が拳を振り抜くと、犬は駐車場のコンクリートに叩きつけられ転がっていく。

 思った以上の手応え。悠真は思わず自分の拳を見る。


「なんだ……『黒のダンジョン』の魔物より、ずいぶん体が柔らかいな。単純な攻撃で効いてるみたいだ」


 自分の力が通じたことに安堵するが、むくりと起き上がった犬を見て血の気が引く。犬は潰れた頭をゴキゴキと鳴らし再生していた。

 その光景はゾンビ映画にあるグロテスクなシーンそのもの。


「おいおいおい、勘弁してくれ! ダンジョンの外なのに、そんなことできるのかよ!?」


 完全に頭が元通りになると、犬は再び襲いかかってきた。

 チッと舌打ちし、左手の甲から伸縮式の剣を伸ばす。血塗られたブラッディー・鉱石オアさえ使っていれば、犬の動きはそれほど速く感じない。

 魔物の牙をかわし、返す剣で前足二本を斬り落とす。

 さらに犬の胸を右足で蹴り飛ばした。血塗られたブラッディー・鉱石オアで強化された足で蹴られた犬の胸はグシャリと潰れ、恐ろしい勢いで吹っ飛んでいく。

 背後にあった電柱に激突すると、電柱は中ほどでボキリと折れ、電線を引き千切りながら火花を散らして倒れてきた。


「ああああああああっ!? まずい、まずい、まずい!」


 悠真は慌てて電柱を支えようとするが、時すでに遅し。電柱は激しい音と共に完全に倒壊してしまう。

 悠真は頭を抱えた。

 ――これ、俺が悪いってことになるのか!? 器物破損? 弁償しろって言われたらいくらかかんだ?

 どうしていいか分からずオロオロしていると、後ろで体を再生させた犬が起き上がってくる。

 悠真が振り向くと、大きく息を吸い込んだ犬は、灼熱の炎を吐き出した。


「うわっ!」


 咄嗟に腕で顔をガードする。全身は炎に飲み込まれ、足元のコンクリートは熱で溶けていく。


「熱っつ……くない?」


 どれだけ炎を浴びようと、まったく熱さを感じなかった。


「そうだった。耐性があったんだ」


 一安心するのも束の間、炎を吐き終わった犬が、口から火を漏らし、よだれを垂らしながら向かってくる。飛びかかって来た瞬間、悠真は裏拳で打ち払った。

 拳が当たった犬の顔は、骨が折れ肉が裂け、片目が零れ落ちる。

 犬はなんとか着地するが、口や頭部から大量の血を流していた。それでも傷を再生させ、悠真を睨みつけてくる。


「こいつ……再生能力はあるけど、そんなに強くないな」


 悠真は右手をフルフルと振り、ベットリ付いた犬の血を払う。

 かなり警戒していたが、キマイラほどの力は無い。にもかかわらず電柱まで壊してしまった。

 余計なトラブルに巻き込んだ犬に、悠真はだんだん腹が立ってきた。


「お前のせいで俺が警察に捕まるかもしんねーんだぞ! どうすんだバカ野郎!!」


 傷の再生が終わった犬は、また襲いかかって来る。悠真は周りの建物などを壊さない範囲で、犬を叩きのめすことにした。


血塗られたブラッディー・鉱石オア、全開!!」


 目前に迫った犬の顔や体を、猛ラッシュで殴りつける。為す術なく打撃を受けた犬は、体をぐちゃぐちゃに潰され、最後には思い切り蹴り上げられた。

 二十メートル以上真上に吹っ飛び、血を撒き散らしながら落下してくる。

 悠真は両手から二本の剣を突出させ、その場で構えた。


「これでも再生できるか?」


 悠真が振るった剣は、目にも止まらぬ斬撃となって犬の体を斬り裂いていく。

 首を切りはなし、胴や足を細切れにしていった。肉塊となった体の破片が、辺りに飛び散る。足元には犬の頭がコロコロと転がってきた。

 悠真は剣を収納し、犬の頭を踏みつける。


「終わりだ」


 足に力を入れる。ぐしゃりと音が鳴り、コンクリートもろとも頭が割れた。

 次の瞬間、犬の頭は砂となり、バラバラになった体の破片や血も全てが砂となって消えていく。

 さすがにここまで破壊されると再生できないようだ。

 血塗られたブラッディー・鉱石オアや『金属化』の能力が解け、元に戻った悠真は辺りを見回す。駐車場とはいえ、至る所が壊れたり、焦げたりしている。


「ま、まずい……これ見つかったら大変なことになる」


 悠真はそそくさと、その場を立ち去った。

 そしてこのことは悠真の予想通り、各所に波紋を広げることになる。


 ◇◇◇


 翌日、朝から静かな住宅街は物々しい雰囲気に包まれていた。

 建築会社の駐車場が警察の規制線によって封鎖され、何人もの警察官と自衛隊員が辺りを取り囲んでいる。

 近所の家では私服警官による聞き込みも行われていた。


「ええ、確かに何か大きな音は聞こえましたけど……」

「それは何時くらいのことですか?」


 突然、昨日の夜のことを聞かれた主婦は、困惑を隠せない。そんな聞き込みが周囲の家、全てで行われていた。

 そして駐車場では、警察でも自衛隊員でもない二人の男が話し合っている。

 細身で短髪の男がおもむろにしゃがみ込み、コンクリートが溶けて黒ずんだ部分を指でなぞる。

 それを見ていたガッシリした体格の男は、顎に手を当てながら細身の男に問いかける。


「どう思う天王寺。ヘル・ガルムはここで死んだんだろうか?」

「恐らく……そうだろう」


 現場に来ていたのはエルシード社の二人。‶雷獣″天王寺と赤のダンジョンの統括責任者石川だった。

 天王寺は北海道にある『白のダンジョン』を長期攻略中だったが、緊急事態ということで呼び戻されていた。

 指先を擦り合わせ、なにかを考えていた天王寺は、立ち上がって辺りを見回す。


「どうしてヘル・ガルムはこんな所に来たんだ?」

「分からんな。各地の防犯カメラの映像を辿って来てみたはいいが、まさか茨城から遠く離れた、東京の郊外に来る羽目になるとは……ヤツはここで力尽きて死んだってことか?」


 石川の言葉に天王寺は考え込む。ややあって口を開いた。


「いや、これは戦闘の痕跡。誰かと戦っていたようだ」

「戦う? いったい誰とだ。たまたま探索者シーカーがいたってのか?」


 天王寺は首を横に振る。


「仮に探索者シーカーがいたとしてもダンジョンの外なんだ。魔法が使えない以上、ヘル・ガルムと戦えるはずがない」

「じゃあ、警官か?」

「それも違う。拳銃を使ってもヘル・ガルムにはまったく効かないだろう。なによりそんな報告はどこにも上がってない」

「だったら誰と戦ったんだよ!? 天王寺、お前なら‶マナ″の揺らぎでなにか分かるんじゃないのか?」


 石川の言う通り、天王寺ほどの上位探索者シーカーであれば、その場に残る‶マナ″を感じ取ることができた。天王寺は、改めて辺りを見る。

 熱で溶けたアスファルト、折れた電柱、駐車場に点在するヒビ割れ。

 所々に残る『赤のマナ』の痕跡。しかし、それ以上に別の『奇妙なマナ』の存在を天王寺は感じ取っていた。


「ハッキリとは分からない。だが、

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