第九章 王の胎動編 黄金の破壊神

第321話 神と呼ばれる魔物

 アメリカ・ワイオミング州。

 4000メートル級の山であるグランド・ティトンの山頂に、一機の偵察ドローンが飛んでいた。

 山頂には雪が残り、その雪を吹き荒れる風が舞い上げている。

 上空を飛ぶ偵察用ドローン『MQ-9 リーパー』が、機首に付いたカメラを山のいただきに向けた。

 そこにいたのは一匹の鹿のような生き物。

 全身がキラキラと輝き、雪の上をゆっくりと歩いている。光る鹿の映像は、ドローンを通してフランシス E.ワーレン空軍基地に届いていた。

 司令室にいたチャールズ空軍大将は、大型モニターを眺めながら一つ息を吐く。


「……やはりいたか。予定通り、攻撃を開始しろ」


 チャールズの言を受け、テーブルに座っていた幹部の一人が「はい」と答える。

 特殊な回線で繋がっているノートパソコンから、現場に指示を出した。その命令を受けたのは、ワイオミング州上空を旋回していたステルス爆撃機B-21レイダー。

 情報を共有すると、グランド・ティトンの山頂に向かう。

 ドローンが対象を捉えられた地点に差しかかった時、下部のハッチを開けた。

 B-21レイダー搭載されていたのは、戦略核兵器『B61-11』。400キロトンの威力を持つ核爆弾だ。

 山頂に到達したB-21レイダーは『B61-11』を投下。ミサイル型の爆弾は、落下しながら点火した。

 一瞬、炎が噴き上がり、回転して目標地点に落ちていく。

 MQ-9 リーパーが捉えた最後の映像は、黄金に輝く鹿の、わずか十メートル手前に爆弾が落ちたところだった。

 司令室が小さく揺れる。チャールズが顔を上げると、真っ暗になっていた大型モニターに別の画像が映る。

 山が吹き飛び、紅蓮の炎が高々と噴き上がる光景。

 なにもかもを消滅させる"核"の脅威が、まざまざと映し出されていた。

 きのこ雲が立ち昇り、生きている生物がいるとは到底思えない。だが、チャールズは迷うことなく、次の命令を下す。


「ミニットマンⅢ、1から6。発射!」

 

 部下の男は、その命令を表情一つ変えずに復唱し、現場に伝える。

 フランシス E.ワーレン空軍基地に準備されていた六基のICBMが噴煙を上げ、空に昇っていく。

 一基につき最大三つの核弾頭が搭載できるミニットマンⅢが成層圏を突破し、原形を留めないグランド・ティトンに向かって落ちていく。

 六基は目標地点に着弾。熱線は全てを焼き払い、爆風はあらゆる物を吹き飛ばす。

 山々は消滅し、近くにあった国立公園も蒸発した。天を突くほどの煙の柱が立ち昇り、巨大なクレーターが生まれる。

 司令官室にいたチャールズや軍の幹部たちは、モニターを食い入るように見つめていた。

 国の地形を変えるほどの波状攻撃。魔物といえど、生き残れるはずがない。

 しかし――


「やはり……ダメか……」


 チャールズが唇を噛み、目をすがめる。

 黒煙の中から現れたのは、鹿などではなかった。それは黄金に輝く巨人。

 身の丈は二十メートルを超え、全身は鎧のようなものに覆われている。

 キラキラときらめく体には、一つの傷も見当たらない。人類が持つ最大火力は、魔物の【王】になんの効果ももたらさなかった。

 巨人は右手を上げ、手の平を前にかざす。

 パチパチと光りが弾けると、手から巨大な閃光が放たれる。

 光は数十キロの距離を進み、山に直撃する。土砂が爆発したように噴き上がり、全てを吹き飛ばす。

 巨人は手をゆっくりと横に動かした。

 閃光は移動し、山々をなめていく。光が当たった箇所は爆発して砕け散った。巨人がそのまま手を動かし続けると、大地も街も、なにもかもが吹っ飛んでいく。

 光が収まった時、巨人から数十キロ離れた場所が半円形にえぐれていた。

 爆発の規模は、アメリカ軍が使った"核"の数十倍の威力に及ぶ。

 巨人は光の粒子に包まれ、また小さな鹿の形へと戻った。小走りで大地を駆けると、淡い光となって消えてしまう。


「"破壊神"……ヤツを倒すことなど、人類にできるのだろうか?」


 チャールズは悔しそうにまぶたを閉じる。他の軍人たちは、ただただ絶望に打ちひしがれるしかなかった。


 ◇◇◇


 悠真たちが乗る偵察航空機【RC-135】が、アメリカの領空に入る。


「そろそろアメリカ本土に着きます」


 アテンド役のイギリス軍人が告げると、「ふご~」といびきをかいて寝ていた明人が目を覚ました。

 悠真とルイは窓から外を覗く。

 まだ大陸は見えないが、空には暗雲が垂れ込めていた。

 アメリカが今、どんな状況かは分からない。願わくばアメリカの探索者シーカーたちと協力して【黄の王】を倒したいが……。

 悠真がそんなことを考えていると、前方から慌ただしい声が聞こえてくる。

 なんだろう? と思い、前を覗くと、コックピットからパイロットが出てきて、アテンド役の軍人となにかを話している。

 軍人は青い顔をしてこちらにやって来た。


「すいません。今、パイロットから報告があって……行く先の上空に『金色の竜』がいるそうです。このままでは会敵してしまうため、大きく迂回すると言っています。到着が遅れることをご理解下さい」

「竜……ですか」


 悠真が顔をしかめる横で、明人が「う~ん」と両手を伸ばす。


「"黄金竜"やろ。ワイが倒してくるさかい、そのまま真っ直ぐ飛べばええ」


 明人は脇に置いていた大きなバッグを手に取り、中からゲイ・ボルグを取り出して肩に乗せる。


 「ほな、行ってくるわ」


 明人が後部ハッチに向かおうとした時、悠真が声をかける。


「ちょっと待て明人。黄金竜って"雷"の魔物だろ? 雷魔法は効きにくいんじゃないのか?」

「大丈夫や、なんとかする。お前らは大人しく待っとき」


 構わず行こうとする明人に、悠真は「待てよ。俺も行く」とついていった。


「大丈夫なんか? 空中戦になるで」

「ああ、分かってる。俺の方はなんとかするよ」


 ルイが心配そうに見送る中、明人は後部のハッチを開けた。気圧が一気に低下し、風が吹き荒れて外に放り出されそうになる。

 悠真が座席に掴まり踏ん張っていると、明人が「お先に」と言って外に飛び出した。風に巻き込まれ、一瞬で消える。

 悠真がハッチに手をかけ外を覗くと、槍に乗った明人が高速で飛んでいった。


「すげえ速さだな」


 悠真はニヤリと笑い、自分も外に飛び出した。全身に強い風を浴び、凄まじい速度で落下していく。体に力を入れ、黒い怪物へと姿を変えた。

 黒鎧となった悠真は、左手の"宝玉"に意識を集中する。

 背中がボコリと盛り上がり、大きな羽が広がった。尾骶骨からは長い尻尾が伸び、風にたなびく。

 エンシェントドラゴンの一部を具現化したのだ。

 バサリと羽をはばたき、風をつかんで飛行する。徐々にスピードを上げ、高速で飛ぶ明人を追いかけた。

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